【アメリア】Flavor of the Month 70 渡部美貴さん
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Flavor of the Month
<第70回>  全5ページ
渡部美貴さん

第70回
仕事を辞めて目指した映像翻訳者の道 仕事を安定させるまでには 睡眠時間を削り経験を積むことも必要です渡部美貴さん
Miki Watanabe


語学力を生かして社会人としてのキャリアを積む

坂田:現在、映像翻訳者としてご活躍の渡部美貴さんですが、翻訳の学習を始めたのは社会人になってからだったそうです。帰国子女で、英語とスペイン語を駆使して仕事をしていた渡部さんが、なぜ翻訳者への転身を考えたのか。高い語学力をお持ちでしたが、最初のうちはトライアルに合格しなかったとか。その理由は何だったのか。お話を伺いたいと思います。渡部さん、どうぞよろしくお願いいたします。

渡部:よろしくお願いします。

坂田:渡部さんは帰国子女で、高校入学までは海外での生活が多かったそうですね。

渡部:はい。1歳から小学校入学までと、小学4年生から中学3年まで、グアテマラやコロンビアなど中南米の国に住んでいました。

坂田:中南米となると、話していたのはスペイン語ですか?

渡部:通っていた学校はアメリカンスクールだったので、学校の授業は英語、両親とは日本語ですが、メイドさんとはスペイン語で話すという生活でした。

坂田:1歳から自然に習得していったとなると、言葉には不自由しなかったですか?

渡部:小学校に入る頃にいったん日本に帰ってきて、再びコロンビアに行った時は、英語もスペイン語もすっかり忘れていました。しばらくすると徐々に思い出していって、記憶を呼びさましながら覚えていくという感覚がありました。

坂田:高校からは日本の学校に通ったのですね。

渡部:はい。高校は全生徒の70%ほどが帰国子女という学校でした。ほとんどが英語は海外で身につけてきているので、英語のクラスは、普通の高校英語のクラスの他に英語だけで授業をする上級のクラスが2つあり、そこで英語力をキープしました。スペイン語も週1回授業があったので、忘れないように学習していました。

坂田:大学はどのような方面に進んだのですか?

渡部:私自身は考古学や歴史に興味があったのですが、両親や先生から「スペイン語ができるのにもったいない」と言われて、スペイン語学科に進みました。南米にいたころは生活に必要だから使っていましたが、文法をきちんと学んだことはなかったので、私自身もスペイン語をしっかり基礎から学び直すのもいいかなと思いました。

坂田:卒業後はどうしましたか?

渡部:その頃は、国際機関で働きたいという希望があったので、その準備としてアメリカの大学院政治学部に2年間留学しました。ただ、最初に勤めたのは日本のメーカーでしたが。日本の企業は新人を一から育ててくれると聞いていたので、日本で働いて社会人としてのマナーも身につけたいと思ったんです。中南米に商品を輸出する部署だったので、スペイン語と英語を生かして働くことができました。

 6年後に国際機関で働くチャンスが巡ってきたので転職をしました。米州開発銀行というところで、中南米の国々の経済開発を促進することを目的に設立された国際開発金融機関です。勤務地はアメリカで、英語とスペイン語の両方をフルに使ったので、この期間に両言語とも伸ばすことができました。その後、別の国際機関で1年間働いた後、日本に戻ってきて外資系メーカーに転職しました。

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