【アメリア】対談の部屋4-2人生を決定づける、縁ある人との再会
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対談の部屋  
<第4回>   全5ページ

第4回 ミステリ翻訳界の二人の雄
2.人生を決定づける、縁ある人との再会

--三川さんは、田口さんの紹介で翻訳を始められたとうかがいましたが?

三川:僕は大学卒業後、大学院に行って、教師になりました。34歳の時に結婚をしたのですが、うまくいかなくて。1991年から2年間、大学からアメリカに行かせてもらったのですが、家族を残してひとりで行きました。とにかく、ひとりになりたかったんです。そこで、いまの家内と出会って、連れて帰ってきたんです。

田口:ひどいヤツでしょう。

三川:シングルマザーの日本人女性だったんですが、連れて帰ってきて、それから交渉をして離婚したんです。そんなこんなで、経済的に大変だったんですよ。そんなときに、中学の同窓会の案内が届いたんです。実は、いまの家内とつきあい始めたころに、何故か真っ先に田口と前の女性とのことを話したんです。で、話し終わったら彼女に「田口さんという人は悪くない。あなたが悪い」と言われてね。その通りだと思いました。それまでの20年間、1年に1度はフラれた女性の夢を見たし、田口を傷めつける夢も見たし……。でも、彼女にそう言われた時にすっきりしちゃって。それで、日本に帰ってきて同窓会の通知を受け取ったとき、家内が「行きなさい。行って、田口さんに謝って来なさい」ってね。だから行ったんです。そしたらコイツ、会場の真ん中で会ったときに「お前、ごめんな」って。いや、ごめんじゃない、オレが悪かったんだって言ってね。そこで、「実はこういうことがあって、生活がごちゃごちゃになっていてね」と話をしたんです。そしたら、「じゃあ、翻訳でもやるか」って。随分、安易なことを言いますよね。でも、それがキッカケで、翻訳をさせてもらうようになったんですよ。

田口:ああいう大規模な同窓会は、あれが初めてだったんじゃないかな。

--ということは、ものすごくタイミングがよかったんですね。ちょうどふっ切れたときに同窓会があった。

田口:同窓会があったということもそうだし、どちらかが行かなかったら会わなかったわけだし。人間、何か面白いよね。一応、人生の先輩面していうとね、縁があるヤツってどこかでまた出会うね。そんな気がする。後からそう思うのかもしれないけども。まあ、そんな(縁のある)人間ではありましたね。ずっと会ってはいなかったのに。でも、その前にチラッと会ったことはあったなあ。共通の知り合いがいて、その人の出版記念の会に出席したとき。何年か振りに顔を会わせのに、コイツ知らん顔するんですよね。おいおい、オレだよって言っているのに。

三川:隣に座っているんだけれども、絶対に見ない。

田口:さらにムッとしちゃってさ。そうでしょう。そんなことがあった。

--三川さんは、一途というか、情熱的なところがあるのかなという気がします。

三川:情熱的なんて、そんなきれいなもんじゃない。やっぱりコイツがいうとおり、粘着質なだけなんですよ。

田口:すごくドラマチックな話なんですよ。コイツに文才があれば、小説になっちゃうような。

--いまの奥さまという素敵な方に出会われたからこそ、おふたりの関係に雪解けが訪れたということですね。

三川:でも、デートの時にどうしてそんな話をしたのか、不思議でね。公園をふたりで歩いていたときに、話し始めたんですよ。どうしてでしょうねぇ。過去を捨てて、新しい生活に入ろうという気持ちがどこかにあったのかなぁ。でも、そんな話を恋人にするのって、本当はよくないですよね。彼女が、ああいう人だったからよかったけど。

--では、おふたりが再会された頃、田口さんのほうは、もう翻訳家として活躍なさっていたのですね。田口さんは、中学・高校の頃から文学を目指されていたということですか、それは、翻訳をやりたいということだったのですか?

田口:当時は翻訳なんて全然。できれば物書きにでもなりたいと思っていました。大学を卒業して、出版社に入ろうと思ったんですが、全部落ちましてね。最後の最後で小さな出版社にひっかかって、そこに勤め始めたんです。新聞広告を見て行ったんだけど、そこには"劇団経営、レコード出版、書籍編集"って書いてあった。結局、全部本当だったんだけど。でも、本のほうは、あまり売れなくなってね。そのころ、「駄モノのカセットテープ」というのがありましてね。流行歌の演奏だけを録音してイージーリスニングみたいにして、喫茶店なんかでよく流れていた。歌は入っていなかったり、別の人が歌っていたり。本物のカセットテープが2000円に対して980円ぐらいで、スーパーの前で安売りされていた、そんな時代があったんです。会社の商売は、そっちの方に向いていて。だから、レコードジャケットの解説を書いたり、レコーディングをしたりしていました。全然、わかりもしないのにね。面白かったのは、いろんな人と付き合うことになるんですよ。スタジオミュージシャンとかね。スタジオの料金っていうのは、昼間高くて夜安いから、録音を夜中にやるんです。明け方に終わって、その時間に開いている店にみんなで行って、そういうオジサンたちの話を聞くわけですよ。経費だから自分の金じゃないけれども、僕が金を払うから、僕のことを立ててくれるんですよね。だから気分は良いし、いろんな話も聞こえてくるから楽しかった。その後、それも廃れていって、会社は劇団に力を入れるんです。当時、一世を風靡した、"ケロヨン"というカエルを主人公にしたぬいぐるみ劇団でね、そこで、脚本なんかも書かせてもらって。ディレクターの助手が見つからないというので、芝居なんて全然知らないのに、いきなりやったりね。で、当然ながら、自分が書いた芝居だから、よく分かるんですよね。ただ、やっていてわかったのは、芝居って、幕が上がってしまうと役者のモノなんですよね。いくらぬいぐるみでもね。それと、こちらはいくら愛着があっても、全国を付いて回るとなると、同じ芝居を何百回も見るわけですよ。つくづく飽きますよね、やっぱり。これはダメだと思って、いろいろあって、会社は辞めました。

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