【アメリア】Flavor of the Month 85 崔 樹連さん
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Flavor of the Month
<第85回>  全5ページ


使わなければどんどん鈍っていく言語。「自分にできること」を考えた末の韓国語への再出発

岡田 :韓国語と日本語のバイリンガルで、持ち前のヒアリング力をいかして活躍する崔さん。日々、猛烈なスピードで映像翻訳をこなすパワーは圧巻です。崔さんが翻訳を目指したいきさつをお聞かせ願えますか?

:私は朝鮮の民族学校を卒業し、信用組合に就職してから結婚しました。専業主婦で子育てをしている時、漠然と「自分になにができるんだろう」と考えたんです。よく考えると自分には二カ国語を使えることしか確実なものがなくて……。私は在日3世で生活がすべて日本語。学校で韓国語をしっかりと学んだのに、言葉は使わなければ鈍っていく。韓国語をもう一度やり直そうと決意したんです。主婦だったので家で勉強したり試験を受けたりして、2カ国語をいかせる何かがないかなと思っていました。当時はまだ韓流はそこまではやっておらず……。実は通訳の学校にも通ったんですが、通訳は私にはちょっと違うと感じました。

岡田 :通訳は使う脳が違いますね。

:人前でしゃべるのも苦手で、ひきこもりだし(笑)。じっくり調べる翻訳のほうが向いていると思ったんです。洋画やドラマも大好きで、学校の帰りに毎週のように映画館に行っていたので、映像分野で自分の持つ力が発揮できればいいなと思いました。特に韓流がどうこうということではなかったですね。

岡田 :映像の翻訳学校に通われたのはいつ頃ですか?

:子どもの中学受験が終わってからでしたから、32、3歳だったと思います。字幕だけでなく、吹き替え、ボイスオーバー、文芸翻訳、通訳など、いろいろな分野を習いました。翻訳会社の付属の学校だったので、はじめはそこからお仕事をいただきました。勉強を始めたころは決して良い成績とは言えず……(笑)。課題をこなすのにいつも本当に苦労して、セリフがなかなか浮かばずに、一日中悩んだ時も。

岡田 :今では膨大なお仕事を同時進行される崔さんでも、そんな時代があったんですね。スピード勝負の韓国ドラマの世界についていくために、どのような訓練を積まれたんですか?

:仕事を始めるようになって徐々にスピードがついていきました。はじめからドラマや映画などの翻訳はもらえませんから、バラエティ番組や歌番組などからスタートするんです。セリフの箱が1,500とか1,800もあってハンパじゃない(笑)。しかも韓国人はみんな一斉にしゃべるので、ネイティブでも聞き取れないんです。誰が話しているかもわからない(笑)。そんな番組をずっと訳していましたから、かなり力がつきました。

岡田 :それが下積み時代ですね。

:長かったですね。先生の下訳などもやりました。今でもまだまだ実力不足を実感します。

岡田 :訓練で磨かれたスピード力。翻訳の基礎体力が違います!

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