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  情報コラム
アンゼたかし映像翻訳トーク!トーク!トーク!

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転機は、海上自衛隊のための字幕翻訳!?

アンゼ: ベルギーから帰国したあとは、どうされたんですか?

菊地: 1年くらい実家でぷらぷらしてたんだけど、当然、働かなくちゃいけない。

アンゼ: そうですよね。

菊地: 実はヨーロッパに行く前に、先輩がやってた新宿の映画喫茶でアルバイトをしてたんだけど、その先輩が「また一緒にやるか」って声をかけてくれて。そこで、アメリカのホームシアター用の16ミリフィルムを日本に輸入して――

アンゼ: あ、菊地さん、おそらくほとんどの読者のみなさんは「映画喫茶」が何かわからないと思うので(笑)、説明してもらってもいいですか?

菊地: おっと、そうだよな。まあ簡単に言えば、コーヒーを飲みながら、スクリーンで映画が観られる喫茶店だよね。当時は家庭用ビデオも大型テレビもない時代だから。

アンゼ: その映画喫茶で上映する作品に、字幕を付けはじめたわけですね?

菊地: そう。初めは、サイレント映画の英語字幕を日本語にする仕事だった。それが字幕の世界に入ったきっかけだな。

アンゼ: その後、その映画喫茶で普通の映画の字幕も手がけるようになったんですか?

菊地: そうなんだよ、いわゆるトーキー映画の字幕をね。とはいえ、サイレント映画とはちがって、今度は俳優のセリフをイチから字幕にするわけだから、やり方がさっぱりわからなくってさ。それで、字幕制作会社「テトラ」に、「字幕の付け方を教えてください」って行ってみたら、その会社の代表で、字幕制作の第一人者でもある神島きみさんが、「フィルム1フィート何文字」とか「1行何文字」とか、字幕のノウハウを丁寧に教えてくれたんだよ。

アンゼ: 「テトラ」さんは当時、劇場公開映画の字幕も制作してたんですよね?

菊地: 当時、字幕制作会社は「テトラ」と「シネアーツ」のふたつしかなかった。シネアーツは、ユニバーサルとかパラマウントとかワーナーとか、わりとメジャー系を多く手がけてた。テトラはどっちかっていうとインディペンデント系、ヘラルドだとか松竹のほうが多かったかな。

アンゼ: 2社だけですべての映画に字幕を付けていたとは、いまでは考えられないですね。それで、テトラの神島さんに字幕のノウハウを教わって、初めて字幕を付けたのはどんな作品だったんですか?

菊地: サマセット・モーム原作の『雨』っていう映画。ルイス・マイルストン監督の。いわゆる名作だよな。

アンゼ: それは名作ですね。評判はどうでしたか?

菊地: 映画評論家の人が観にきて、「戦前から観つづけてる映画だけど、字幕入りで観たのは初めてだ。字幕が入ってよかった」って言ってくれて。すごくうれしくてさ。「字幕がよかった」って言ってくれたんじゃなくて、「字幕が入ってよかった」って言ってただけなんだけど(笑)、でもうれしかった。

アンゼ: そういう反応があるのって、うれしいですよね。そこから、本格的な仕事に繋がっていくのには、何かきっかけががあったんですか?

菊地: 16ミリフィルムの専門業者で「日東映画社」という会社があって、アメリカからフィルムを買い付けて、海上自衛隊に貸し出してた。海上自衛隊って船旅が長くて、娯楽がないんだよ。いまみたくビデオもないから、船内のシアターで16ミリを上映するわけ。でも、それに入れる字幕がない。運よく、その仕事をやらせてもらえたんだ。

アンゼ: へえー、海上自衛隊ですか? まさかの展開ですね(笑)。自衛官が観る映画って、どんな作品が選ばれていたんでしょうか?

菊地: 16ミリだから、新作はないんだ。いわゆる古い名作が多くて、3年間は訳しまくったよ。ミュージカルの『オズの魔法使』『雨に歌えば』もあれば、イングリッド・バードマンの『聖メリーの鐘』とか、フランス映画だけど『死刑台のエレベーター』とか。

アンゼ: 名作中の名作ばかりですね。若いときにそういう名作をたくさん訳す機会っていうのも珍しいですよね?

菊地: そうだね。いま思い返すと、27歳から30歳くらいまでの3年間、ほんとに貴重な体験をさせてもらったよね。たくさんの名作に出会うことができたし、字幕翻訳の経験も積めたし。

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