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  情報コラム
アンゼたかし映像翻訳トーク!トーク!トーク!

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メジャーデビューを果たした菊地さん。当時の苦労とは?

アンゼ: ついに、劇場公開作品の字幕翻訳家への道を歩みはじめたわけですね。30年前ということになると思いますが、字幕制作のシステムはいまとはだいぶちがいましたか?

菊地: ははは、ぜんぜんちがうよ。決定的にちがうのは、ビデオがないっていうところ。

アンゼ: 画を観ながら翻訳することができないわけですね。

菊地: 考えられないでしょ? 画は試写室で観るしかない。最初に1回試写室で画を見て、その場でハコを切って……それで、おしまい。あとは台本だけ。

アンゼ: えぇ? 音もないんですか?

菊地: いや、音はね、カセットテープで録ってもいいって言われて……まあ、内緒だけど(笑)。で、音はカセットでもらって、翻訳するときは音と台本だけ。

アンゼ: いまとは比べものにならないくらい大変ですよね。

菊地: そうだよ。それに、1回映像を観てるっていっても、そのときはハコを切ってるから、忙しくて画面なんてちゃんと確認できてないんだよ。ビデオみたいに止められないし、いっぱい見落としもあるわけ。

アンゼ: あとはテープでなんとか、という感じですね? そういう状況での翻訳で、特に苦労したことはありますか?

菊地: テープだけで音を聞いてると、男の声か女の声かもわからなくなることがあるんだ。おかげで、男がしゃべってるのに、字幕は女言葉、なんてことがあった。これは大先生でもよくやってたよ。
 あとよくミスするのが、「ここ」「そこ」「あそこ」などの指示語の使い分け。英語と日本語だと距離感のニュアンスがちがうから、「そこを曲がれ!」と言っても、本当に「そこ」かどうか、画面がないとぜんぜんわからない。
 あとは、登場人物の上下関係がわからなくなって苦労したね。なにしろ1回しか観てないから、細かい人間関係まで覚えていられない。日本語にするときは、敬語を使うか使わないかっていう問題が出てくるから、上下関係がわからないと困っちゃうんだよね。

アンゼ: ひぇー、すごい苦労ですね。ずばり、いちばん苦労した作品は覚えてますか?

菊地: なんといっても、『セント・エルモス・ファイアー』だよ。本当にこんがらがったね。青春群像劇だから、同じような年代の似たような若者たちがたくさん出てくる。それで、誰が誰だかわからなくなっちゃうわけ。いまじゃロブ・ロウもデミ・ムーアも大スターだけど、当時は無名だったから顔も記憶に残らないし、苦労したよ。そういうのが当時はたくさんあった。
 でもまあ、だんだんと1回の試写で上下関係とかを把握できるようになってきたけどね。慣れと集中力で。

アンゼ: そう考えると、いまは夢のようですね(笑)。あと、いまとの最大のちがいのひとつは、字幕が手書きだったってことですよね? ぼくも初めての劇場字幕作品のときは配給会社の人に「テトラさんに行って字幕カードをチェックしてきて」と言われて、行ってみたら字幕が書かれた山積みのカードと青と赤の鉛筆をいきなり渡されて……どういう手順で字幕をチェックすればいいのか、戸惑いました。

菊地: ははは。チェックはまだましだよ。そのころは、翻訳者の原稿自体、手書きだったんだから。机の上が消しゴムのかすだらけになってさ。それが、ワープロになり、パソコンになり、言葉の入れ替えなんていまは簡単でしょ。そういう意味ではうんと楽になったよね。

アンゼ: そういう機械の登場で作業が楽になった分、翻訳の質も上がったと思いますか?

菊地: そうだろうね。まず、昔は映像を観る回数が制限されているから、見落としがある。さらに、何度も書き換えができない。いまじゃ何度でも書き換えられる。それに、インターネットだ類語辞典だなんて参考資料もたくさんあるでしょ。

アンゼ: 逆に、手書きのほうがよかったことはありますか? たとえば、さっきの試写の話じゃないですけど、ここで決めなきゃいけないっていう集中力が翻訳の質に繋がるとか(笑)。

菊地: んー、それはないかな(笑)。戸田さんもおれも機械化したのは早いんだ。ワープロが世に出たころにすぐに買って切り替えたくらいだから。手書きよりずっと楽になって、やっぱり翻訳の質も向上したよね。

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