【アメリア】Flavor of the Month 47 穴沢良子さん
読み物
Flavor of the Month
<第47回>  全4ページ


穴沢良子さん

第47回
メディカルの知識を生かし 使う言語の違う者同士をつなぐ コミュニケーターになりたい
  穴沢良子さん
Ryoko Anazawa


看護師から一念発起、アメリカに留学!

坂田:今回のゲストは、看護師の資格をお持ちで、現在は主に医療分野の翻訳をなさっている穴沢良子さんです。翻訳は、ずっと長い間目指していたというよりは、あるとき偶然出会って、仕事としてやっていこうと考えるようになった、とのこと。そのあたりのお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

穴沢:今、ご紹介いただいたように、翻訳に出会って、仕事として考えるようになったのは、ここ数年の話なんです。ですから、翻訳に関してみなさんに有益なお話ができるかどうか心配ですが、私の経験してきたことをできる限りお話ししたいと思います。よろしくお願いします。

坂田:以前は看護師をなさっていたとのことですよね。そもそも看護師になるのが夢だったのですか?

穴沢:それも、話せば長いんですが……。いいですか?

坂田:はい。お願いします。

穴沢:生まれは新潟なんですが、とにかくすごい田舎だったんですよ。中学を卒業して……

坂田:何年ぐらい前でしょう?

穴沢:年がバレますね(笑)。20年ちょっと前です。中学を卒業して普通高校に行く人もいるのですが、大抵の人は高校を卒業した後の就職のことを考えて進路を決めるんです。私は母の勧めもあって、というより母に「絶対に手に職をつけないと生きていけない」と脅されて(笑)、高校は衛生看護課に進みました。生徒は全員、准看護師の資格を取るためだけに勉強しているような学校で、7割が看護の勉強、あとは英語と数学と生物をちょこっと、そんな感じでした。

坂田:では、高校生活を楽しんだというよりは、ひたすら勉強していたという感じ?

穴沢:そうですね。先生は部活動も勧めません。高校を卒業する頃には准看護師試験が待ちかまえていて、それに全員合格させることが先生の第一の目標ですから、余計なことはしなくていい、看護の勉強だけしていなさいと。さらに第二の目標としては、准看護師試験に合格したら次に正看護師試験がありますから、短大や専門学校など正看護師になるための学校に進学させること。先生はもちろん、生徒もみんながそれに向かって邁進するんです。こう話すと、ちっとも面白みのない学校のように聞こえるかもしれませんが、すごくいい学校だったんですよ。先生も熱心で、本当に私たちの将来のことを考えてくれていましたし。

坂田:では、そのときはご自身も准看護師を目指して一生懸命勉強をしていたんですね。

穴沢:そうです。まずは准看護師、それから正看護師に、と思っていました。でもね、そんな環境だったんですが、英語が大好きだったんですよ。ハリウッド映画にかぶれちゃって、シルベスタ・スタローンやクリント・イースト・ウッド、ブルック・シールズなんかに英語でファンレターを書いて送っていました。同じように映画好きな友達といっしょになってね。なかには返事をもらえる子がいたりして、ワクワクしていました。それからラジオも聞いていましたね。

坂田:ラジオというと?

穴沢:NHKラジオの英語講座です。「基礎英語」とか、当時は3種類ぐらいしかなかったですよね。一生懸命聞いていました。でも、英語の勉強をしていたのは高校までで、その後、准看護師の試験に合格して正看護師を目指して専門学校に進んだのですが、その間は英語とはほとんど無縁でした。看護専門学校にも一応、一般教養科目もあるので英語の授業もあったのですが、あまり重要視されていなくて、授業といってもただビデオを見るだけだったり……。

坂田:それで正看護師の資格を取って就職したのですね。

穴沢:はい。市内の病院に勤めはじめました。20歳の頃です。でも、資格を取るのに一生懸命勉強をした反動か、看護師になった頃には半ば情熱が冷めちゃってて……。翌年には公務員試験を受けて、より待遇のいい県立の病院に移ることができたんですが、その頃には何か他のことがしたいなぁと。本屋で留学関係の雑誌を見て、自分も留学してみたいなと思うようになっていました。

坂田:看護師を二年ぐらいしたころというと、22歳ぐらいですね。エネルギーに溢れている年代ですよね。

穴沢:そうですね。若かったので自分の可能性をやたらと信じていて、もっと他のことができるんじゃないかと思えてきて……。それに看護師を目指して狭い世界観の中で生きてきていたので、閉塞感もあったと思うんですよね。それで留学したいなと思い、まずは英語の勉強を始めました。

坂田:具体的にどのような勉強をしたのですか?

穴沢:まず、TOEFL受験のための通信講座を受講しました。英会話学校にも通いました。TOEFL講座では毎月テストがあって、あなたは何点の実力です、という結果が返ってくるんです。一般的にアメリカの4年制大学に留学するには500点以上が基準と言われていますが(従来の筆記形式の試験の場合)、1年ほど勉強して530点くらい取れるようになったんです。ああ、私も留学できるんだとその気になって、一生懸命お金を貯めました。それから2年ほどして、24歳のときに留学を果たしました。

坂田:素晴らしいですね。ところで、何を勉強しに行ったのですか? 看護学?

穴沢:それが、大きい声では言えないんですが、特に目標はなかったんですよね。国外逃亡という感じ(笑)。留学する人なんてまわりに誰もいなくて、留学の意味もわかっていなかったし、高校から看護の勉強しかしていないから大学で勉強するという意味もわかっていませんでした。でも、とにかく留学したかった。自分の貯めたお金で4年間留学しようと、いろいろと資料を取り寄せて安いところを探しました。

坂田:ご両親からの援助などは?

穴沢:ありません。親にしてみたら、せっかく看護師になって、しかも県立病院だから公務員で、定年まで働いたら十分な退職金がもらえるのに、どうして辞めるの! という感じですよね。田舎ですから、英語なんか勉強しても何にもならないのにと、まったく理解してもらえませんでした。だから援助なんてもちろんありません。資金は自分の貯金だけだったんです。

坂田:実際に留学してみて、いかがでしたか?

穴沢:アメリカの学校の制度をはじめ、すべてにおいてすごく刺激を受けて、勉強するのがすごく楽しかったです。もともと勉強するのはきらいじゃなかったので、1日中図書館に閉じこもって勉強するのも、とても楽しかったですよね。
トップへ 次へ