【アメリア】対談の部屋4-1甘く切ない青春時代の思い出
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対談の部屋  
<第4回>   全5ページ

第4回 ミステリ翻訳界の二人の雄〜青春時代を共に過ごした旧友〜
三川基好
文芸翻訳家。翻訳家歴8年。旧友である田口氏の紹介によって翻訳をはじめる。ジム・トンプスン『ポップ1280』(扶桑社)、ジョン・ダニング『深夜特別放送』(早川書房)、ジョンロルフ,ピーター・トゥルーブ『ウォールストリート投資銀行残酷日記-サルになれなかった僕たち』(主婦の友社)など訳書多数。早稲田大学教授、ワセダ・ミステリ・クラブ会長でもある。
田口俊樹
文芸翻訳家。翻訳家歴25年。ジョン・ル・カレ『シングル&シングル』 『パナマの仕立屋』(集英社)、『死ぬためのエチケット』(創元推理文庫)、ローレンス・ブロック「泥棒」シリーズなど訳書多数。フェロー・アカデミー講師として10年以上、後進の育成にあたっている。


 

1.甘く切ない青春時代の思い出


--おふたりは昔からのお知り合いだとうかがったのですが、いつからのお付き合いですか?

三川:中学校の頃からです。中学校が同じで、高校も同じ。大学も、僕が浪人をしたので1年後輩なんですが、同じ早稲田の文学部でした。ただ、大学の頃は仲違いをしていて、付き合いはなかったんですけどね。中学・高校の6年間、離れたり近づいたりはしましたが、ずっとお互い知り合いで、よく一緒に遊びましたね。

--その頃の田口さんは、どんな青年だったんですか?

三川:目立っていましたね。僕は地味でした。よくあるパターンです。ふたりだけで付き合っているのではなくて、何人かのグループで仲が良かったんですが、田口はその中でもわりと華のある方、僕は地味な方だったと思います。

田口:そうでもなかったけどね。三川は早熟だったんですよね。中学生って、考えていることってセックスのことしかないんですよね。そういうのを教えてくれるんですよ、彼が。こんな話、職業柄まずいかね?

三川:全然構わないよ。でも、そういう記憶はないけれどね。俺がその……、詳しかったっていう。

田口:いやいや、エロ写真とかね、そういうのを見せてくれる。あの頃、『ファニー・ヒル』や『キャンディ』といった小説が海外で評判になって、日本にも翻訳されて入って来たんです。中間小説みたいなものがもてはやされて、日本では五木寛之や野坂昭如なんかが出てきた時代ですよね。今まではエロ文学とか言われていたものを、見直すような気運があったんですよ。まあ、今のエロ本とはちょっとイメージが違いますが、内容は同じです。そういうものをコレクションしていてね、見せてもらっていた。そういう点で早熟だったと、それだけなんですけどね(笑)。それから、ふたりともビートルズが好きだったですよね。そういう共通点もあった。

--その頃、将来は翻訳家になりたいとか、小説家になりたいとか、そういう夢はあったんですか?

三川:田口はその頃から文学志向で、自分で書きたいと言っていました。英語もよくできていました。僕は、英語はあまりぱっとしなかったし、文学はものすごく好きだったんだけれども、自分で書けるという気は全然しなかった。だから、作家になりたいということはなかったですね。

田口:三川はどちらかというと理科系だったんですよ。だから、大学も理科系を受けるつもりで勉強していた。でも、僕が先に大学に入ったものだから、浪人中の三川のところに行って、偉そうに「大学はこういうところなんだ」ってね。ちょうど1969年安保の前で、ガタガタしていましてね。授業なんかやっていない。自分たちで勝手にストをやって。変な話ですよね。授業料払ってストやっているんだから。まあ、それがカッコよかった時代だったから。で、暇なもんだから、三川の家に遊びに行く。そこで、「理科系なんか、つまんないヤツばっかりだよ」って吹き込んだんですよ。そうすると、途中で気が変わっちゃってね、文学、文学って。

三川:読書会に連れて行かれたんですよ。大学近くの喫茶店でやっているのに入れてもらってね。その雰囲気が気に入ったんです。それから、ちょうど浪人していた時期に、ビートルズの伝記が発売されましてね。翻訳も出たんですが、原書の方が安かった。それで原書を買って読み始めたわけです。すると英語だから、ジョン・レノンが言った言葉がそのまま書いてある。これはすごいなあって。それがきっかけで英語の本を読み始めて、英語の力がどんどん付いていった。それで、大学4年間は、とりあえず英語の本を読もうと。そういうことで文学部に行ったんです。最初のキッカケは田口が大学を見せてくれたからですね。そうじゃなかったら別の大学に行ったかもしれない。

--では、仲違いをしたというのは、三川さんが大学入学後のことですか? 差し支えなければ、その経緯を教えてください。

田口:かっこよくいうとね、ジョージ・ハリソンとクラプトンみたいな関係(注)っていうんですか(笑)。全然違いますけれどね。要するに、コイツが付き合っている女性がいたんですが、フラれたんですよ。それからしばらくして、たまたま、僕がその女性と会う機会があったんです。一応、三川の友人としては、その女性を責めるような気持ちも少しはあってね。

(注:エリック・クラプトンは親友ジョージ・ハリスンの愛妻パティを奪って結婚した)

--「あぁ、僕の親友をふった女だ」ということですね。

田口:まあ、そんな風にはっきりと思ったわけではないけれども、なんとなくね。でも、何故か僕も(その女性を)好きになってしまってね。それで、付き合うようになっちゃったんですよ。それを黙っているわけにはいかないんで、こうなってしまったことを言わなきゃいけないと。ところが、この男は粘着質なもので、いつまでもウジウジ、ウジウジしているんですよ。話そうと思うんだけれども、その話になるとそわそわ、そわそわ。挙動不審になっちゃう。そのうちに、彼女とふたりで居るところを、こいつが見てしまって……。それ以来ですね。僕が電話をかけても出ない、手紙を出したらそのまま送り返して来る。念が入っているでしょう。それで幾星霜。20年以上、付き合いがなかったというわけです。

三川:フラれたという形で終わったのが、よくなかったんですね。気持ちの整理ができないままだった。だから、コイツが話そうとすると、僕がその話をさせないようにしていた。どこかで分かっていたんですよね。だから避けていた。でもそのうち認めなければいけなくなって。とにかく僕は、未練タラタラだったから。コイツを傷めつける夢を見たりしてね。

田口:粘着質ですからね(笑)。

--では、その一件以来、会うこともなくなってしまったのですか。

田口:僕の方は働きかけたんだけどね。だんだん、こっちも腹が立ってきて。僕も結局、その女にフラれるわけですよ。フラれたときにもう一度、「また、水に流して会おうよ」って言ったんですが、それでもダメだった。そうしたら、またこっちも頭にきちゃって、もういいやって。それで、あっという間に20年ですよ。

三川:大学の廊下で、1、2回、すれ違ったことがあるかな。(4年生なのに)3年生の授業に何故か出てやがって。でも、仲違いというのは、ちょっと違うかな。僕が一方的にヘソを曲げていただけですから。

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