【アメリア】Flavor of the Month 67 宮田攝子さん
読み物
Flavor of the Month
<第67回>  全4ページ


好きな仕事をしたいなら努力することはもちろん アピールすることも大事

坂田:仕事が忙しいながらも寝る間を惜しんで頑張った甲斐あって、間もなく最初の仕事を受注したんですよね。

宮田:はい。学校に通い始めて2年半くらい経った頃でした。フェロー・アカデミーのトライアル付セミナーを受講したのです。そのトライアルに合格して、初めての書籍翻訳の仕事をいただけることになりました。ちょうど同じ頃、2000年のアメリアの「翻訳トライアスロン」に参加して、総合優勝をいただき、大喜びの時期でした。初めての仕事は、産調出版さんの『快眠百科』という眠りについて書かれた実用書の翻訳でした。200頁を2カ月で訳すのですが、平日昼間は会社があるので、夜帰ってきてからと土・日曜はフルに翻訳し、この2カ月間の平均睡眠時間は2、3時間だったと思います。快眠の本なのにいつも睡眠不足で……。とにかく時間との勝負だったので、出張先にも持っていってホテルで翻訳したこともあります。締切前の2日間は完全徹夜。朝、納品してからフラフラの状態で会社に行ったのを覚えています。大変でしたが、その時点でもまだ会社を辞めるつもりはなく「やっと終わった! また頑張って勉強しよう」と思っていました。そしたら、「よく頑張ってくれました」と、続けてもう1冊、今度は建築関係の本の翻訳の仕事をいただいたんです。

坂田:仕事が頂けるのは嬉しいけれども、体力的に大変、という感じでしょうか?

宮田:そうですね。でも、ここまで頑張ってきて、仕事をいただけて、断ることなんてできません! 引き受けることにしました。そのお返事をしたのが関西出張中で、さっそく近くにある大型書店を調べて資料本を買いに走り、ホテルで翻訳を始めました。納期が前回よりも短く1カ月半でしたし、テーマが建築で専門性の高い内容だったので、とにかく調べものが大変だったのを覚えています。この本もなんとか訳し終わって、自分としてはできる限りベストを尽くしたのですが、やはり会社勤めと二足のわらじだったことで時間的にも制約があり、自分の中で消化不良のところもあって……。会社の仕事は9年目にさしかかり、なんとなく先が見えてきたところもあり、1度の人生なんだからやりたいことをしたいなという気持ちも強くなっていました。でも、会社を辞めたら収入がなくなるし、と悩んでいました。そんなとき、会社で組織替えがあり上司が異動になったんです。辞めるならこのタイミングしかないと思いました。何だか「思い切って辞めなさい」と言われている気がして……。それが2001年のこと、それからはずっとフリーで働いています。

坂田:その後も順調に仕事の依頼はありましたか?

宮田:ありがたいことに人とのご縁に恵まれて、いろいろと仕事をいただきました。翻訳学校のクラスメートが『日経サイエンス』誌の記事翻訳を依頼してくれたり、出版社の友人が編集長を紹介してくれたり、辞めたばかりの会社の上司がアメリカの親会社の翻訳部門の登録スタッフに推薦してくれたり。実用書の仕事も引き続きいただけ、当時師事していた文芸翻訳家の仙名紀先生からも下訳のお声をかけていただき、とてもいい経験になりました。アメリア経由でも、いろんな出版社のリーディングの仕事を紹介してもらいました。また、同じフェロー・アカデミーの受講生にインタビューして記事を書いたのをきっかけに、彼女が働く出版社の仕事を紹介され、いろんな翻訳学校の授業に参加してルポを書くという翻訳雑誌の企画を引き受け、さまざまな先生方のクラスを体験する機会にも恵まれました。気づけば、あれやこれやといろんな仕事を手がける「なんでも屋」になっていましたが、とにかく好奇心旺盛で、いろんなことに首をつっこみたい人間なので、こういうスタイルが自分にはぴったりかもしれません。営業らしい営業もしていませんが、会社を辞めてからこれまでに仕事が途切れたことは1回だけ、それもほんの数日間です。

坂田:仕事が途切れずに続いた理由は何だと思いますか?

宮田:当たり前のことですが、最初の5、6年は出版翻訳の仕事は一度も断らなかったし、いただいた仕事には全力で取り組みました。リーディングのレジュメひとつを仕上げるにも、ときには関連書に10冊近く目を通したり、図書館で手に入らない類の本で、どうしても必要な本なら自腹を切って買ったり。仙名先生の元で下訳したサダム・フセイン関連の書籍では、人名や地名の読み方などを調べるのにイラク大使館まで出かけ、大使館員のおじさんとお茶を飲みながら歓談しましたし、爆弾用語を確認するため日本火薬協会に電話をかけ、怪しまれながら質問に答えてもらったこともあります。

坂田:そういう努力が認められたのですね。

宮田:仕事に直接関係はないのですが、大学・高校の同窓会やOB会、知人主催の異業種交流会などに積極的に顔を出して、いろんな職種や世代の人たちと交流も図りました。サラリーマン時代はいつもいろんな人と会っていたので、自宅に引きこもって仕事ばかりしているとなんだか退屈で……。おかげでお魚博士や蝶マニア、建築の研究者などと知りあえ、のちのち翻訳の仕事でお知恵を拝借できて、結果的に質の高い仕事につながったんじゃないかと思います。

それから、営業活動というほどではないですが、名刺に「ももんが」の文字とイラストを入れているのが、案外役立ってます。この〈ももんが名刺〉を付けて納品したら、編集者さんからわざわざ電話がかかってきて、「どうして“ももんが”なの?」と聞かれ、そこから話が弾んで「じゃあ、会いにいらっしゃい」と言ってもらったり。パーティの席上でも話題づくりにひと役買ってくれ、翻訳家の柴田元幸先生にお渡ししたら「ももんがといえば、はっぴいえんど(細野晴臣氏らの伝説的ロックバンド)の〈暗闇坂むささび変化〉って曲知ってます?」と訊かれたりもしました。「ももんがの本があったら、ぜひご連絡しますね!」と言って、その後実際に仕事を紹介してくれたエージェントさんもいました。ももんがの本ではなかったですけど。

坂田:ところで、どうして“ももんが”なんですか?

宮田:会社のロゴみたいなノリで、名刺を賑やかにするために何か付けようと思ったのですが、動物好きなので“ももんが”にしました。音の響きが好きで、森の中をぴゅーっと飛んでる姿もかわいいので、以前からハンドルネームとかに使ってたんです。で、ももんがの話をきっかけに「実は動物や昆虫が大好きなんです♪」というトークにもっていきたいなと。自分の得意分野をアピールする、いいきっかけになっています。私の動物好きは知人の間では有名な話で、アフリカまで一人で野生動物に会いにいったこともあるんですよ。ケニア人ドライバーとふたりきりでジープに乗りこみ、ゾウやライオン、カバ、キリンを追いかけて、人っこひとりいない広大なサバンナを毎日朝晩走りまわったのは、生涯の思い出です。庭のオンブバッタやイモムシをしげしげと見つめ、萌えたり癒されたりもしています(笑)。動物大好きと言い続け、アメリアの会員プロフィールでも熱心にPRしていたら、その後、本当に動物に関する本の仕事をいくつもいただけました。

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