恋愛映画、SF映画、戦争映画も手掛ける映像翻訳者、天野優未さん Flavor
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<第128回>  全3ページ
多様な仕事で経験を積む

加賀山 :最初の仕事はどうやって開拓されました?

天野 :翻訳者を探している会社に片っ端から履歴書を送りました。返事が来ないことがほとんどなのですが、たまにトライアルを受けさせてくれるところもあって、そんなふうにして少しずつ関係を作っていきました。

加賀山 :すごいバイタリティですね。

天野 :いまは、ひとりで仕事を始めて広げていくのにはいい環境だと思います。昔だったら履歴書を郵送して、面談して、と順序を踏まなければなりませんでしたが、いまはネットで履歴書をどんどん送れますし、トライアルにも挑戦できます。
 私の場合には、フリーになるまえに映像翻訳会社に勤めていまして、そこで映画1本の字幕の翻訳をしたのが、実務経験として評価されたのかもしれません。

加賀山 :たしかに、映像分野の仕事の応募条件として実務経験を求められることも多いと聞きました。

天野 :その映像翻訳会社で翻訳チェックの仕事をしていて、字幕の代替案を出したりしていたのですが、運がいいことに、そういう仕事を見ていてくださったかたから、あるとき字幕を1本やってみないかという話をいただいたのです。

加賀山 : 当初から翻訳会社に就職しようと思っていました?

天野 :いいえ。そのまえにほかの仕事をしていた時期のほうが長いのです。

加賀山 :学生時代にはどういうことに興味がありましたか?

天野:大学では文学部で図書館情報学を専攻しました。図書館や司書の仕事、書誌の分類、情報の検索や管理の方法などに関する学問です。ちょっと理系の要素も入っていて、海外だとLibrary and Information Scienceといった呼び方もあります。私はとくに情報検索が専門で、ある情報の裏づけになるような資料をどこかから探してくるとか、まるでクイズみたいなことをやっていました。でも、いままさに翻訳でそれに類することをしているので、学んだ方法が役立っていますね

加賀山 :そのあと就職された?

天野 :大学院に進みました。が、ちょっとやりたかったこととちがっていたので、1年で中退し、しばらく国語専門の塾の講師をしていました。

加賀山 :国語専門の塾があるんですか。

天野 :はい、作文とか小論文とか、より広く哲学とかを教える塾です。そのあたりで、日本語や英語といった言語にかかわる仕事がしたいなと思うようになりまして、日本語教師の職業訓練を受けました。
 日本語教師になるには3つの方法があります。資格試験に合格する、大学4年間で日本語を専攻して卒業する、日本語教師の専門学校で何時間修了しましたという証明書をもらう、のどれかですね。私は最後の方法で資格を取得したのですが、教えたのは日本語学校ではなくて、個人授業のようなかたちでした。

加賀山 :そういう需要があるんですね。

天野 :思った以上にありましたね。たとえば、国内の外資系企業に勤める外国人で、社内では英語を使っているけれど、日常生活のためにもっと日本語を学びたいと思っているような人たちとか。彼らとネットで連絡をとったあと、実際に会って教えるのです。なかには、外国人だとわからないくらいすでに日本語がうまいかたもいたりして。
 私のほうも、学校だと大勢の生徒さんをまとめるのがむずかしそうですし、日本語を英語で教えてみたい気持ちがあったので、マンツーマンで教える形態が合っていました。

加賀山 :教科書には何を使いました?

天野 :『みんなの日本語』と、サブ教材の教師用の手引き書です。その各国版が出ていまして、英語版を読むと、英語ではこんなふうに説明するんだということがわかる。ほかにも、日本語の教師用の分厚い学術書のようなものとか、外国人向けに初級の日本語だけを使って文法事項を説明しているような本も使いました。「が」と「は」の使い方、「閉める」と「閉まる」のちがい、「のぼる」と「あがる」のちがいなど、ふだんあまり考えないテーマや見方がいろいろあって、自分の勉強にもなりました。

加賀山 :ほかにはどんな仕事をされました?

天野 :派遣社員として日本語言語学コーパス(日本語の文章を構造化し、大量に集積したデータベース)の作成にもたずさわりました。日本語の文章を品詞などの言語学的要素で区切ってデータベースに投入していくのですが、ちょうどそれは外国人が日本語を見て理解するときの感覚に近くて、なるほどこういう構造になっているのかと考えさせられることがよくありました。
 あと、コーパスというのは、とにかくデータ量が大切なので、美しく整った文章だけではなく、きちんとしていない文章も含めて、できるだけたくさん入力する必要があります。それもいまの字幕の仕事の訓練になりました。話しことばでは、文法どおりではなかったり、俗語が入ったり、省けるところは省いたりして、多くは整った文章ではありませんから。

加賀山 :そして、映像翻訳会社ですか?

天野 :そのまえに、テレビ局でリサーチャーの仕事もしました。海外特集番組で紹介する情報が正しいかチェックしたり、海外の人と連絡して情報を教えてもらったり、英語の資料を作ったりする仕事です。
 そのあとが映像翻訳会社ですね。日本語を教えていたときに、生徒さんとのあいだで海外ドラマや映画がよく話題になって、この方面に興味が湧いていたのです。ちょうどそのころ、英語と日本語の字幕が同時に出るソフトも見るようになって、ふたつの言語のちがいがおもしろいと感じていました。

加賀山 :翻訳というものがずっと頭のどこかにあったんでしょうか。

天野 :高校のころ、英語のふだんの宿題とは別に、たんに辞書を引くだけではできないようなこみ入った和訳の宿題がありました。提出物を先生に褒めていただいたのをよく憶えています。文章を書くのも好きで、何か書きたい、とはいえ一からの創作はできないかな、と思っていました。

加賀山 :いろいろ分野は変わっても、英語と日本語にかかわりたいというところは一貫していたのですね。

天野 :映像の翻訳をやりたくなったのも、どれかひとつではなくあらゆるジャンルの勉強をしながら、英語と日本語を使う仕事ができると感じたからでした。

 
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