【アメリア】Flavor of the Month 57 藤沢祥子さん
読み物
Flavor of the Month
<第57回>  全4ページ


藤沢祥子さん

第57回
一目惚れした沖縄の風土の中で ストレスフリーで翻訳をする そんなライフスタイルの実践者
  藤沢祥子さん
Shoko Fujisawa


編集の仕事を辞め、突然の沖縄移住

坂田:今回のゲストは、アメリアWebサイト「スペシャルコンテスト」で採用され、初の訳書を出された藤沢祥子さんです。藤沢さんは現在、沖縄在住とのこと。その生活ぶりについてもたっぷりと話を聞かせていただきたいと思います。藤沢さん、どうぞよろしくお願いいたします。

藤沢:こちらこそ、よろしくお願いいたします。

坂田:沖縄在住とのことですが、もともと沖縄生まれなんですか?

藤沢:いいえ、生まれは東京です。父の転勤などでいくつかの県を渡り歩きましたが、沖縄には特に縁もなく、興味もまったくありませんでした。ところが2003年年末に突然離島に行きたくなって、一人で石垣島へ出かけたのです。その後はいわゆる“沖縄病”。天気予報を見ると居住地ではなく、沖縄の天気を見てしまうやつです。年明けに東京に戻ってから、移住に向けて身辺整理をはじめ、2004年の秋には本島へ引っ越しました。

坂田:そうなんですか。素晴らしい決断力ですね。東京ではお仕事は何を? 翻訳に関することをしていたのですか?

藤沢:東京では出版社でアシスタントをしていて、翻訳書を含めた書籍の編集に携わっていました。主に倫理・哲学系の書籍です。

坂田:具体的にどのような仕事をしていたのですか?

藤沢:著者とのやりとりや原稿の整理、ファイリング、校正などです。アシスタントとして一通り仕事を覚えたあと、初めて企画の段階から携わったのが、ヤングアダルト向け悩み相談本の翻訳書でした。メールで寄せられた10代の悩みにアドバイザーが返信するという形式の本で、エージェントを通した版権取得のやりとりから、翻訳者やイラストレーター、デザイナーの選出、DTPの手配、校正・校閲まで、すべて担当しました。どの作業も、ものすごく楽しかったです。それから、小さな出版社だったので、リーディングは自分でやっていました。エージェントの担当の方に勧められたものや自分で探し出して購入したものを中心に。会社にいる間は時間がないので、リーディングは自宅で、ですけど。

坂田:編集のお仕事をしていたのですね。ご自身で翻訳をしたいと思ったこともあったのですか?

藤沢:学生時代から洋書や翻訳書は好んでよく読んでいましたが、東京時代は書籍をプロデュースするという編集の仕事が楽しかったこともあり、自分自身で翻訳をしてみたいという気持ちにはなりませんでした。まわりには私よりずっといい日本語を書いてくれる翻訳者がいましたし(笑)。ただ、英語はずっと好きでした。最初は高校受験や大学受験のために一生懸命勉強していたのですが、大学に入ってからふと英語で歌われている曲を聴いたら、歌詞の意味がまったくわからなくて泣けてきたことがあったんです。で、それからは歌詞やセリフを聞いて覚えるなど、方法を変えてこれまた必死に勉強しました。英語だけでなく、英語圏の文化に対して強い関心と興味を持っているのは今も変わりません。海外経験は、イギリスに1カ月のホームステイと、アメリカに1カ月の旅行だけですが、行きたかった町や場所を巡っていろんな人に出会ったことで、英語圏に対する敷居はぐっと低くなりました。

坂田:東京では翻訳を仕事にしようとは思わなかったということは、沖縄に移住したことが翻訳をするきっかけになったのでしょうか?

藤沢:沖縄に来て、最初は事務職をしていましたが、少し身体を壊してしまい、家でできる仕事を見つけて、にわか在宅ワーカーになりました。コンスタントに続けているのはインターネット調査員という在宅の仕事で、検索エンジンの性能向上を目的としたプロジェクトのお手伝いです。実は、その合間に励んでいたネットサーフィン中に、アメリアWebサイトにたどり着いたのです。実績ゼロからスタートするのに、こんなにいいネットワークはないと思いました。

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