【アメリア】みんなで作るインタビュー1・中野恵美子さんインタビュー編
  みんなで作るインタビュー


 [インタビュー編]
読み物  
第1回 中野恵美子さん
<第2回> 紹介編|インタビュー編|回答編  全3ページ

著者に共感できた瞬間リズムが生まれた
 
出版物の翻訳は初めてということですが、それまでやってこられた実務翻訳との違いはありましたか?

マニュアルや書類の翻訳の場合、ある程度文章が堅くてもいいし、柔らかくしすぎると逆にダメ。シンプルな文章のほうがいいというところがありました。ウェブ翻訳の場合も、私の場合、内容がインターネットやコンピュータ関係で、なおかつ業界向けの記事が多かったですので、やはり堅い文章なんです。だから、文体をどうするかということを考えなければならなかったのは、今回が初めてでした。結局、私はこの本を3回翻訳しました。


最後の方は、原書を暗記するぐらい読み込んだ上で、あえてそれを忘れて日本語を推敲するといった作業でした。 この本の著者であるSteve Krug氏も、いろいろなバージョンを作って、どっちにしようかと悩んだらしいのですが、私も全く同じで、違ったバージョンをいくつか作って悩みました。 一般的には、何度も訳すとどんどん原書から離れてしまう危険性があるのですが、私の場合は、原書からあまりにも離れられなかったので、こういうやり方で多少原書から距離を置いたほうがよかったのだと思います。

 
中野さんがウェブ上で連載をしていらっしゃるコラムを読ませていただきましたが、とても柔らかい、楽しい文章で、堅い文章を書かれる方とは思わなかったのですが……。

私が普段書いている文章と、翻訳した時の文章とは、別人が書いたのではないかというぐらい違うんです。この本の担当編集者の方は、私がコラムを書いている文体を知っていて、その調子で訳してもらいたいということで私に話をくださったのですが、実は、翻訳になるとガチガチに堅い文章になってしまって……。本のなかで著者は冗談ばかり言っているんです。私もコラムでは冗談ばかりなので、そこが似ていると思われたようですが、蓋を開けてみると、そう簡単にはいきませんでした。


私の文章は、果てしなくふざけてしまうか、果てしなく堅くなるか、両極端なんです。このふたつの“中間よりやや柔らかめ”というのが最終的にもっていきたいところだったのですが、その作業が思った以上に大変で。最初に翻訳調が残っていてもいいので内容を忠実に訳し、次に極端にたがを外した訳をして、最終的にその中間にもっていこうということになったのですが、このたがが外れなかったんですよ。

 
では、どのようにして最終原稿にまでもっていったのですか?

どうにもうまく訳せなくて、原書を端から端まで、全部記憶してしまうほど読み込んでいったんです。するとある時、著者に乗り移られたような瞬間が訪れて、著者のリズムというか、呼吸というか、冗談の傾向のようなものが、ものすごくよくわかったんです。英語の冗談を日本語にそのまま置き換えても面白くない。しかし、極端に変えてしまっては変だ。


笑いの質は同じで、それを日本語に変換する、自分自身が『笑いの質の変換器』になれたという感じです。それと同時に、矛盾するのですが、著者が乗り移ったような状態でありながら、そこには読者の立場と同じく客観的に見ることができる自分がいて、「面白い本じゃない。楽しい本なんだから、楽しく読めるようにしなくちゃ、著者に申し訳ない」という気持ちにもなれました。

 
具体的にはどういうことですか?

たとえば、このような文章があったんです。

Bill put the cat on the table for a minute because it was a little wobbly.

この本は、一言でいえば「視聴者がストレスを感じないウェブサイトを作る方法」について書かれているのですが、そのなかで、この文章は「わかりにくいレイアウトは、不注意に書かれた文を読むのに似ている」という内容の説明の部分で、“不注意に書かれた文”の例として出てきます。ですから、わかるようでわからない文に訳さなければならなかったのです。英文では、a little wobblyなのがcatなのかtableなのかよくわからないのですが、これを日本語でどのように表現すれば良いのか、ずいぶんと悩みました。


結局、出来上がった訳は、

「ビルはふらふらしていたので猫を抱き上げた」

というものでした。
それまで私は“一言一句落とさないで訳す”というスタンスで翻訳してきていたので、テーブルが出てくるのにテーブルを削除し、ビルがフラフラしていないのにビルがフラフラしてしまうように書き換えることに、とても抵抗があったんです。これじゃあ、誤訳になってしまうじゃない、という気持ちでした。でも、あるとき徹夜明けで、睡眠不足のまま、エイ! って訳したら、こんな風になったんです。すると、編集者の方が「すごくいい訳になりました!」と言ってくださって。ああ、ここまで変えても大丈夫なんだなって。

 
編集者の方との間には、とてもよい信頼関係があったようですね。

編集者の方が「とにかく切れていいですから、思いっきり訳してみてください。行き過ぎたときは私が引き戻しますから」と言ってくれました。私がなぜこんな風に訳したかということまでくみ取ってくださる方で、苦労して訳したところは、なるべくそのまま活かしてくれたので、私も安心して大胆に訳すことができました。


そんなやり取りがあったからこそ、筆者が日本人だったとしたら、こんな感じの文章になるんじゃないかなと思えるところまでもっていくことができたのだと思います。

 
とても苦労をなさった部分が、もう1カ所あるそうですね。

はい。“不必要な言葉を省く”という章のなかに出てくるのですが、筆者はウェブページには不必要な文章が多いが、それを見つける方法は以下の通りだと言っています。

If you're not sure whether something is happy talk, there's one surefire test : if you listen very closely while you're reading it. you can actually hear a tiny voice in the back of your head saying, "Blah blah blah blah blah".


ここの最後に出てくる頭の片隅から聞こえてくる小さな言葉"Blah blah blah blah blah"という部分ですが、これを一般的に「などなど」としたり、もう一踏ん張りして「ごにょごにょ」と訳したとしても筆者特有のユーモアが伝わってきません。10日間悩んだあげく、私が絞り出した訳は「はぁ〜こりゃこりゃ」というものでした。読者にとっては、あまり重要な部分ではないかもしれませんが、私にとっては大問題だったんです。

 
翻訳家として、日頃から心掛けていることはありますか?

自分が興味を感じたものは、なるべくやってみようと思っています。手作業が好きなので、編み物をしたり、絵を描いてみたり、粘土で何かを作ってみたり。それから、手当たり次第、いろんな本を読んでみたり。


書籍を訳す場合は、書いた人に共感できないと、うまく訳すことができません。でも、自分の世界が狭いと、なかなか共感することができないと思うんです。

 
今回の書籍の翻訳で感じたことは何ですか?

翻訳をはじめて5年くらい経ちますが、今までは書類やマニュアルなどの翻訳をしていましたので、今回のような文章を、どこまで柔らかく日本語に直してしまっていいのか、手加減がわからなくて苦労しました。自分で苦闘して、どこまで訳していいのかがやっと見えてきたという感じです。


私は今までに翻訳を体系的に学習したことがないので、もっとちゃんと勉強しておけば、そんなに苦しまずに済んだんじゃないかなあと思います。ノウハウをきちんと身につけることというのは大切なこと。きちんと仕事をするための、いちばんの早道ですよね。

 
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