【アメリア】Flavor of the Month 44 藤原あゆみさん
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Flavor of the Month
<第44回>  全6ページ


藤原あゆみさん

第44回
中国での12年間の体験を生かし、自然豊かな田舎で子育て&翻訳者に
  藤原あゆみさん
Ayumi Fujiwara


退路を断って、中国で学ぶことを選択


坂田:今回のゲストは中国語の翻訳をなさっている藤原あゆみさんです。語学学校、大学、そして社会人と、10年あまりを中国で過ごされた藤原さん。近いけれど、まだまだ知らないことの多い国中国の言語、文化、そして人について、いろいろとお話を伺いたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

藤原:こちらこそ、よろしくお願いします。

坂田:藤原さんは、いつ頃、中国に行かれたのですか?

藤原:日本で普通に大学に進学したのですが、2年で退学して中国へ渡りました。1988年から2001年まで、途中就職活動などで約1年間日本に戻りましたが、のべ12年ほど中国にいました。

坂田:大学を退学して中国へ行ったのはどうしてですか?

藤原:何となく日本の大学に違和感を覚えまして……。4年間ここで過ごして何か身に付くことがあるのか? と初めて人生について考えたような気がします。ちょうど、そんな頃に高校の同窓会があり高3の時の担任の先生に再会しました。その先生が非常に中国事情に詳しくて、いろいろお話を聞いているうちに中国というのも選択肢の一つかも、と思いました。

坂田:確かに日本の大学生はあまり勉強しないと言われることも多いですが、せっかく合格した大学を辞めるのはもったいないとつい思ってしまいます。そんな考えはありませんでしたか?

藤原:そうですねぇ。私が大学に入学した当時はちょうどバブルの時期で、おっしゃる通り私も含めて学生の多くは大学に勉強をしに来ているという雰囲気ではありませんでした。大学に入りたての頃は私も浮かれていた部分もあり、講義よりもサークル、学校よりも余暇活動! みたいなところがあったのですが、それが続くと何となくこのままで良いのか? という気分になりまして……。それならば自分の生活態度を改めればいいようなものですが、まだまだ自分と言うものが確立されてなかった当時の私は易きに流されてしまっていました。誤解のないように言っておきますが、当然、真面目に勉強に打ち込んでいる学生もたくさんいましたし、こんな風に思った原因は私自身の精神的な弱さにあったと思います。ただ、まだこの時は大学を辞めようとは思ってなかったんです。少し環境を変えたいから、どこかに留学でもしようかなというくらいの気持ちでした。

坂田:では、大学を辞めて中国に行くことになったのは、どうしてだったのですか?

藤原:その後、帰省中に両親に中国に留学したいと話したところ「どうせ行くのなら1年や2年じゃなくて、もっと腰を落ち着ける覚悟で行きなさい」と言われました。「日本の大学に行っているよりもその方が身になる」と。この時、両親が私に出した留学の条件が「留学の手続きについては全部自分ですること」「日本の大学を辞めてしまうこと」「中国で必ず学位を取ること」の3点でした。さすが両親ですね。私の性格を的確に見抜いていたのでしょう。ずっと後で話してくれたのですが「お前は戻れる所があったら真剣にならない。退路を断って追い込まないとダメだと思った」と言われました。

坂田:素敵なご両親ですね。きっと藤原さんなら挫折することなく必ず目標を達成できると信じていたのでしょう。留学の手続きはスムーズに進みましたか?

藤原:その頃は、中国のことなどまったく知らなかったので、まず中国大使館に中国留学について問い合わせをして留学派遣団体を紹介してもらいました。その後、留学先が大連にある外国語学院に決まって、その時点で大学を退学しました。その頃には日本の大学に未練はまったくなかったです。中国への留学のことを考えてわくわくしていました。中国で学位を取って帰国するぞ! と。

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