ジュエリーの実務翻訳と映像翻訳でご活躍の秋山真樹子さん Flavor
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Flavor of the Month
<第112回>  全5ページ
ジュエリーの専門学校で知識と技術を習得。卒業後は母校の教員・秘書の仕事で英語力を駆使

岡田 :秋山さんはアート作品としてのジュエリー、「コンテンポラリージュエリー」の世界でご活躍とのことですが、ジュエリーの世界ではコンテンポラリーとハイジュエリーは明確に分かれているものなんですか?

秋山 :分かれていますね。コンテンポラリーの作家さんたちは、自分たちの作品は商業ではなくアートだという意識がとても強いんです。ですから作品を展示したり販売したりするのも、お店よりもギャラリーが多いのが特徴です。価格帯もピンからキリまでで、ふだんでも使える作品を作っている方もいますし、大ぶりで華があるものを作っている方もいます。

岡田 :アート系のものだと大ぶりのものも多そうなイメージですが、実際身につけることを前提として作られているんですか?

秋山 :はい。アート作品なのでギャラリーに展示されることが多いとはいえ、身につけることが前提で作られているものがほとんどです。大ぶりのジュエリーをニットやカットソーにつけると重さで生地が垂れてしまいそうですが、重量やバランスをきちんと計算して作られているので、つけてみるとしっくりと馴染んで見えるものが多いんですよ。

岡田 :計算し尽くされたアートなんですね。秋山さんはご自身でも作品を作ることがあるんですか?

秋山 :学生時代にジュエリーの専門学校に通っていたので、当時は作品も作っていました。結果的に自分は作る側の人間ではないということを実感しましたけど(笑)。

岡田 :ジュエリーの専門学校に通っていたんですね。そもそもなぜジュエリーの道へ?

秋山 :子どもの頃から手芸やビーズ細工など細かいことをして手を動かすのが大好きだったんです。将来もそういう仕事がしたいなという思いがあり、高校で進路を探したときに金沢にニューヨークの有名美術大学と提携しているジュエリーの専門学校があることを知って進学を決めました。高校が都立国際高校という英語教育に重点を置いた学校だったので、留学への憧れもありましたし、デザインやアート、ジュエリーについても学べるなら理想と思い……。進学後、結果的に自分にとっては語学とジュエリーの習得を同時にするのは荷が重いと気づき、海外に行く前に知識や技術をきちんと習得しようと考えて金沢の学校は中退し、東京で別のジュエリー専門学校に通いました。

岡田 :そうだったんですか。ではコンテンポラリージュエリーとの出会いも専門学校時代に?

秋山 :はい。東京の専門学校にコンテンポラリージュエリーのコースがあるのを知り、「自分にはこれしかない!」とビビッときました。もともと根が目立ちたがり屋なのか、人と違うことをしたいという気持ちもあって(笑)。知らなかった世界に踏み出してみたいという気持ちが募って、コンテンポラリーのコースに進みました。卒業後はその学校で秘書、教員として働き、英語を使って海外の作家の来日時の通訳、翻訳業務などもしていました。

岡田 :なるほど、そうして英語につながっていったんですね!

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