【アメリア】Flavor of the Month 64 ヘレンハルメ美穂さん
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Flavor of the Month
<第64回>  全4ページ


異文化を伝え、親近感を持ってもらうのが翻訳者としての努め

坂田:日本で翻訳を学び、また仕事にもつながった後に、スウェーデンに引っ越したわけですね。

ヘレンハルメ:はい。2006年に引っ越しました。

坂田:スウェーデン語はフランス留学時代に学び始めたということでしたが、どの程度できるようになっていたのでしょう?

ヘレンハルメ:留学中にパリのスウェーデン文化センターで半年ほど、週1回の入門コースを取ったのが最初で、日本に帰国してからはほぼ独学でしたので、会話が少しでき、新聞記事や小説も簡単なものなら読めるようになっていましたが、本格的に学んだのはスウェーデンに移ってからです。移民向けのスウェーデン語コースに通い、2006年12月に大学入学資格相当のスウェーデン語を習得して修了しました。それから時間が開いてしまいましたが、2009年秋から仕事のかたわら、大学でスウェーデン語学のパートタイムコースを取っています。

坂田:北欧の言語は難しいと聞いたことがありますが、いかがでしょう?

ヘレンハルメ:外国語は深く究めようと思えばどれも大変難しいものだと思いますが、スウェーデン語に関するかぎり、まあ難しいことは難しいのですが、英語やフランス語と比べてとくに難しいと思ったことはありません。スウェーデン語はいわゆるゲルマン系の言語で、英語やドイツ語、オランダ語などと親戚です。デンマーク語とノルウェー語とはかなり近い関係にあり、互いの言葉である程度の意思疎通が可能です。なお、フィンランドは隣国ですが、フィンランド語はまったく系統の違う言語です。
 発音は日本人にとって難しい部類に入るかもしれません。人名や地名をカタカナ表記するときは、どう頑張っても似ても似つかない音になることが多く、いつも悩みます。また、言語の特徴というより、文化的な特徴でもありますが、敬語に相当する表現がほとんど使われません。誰もがファーストネームで呼び合うので、英語のMrやMrsに相当する敬称もほとんど用いられませんし、国王に対して二人称の敬称を使わないほうがよい(つまり対等に話してよい)と考える国民が過半数を超えているという調査結果を聞いたこともあります。これも翻訳に際しては悩ましい特徴です。

坂田:なるほど、文化的な違いも言葉に大きく影響してくるのですね。スウェーデン文学についてはいかがでしょう?

ヘレンハルメ:スウェーデン文学は奥が深く、まだまだ知らないことだらけですし、ひとことで言い 表すのは難しいので、フランスでスウェーデン文学に触れたときの第一印象についてお話ししますね。
 フランスでは北欧作家の翻訳がわりにさかんで、有名な作品はひととおり出ているのですが、そこで受けた印象は、どれも平易でありながら深く、ひとことで言って面白い!というものでした。いわゆる“純文学”と呼ばれる作品であっても、豊かなストーリー性があって、ページをどんどん繰りたくなってしまいます。逆に、いわゆる“娯楽文学”のミステリーやサスペンスであっても、内容がとても深く、社会の問題や人の心理に深く切り込んでいて、ただの底の浅いエンターテインメントに終わっていません。文学とエンターテインメントの差が大きくない、むしろそういった区別をすること自体が無意味に感じられる、そういう作家が多いという印象を受けました。
  実際にスウェーデン語でスウェーデン文学に触れるようになって、スウェーデン文学はそんなふうに簡単に一般化できるものではなく、むしろ人口わずか900万人とは信じがたいほど多様な文学を生み出している国だという感想を抱くようになりました。

坂田:そうですか。実は私もスウェーデンの文学作品を読んでみたくなって、ヘレンハルメさんが訳した『催眠』(ラーシュ・ケプレル著 早川書房 2010年刊)を読んだんです。ストーリー自体ももちろん面白かったのですが、「ああ、スウェーデン人はこんな風に考えるんだ」「こんなものを食べているんだ」「こんな家に住んでいるんだ」と、本を読むことで未知の文化に触れられることを改めて感じました。これぞ翻訳文学の醍醐味ですよね!

ヘレンハルメ:お読みいただきありがとうございます! 実は、同じような感想を何度かいただいたことがあります。「スウェーデンでもポケモンが人気なんだね!」(作中にポケモンが出てきます)とか、「食べものがおいしそう!」とか、「クリスマスパーティーのようすが日本の会社の忘年会みたいで親近感を覚えた」(笑)とか。そういう細かい点を楽しんでいただけるのも、翻訳者としてはとて も嬉しいです。異文化を伝え、親近感を持ってもらうことも、翻訳者の重要な使命だと思うので、たとえば『ミレニアム』シリーズ(スティーグ・ラーソン著 早川書房 2008〜2009年刊)にはまってスウェーデンへ旅行した、なんていう話を耳にすると、涙が出るほど嬉しいです(笑)

坂田:海外在住の方には、資料としての日本語の書籍が手に入りづらいとよく聞きますが、スウェーデンではいかがでしょう?

ヘレンハルメ:日本に帰ったときに本を買い込んだり、なにかのついでに実家から送ってもらったり、こちら在住の日本人同士で貸し借りをしたり、というアナログな状況です。日本語の表現を磨くために読む本ならそれでいいのですが、翻訳の調べものをしたいときに、すぐに日本語の書籍が手に入らないのは、海外に住んでいる以上しかたないこととはいえ、いまだに不便で悩みの種、なんとかしたいと思うところです。
 最近は電子書籍がある程度手に入るようになって便利になりましたが、残念ながら読みたいと思う本が電子書籍になっていないケースが多く、あまり利用していません。日本の雑誌は電子版でいくつか読んでいます。スウェーデンでは電子書籍がかなり普及していて、メジャーな作品の多くが電子書籍で手に入りますし、図書館で借りることもできるので、スウェーデン語の本はもうほとんど電子書籍リーダーで読んでいます。日本語の本もそれくらいになると、海外在住者としては助かるのですが……。普及までにはまだいろいろと課題があるのでしょうね。

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