【アメリア】Flavor of the Month 27 井ノ迫 純子さん
読み物
Flavor of the Month
<第27回>  全5ページ

井ノ迫 純子さん
第27回

子どもの頃に思い描いた淡い夢。いつしか、それを追い始めたら翻訳がどんどん面白くなっていきました。
  井ノ迫 純子さん
junko inosako

「日本語版台本って何?」小学生の頃に感じた小さな疑問


坂田:今回は、アメリアでもボランティア翻訳者を募集しました「第12回キンダー・フィルム・フェスティバル」(こどもの城・青山円形劇場、2004年8月13日〜22日)に、そのボランティア翻訳者のひとりとして参加なさった井ノ迫純子さんにお越しいただきました。子どもの頃から映画や海外ドラマが好きで、日本語の吹替や字幕にも興味をもっていたという井ノ迫さん。でも、実際に映像翻訳者を目指しはじめたのは、随分経ってからだったようです。それでは井ノ迫さんにお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。

井ノ迫:こんにちは。よろしくお願いします。

坂田
:ではまず、井ノ迫さんが映像翻訳者を目指すようになったきっかけから教えていただけますか。

井ノ迫:はい。昔から映画が好きだったんですが、私が小学生の頃に、初めて父に連れて行ってもらった洋画が『007』だったんです。結構きわどいシーンもいっぱいあるし、小学生の私と弟に見せるような映画じゃないですよね(笑)。

坂田:そうですね(笑)。

井ノ迫:父は洋画が好きで、『007』シリーズもよく観ていたようで、だからどうしても映画館に観に行きたかったんでしょうね。でも、ひとりで行くにはちょっと抵抗があったのか、子どもを引き連れて行ったわけです。私も弟もぽかんとしながら観ていました。とても衝撃的でしたね。

坂田:光景が目に浮かびます(笑)。

井ノ迫:で、その映画が“字幕”だったんです。それまでも、テレビで洋画は見ていましたから、この世に外国人がいるということはわかっていました。でも、テレビの中の外国人は日本語をしゃべっている。そのうち、小学校の高学年にもなってくると、いやいや、日本語をしゃべっていると思っていたけど、どうやら違うらしいぞ、ということに段々気付いていきて……。

坂田:そんな時に連れて行かれたのが、その映画だった?

井ノ迫:そうです。そこでは外国人はやっぱり外国語を話していました(笑)。ちょうどその頃、NHKで『大草原の小さな家』というドラマが放映されていて、よく見ていたんですが、番組のいちばん最後に「日本語版台本 森みさ」さんって出るんです。それを見て、「この人が作っているドラマなの?」って、子どもの頃ずっと不思議に思っていました。そんな仕事があるとは知らなかったので。それからしばらく経って、中学生になってから“吹替”というものがあるのだということを知りました。そういう思い出が頭の中にいくつかあって、でも、まさか自分がその仕事を目指すようになるとは思いもせず、普通に学校生活を送っていたました。ただ、頭の片隅には常にあったんでしょうね。

坂田:大人になって映像翻訳者を目指すようになったのは、何かきっかけがあったのですか?

井ノ迫:これといったきっかけがあったわけではないんです。大学を卒業してからは、普通の企業に勤めていました。結婚もして、普通に生活していたんですが、あるとき教養を身に付けるために何かしたいと考えるようになって、それで選んだのが翻訳学校に通うことでした。でも、当時は大阪に住んでいましたので、映像関係のクラスはなく、出版翻訳のクラスをとっていました。

坂田:その時、初めて翻訳というものを勉強してみたわけですよね。いかがでしたか?

井ノ迫:とんでもなく落ちこぼれました。私は教養を身に付けたいという軽い気持ちで通い始めたのですが、クラスのみなさんは、プロを目指している方ばかりだったので、当然、私はまわりから浮いてしまい、愕然としました。訳文のレベルが違うし、それに何よりも場違いな所に来てしまった、そんな気持ちになりました。

坂田:そこで、「私もみんなに負けないように頑張って翻訳家を目指そう」とは思わなかった?

井ノ迫:思わなかったですね。ただ、授業はとても面白かったので、プロにならなくても、こうしていろんな文章に触れることで、何かに役立つのではないかという思いで続けていました。

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