【アメリア】Flavor of the Month 88 田辺 千幸さん
読み物
Flavor of the Month
<第88回>  全5ページ


留学で得たものは「英語を英語として理解できるようになったこと」。翻訳者としての礎を支えた、読書好きの子ども時代

岡田 :中学卒業後に単身イギリスに渡り、高校、大学を経て、英語の実力を身につけた田辺さん。日本語を維持することもたいへんだったのでは?

田辺 :私は子どもの頃からとにかく読書好きで、向こうでもたくさん日本の本を読みました。現地の本屋さんで買ったり、一時帰国したときに持って帰ったり。あるものをくり返しくり返し読みましたね。当時ひたすらはまってボロボロになるまで読んだのは『赤毛のアン』のシリーズでした。

岡田 :英語の本も読まなければならないのに、遊ぶ間もなく読んでいたのでは?

田辺 :遊ぶ時間はなかったです。勉強しているか本を読んでいました。とにかくよく読書していたので、日本語を忘れることはありませんでしたね。

岡田 :なるほど。多感な時期をひとりで外国で過ごされ、その後の人生にどのような影響がありましたか?

田辺 :ひとつは英語を英語として理解できるようになったこと。概念として理解できるようになったことです。翻訳をするときにも、読んで自分の中で意味を咀嚼して、一から作りあげることができる。それはプラスになりました。あとは、なんでも一人でやらなければならいという意識が芽生えたことでしょうか。

岡田 :親元を離れて、外国で生活に勉強に心血を注がなければならいのですから、精神的にもタフになりますね。

田辺 :ホームシックにかかる暇もなく、親からは冷たい娘だと言われましたけど(笑)。そうそう、イギリスのジョークで「私は1+1は2だと思うけど、あなたはどう思う?」というのがあるんです。日本ではみんなが同じで、空気を読む、同調することが良しとされますね。人の気持ちを察することが大切。でもイギリスではそれは通用せず、自分が思っていることを言わないといけない。人は自分の考えとは異なり、異なっていて当然という考えなんです。だから議論をして話し合う―そうした姿勢も身に付きました。

岡田 :その後の人生に大きく影響する成長ですね。7年間の滞在後、帰国してからの道は?

田辺 :帰国してからは、英語関連の仕事や大阪にある外資の銀行に勤めました。結婚し、大阪から東京に来てからは派遣会社に勤めながら、通信講座で翻訳の勉強をはじめました。

岡田 :そこでいよいよ翻訳の道へと歩みだしたんですね。

田辺 :そうですね。通信を1年続け、ある程度の成績をおさめると、お仕事の紹介をいただけるかも……ということだったのですが、なかなかご縁がなくて……。思い切って通学に変え、お世話になった先生と出会い、月1回の勉強会に参加しながら下訳などのご縁をいただきました。

岡田 :勉強熱心な田辺さんのことですから、翻訳学習時代も集中して学び、実力をのばしていったことと思います。

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