アメリア会員インタビュー


平岡 孝さん

第90回

自己啓発書などの訳書を続々刊行。翻訳すること自体がとにかく面白い。平岡 孝さん

Takashi Hiraoka

「翻訳という行為そのものが楽しく、やりがいを感じています」

室田 :本日のゲストは、定年退職後に翻訳者に転身し「関岡孝平」というペンネームで『投資家のヨットはどこにある』、『引き寄せの法則』、『武士道』など、立て続けに14作の訳書をだされた平岡孝さんです。平岡さん、現在取り組んでいる15作目は、どんな作品ですか?

平岡 :今はオーディオブック用にデール・カーネギーのベストセラー『道は開ける』の新訳に取り組んでいます。
日本でも昭和初期に翻訳出版されて以来、いまでも人気のあるロングセラー作品ですが、私自身が若いころに読んで感銘を受け、その後の人生の指針になったと言っていいほどのものなので、依頼を受けた時は感慨深かったです。

室田 :そうでしたか。それは翻訳にも力が入りますね。オーディオブック用ということですが、翻訳する上で何か気を付けるべき点などはあるのでしょうか。

平岡 :基本的には紙の書籍と変わりませんが、目で読むのものとは違って、耳で聞くものですから、同音異義語に注意したり、聞き取りにくい言葉を避けるという配慮は必要だと思います。

室田 :なるほど、少し映像翻訳の吹替に似たところがありますね。

平岡 :はい。それと、英米の書物で頻繁に出てくる引用の扱いにも工夫が必要です。例えば、急に「セバストポリの荒涼たる丘陵地帯では、今も……」と出てきて何の説明もないんだけれども、セバストポリと言えば、欧米の読者であれば常識的に「クリミア戦争で大勢の人が死んだ、あの激戦区だな」と分かるはずなんです。

室田 :紙の書籍だったら、注釈を入れたいところですね。

平岡:ええ。ですが、オーディオブックでは注釈は入れられません。このケースでは、私は「クリミア戦争で激しい攻防戦が繰り広げられたセバストポリの荒涼たる丘陵地帯では、今も……」というように補って訳しました。

室田 :なるほど。その方がイメージが膨らみますし親切ですね。こういった西洋の常識みたいなことについては調査が欠かせないと思いますが、平岡さんは調べものは得意ですか?

平岡 :はい。得意というより知識欲が満たされるので好きですね。調べていくうちにどんどん面白くなって、調べものに丸一日以上費やしてしまうこともあります。また、聖書などキリスト教関連、シェークスピア、マザーグースなどの知識は英米文学の翻訳には必須ですので、本を買って勉強しています。今は、聖書を、旧約、新約含めて最初から最後まで通読するという野心を抱いて(笑)、参考書片手に読み始めたところです。

室田 :そうですか。やはり書籍は体系的に知識が身につくので良いですよね。調べものが好きな方や知識欲が旺盛な方は翻訳者向きだと言われますが、まさに平岡さんのことですね。

平岡 :わたしはもともと文章を書いて発表するのが好きなので、翻訳という行為そのものが楽しく、やりがいを感じています、それに、翻訳って意外と自己表現ができると思うんです。もちろん著者の書いたことを伝えるのが使命ですから勝手に趣旨を変えてしまうことはあり得ませんが、著者が英語で書いたメッセージを、英語とは全く構造の違う日本語という言語で的確に表現するところには、訳者の工夫の余地が大いにあります。また、原作の面白さを日本人に通じるように日本語で面白く表現するためには、訳者自身の表現の工夫が欠かせませんしね。