【アメリア】対談の部屋2-4達人の翻訳教育
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対談の部屋
<第2回>   全5ページ

第2回 翻訳マエストロ 水上龍郎 vs. 翻訳探求家 吉本秀人
4.達人の翻訳教育−翻訳学習のコツ、翻訳の真髄

● 大学の先生でもmightを使えない

吉本:水上先生はフェロー・アカデミーだけでなく日本能率協会マネージメントスクールや各地の翻訳者の研究会で長年講師をつとめられて、今では山梨大学でも教えていらっしゃいますね。日本全国で大学の先生に技術英語を教えてらしたこともある。つまり、大学生から大学の先生、プロの翻訳者に至るまで、さまざまな立場やキャリア
に人に技術英語をお教えになったわけですが、先生が講師を始められた当時は、翻訳の教育というと、大学の先生がやるものという考え方が支配的だったと思うんですが。

水上:
そうですね。昔、ある雑誌で大学の先生が翻訳についてお書きになった文章の中にちょっと信じがたいほどの間違いが数多く見られた。さすがにこれは看過できないと思ってその旨手紙にしたためてご本人に出したんです。そうしたら、あちらが激怒して、反論するでもなく、「お前らみたいな市井(しせい)の輩に何が分かる!」と手紙に書いてきて。

吉本:
「市井の輩」とはまた大時代的なタンカですね。いまにも斬りかかってきそうな。

水上:
ちょっと呆気にとられましたよ。

吉本:
隔世の感がありますが、やっぱり現在では、翻訳の知恵は実際の仕事の中から出てくるものだ、という認識がる程度定着しているんじゃないでしょうか。「現場主義」というか。

室田:
翻訳者にとってはある種の企業秘密でもある「現場の知恵」を教えていただけるのは、幸せなことですね。

水上:
大学の英語の先生たちに技術翻訳を教えていたときは、皆さんが思った以上に英語を書けないので驚きました。あるとき、ある先生に英訳の問題をしてもらったら、本来mayを使うべきところにmightを使っている。だから「なんでmightなんですか」と聞くと、「格調が違う」と。なんか助動詞を飾りみたいに思ってるんですよ。

吉本:
僕は学校英語、受験英語というものを相当やったつもりですが、翻訳を始めてみると、自分の書く英語がネイティブの書く英語とかなりかけ離れたものになっていることに気がつくわけです。よくよく考えたら、学校では、トムとスージーのとりとめのない会話から始まって、エッセイや小説のように人間が主語の文章ばかりを学んできた。無生物が主語でも目的語が人間だったりする。だから客観的に人に対して何かを説明する文章なんて書けるはずがないんです。せいぜい道案内くらいで。

水上:
そういう客観的に何かを説明する英語を読んだり書いたりするためには、冠詞、前置詞、助動詞や基本動詞が自由に正しく使いこなせなければいけないんですが、そういうことを楽しく正しく学べる環境がない。どうも、学校でacrossとかthroughの多様な用法なんてまるで教わっていないようです。

吉本:
僕は一時期、翻訳書の類をチェックしながら冠詞や助動詞の用例研究に没頭していました。人の訳文を見ると、プロの翻訳者でも、ある用法のwouldなんてほとんど誤訳している。あ、またやってるとか喜んで。

室田:
性格悪いですねー(笑)。

吉本:
いや、喜んでないと腹が立つから。自分の失敗を考えて恐ろしくもなる。でも、楽しいんですよ。この手の勉強は奥が深くて幅が広くて。もう、たとえば、助動詞の用例ばかりをあつめてstate fairならぬ「助動詞フェア」なんてやりたいと思っているくらい。

水上:
それはいい。

室田:
いつかアメリアでやりましょう。


● 学校英語からの脱出−シャープな英文のカッコよさ

吉本:「工業英語入門」では、学校英語から脱出する上でのヒントがいくつも書かれていたんですが、たとえば、かんたんな例でいうと、添削問題で「停車中にタイヤやブレーキを冷やすようにしてください」という表現を英訳させると3人中2人の人がcool the tires and brakesと書いている。でも、その場合はタイヤに水かけて冷やすわけじゃなくて、止めている間に自然に冷えるのを待つということだからlettires and brakes coolとしなければいけないと。

水上:
そうですね。そんなこと書きました。

吉本:
その問題文の前半は、「この車は、100kmごとか3時間走行ごとに30分休ませ」なんですが、ここもあわせて訳例がEvery 100 kilometers or 3 hours, stopfor 30 minutes to let tires and brakes cool.となっているんです。マニュアルなら「この車」の話をしているに決まってるんだからそれに相当する表現は不要だし、
「休ませる」はgive a restなんて表現を使わないで、stopか動詞のrestを使えとお書きになって。さっき言った後半部分の「停車中に」はstopがあるからいらなくなるわけです。

室田:
それは、学校英語からは出てこない発想ですね。シャープに絞り込まれた英文。

吉本:
そうです。もう、単純にこれはカッコいいと思いました。学校時代はシャープな英文を書くなんていう考え方がそもそもないから。

水上:
今の例でもそうですが、一般に日本語に引きずられると冗漫で回りくどく意味の伝わりにくい英文になるんです。日本語の意味をいかにcleanでclearな英文のcopyにするか、それを考えなければいけない。

吉本:
よく「英語で考えろ」なんていいますが、そういう訓練を経ない限り、間違った日本語のような英語で考えてしまうんですね。さっきの「タイヤを冷やす」をcoolthe tiresに置き換えて「オレって今英語で考えてる」なんていい気分になってしまう。

水上:
逆に、よく日本人が「和製英語」とか決め付けているものの中にも実はそうでないものもありますしね。自動車のnumber plateは和製英語でlicense plateが正しいとか。

室田:
アメリカでは確かにlicense plateといいますね。

水上:
でも、イギリスではnumber plateだから、「和製英語」ではない。あえて言えば「英製英語」なんて、おかしなことになる。

吉本:
やっぱり戦後は「米製英語」中心で来ましたから、英語教育でもその影響がいまだに大きいですね。その意味でも日本人は引きずられている。

室田:
「英語で考える」つもりが実は日本語的発想で考えていたり、「和製英語」を排除したつもりが実は正しい英語を排除していたり、英語の常識は偏見や誤解に満ちていますね。

吉本:
そういう偏見や誤解をなくしていくのが翻訳教育だと思うんですが、先生の教育法のポイントは何でしょう。

水上:
さあ、何かな。ただ、やっぱり、受講生はみんな何か「コツ」を知りたがるんですよ。でも、「コツ」だけ教えても意味がないんですね。「コツ」というのは、専門知識や語学の基礎的な部分をきちんと勉強している人に教えるから効くんです。

吉本:
「眼からウロコが落ちました」なんて簡単にいいますが、よく話を聞いてみるとあまりウロコが落ちてないこともありますね。かえってウロコをつけてたりして。

水上:
翻訳の「コツ」はいいところで教えるから覚えるんですよ。じゃないと、驚いているばかりで終わってしまう。

室田:
勉強するときには驚きがないとつまらないけれど、驚きが納得につながって、自分の力にならなければ意味がないですね。

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