アメリア会員インタビュー

伊藤 史織さん

伊藤 史織さん

映像翻訳と出版翻訳の両立をめざして

プロフィール

英日出版・映像翻訳者。高校時代、米国に1年留学。一時は通訳を目指すが、出産・育児を機に自宅で翻訳の勉強を始めたところ、翻訳の面白さと自分の適性に気づく。本格的に学ぶためバベル翻訳大学院に入学し、修了後に出版・映像をメインとしたフリーランスの翻訳者として活動を開始。ミュージカルなどさまざまな表現活動の経験を基に、子どものころから大好きだった映画の字幕翻訳などで魅力的な日本語表現を追求する。いったんは英語科教員として小・中・高等学校に勤務するが、さらにその経験を生かして再び翻訳業に専念。映像翻訳ではファンタジー系からドキュメンタリーまで幅広いジャンルの映画・映像の字幕翻訳に携わり、出版翻訳では『ウイルス、パンデミック、そして免疫』、『絵でわかる建物の歴史』などの訳書がある。

アメリアでタイムリーな仕事を獲得

加賀山 :今日は京都で映像翻訳をしておられる伊藤史織(いとう しおり)さんにお話をうかがいます。出版翻訳、実務翻訳もしておられますが、いまのお仕事のメインは映像翻訳でしょうか?

伊藤 :そうですね。出版翻訳は数年に1冊ぐらいのペースで、あとは映像翻訳、ときどきマーケティングやローカライズの資料関係の翻訳が入ってくる感じです。

加賀山 :最近の映像翻訳のお仕事には何がありますか?

伊藤 :映画の字幕翻訳では、映画祭に出品された作品をいくつか手がけました。新しい実験的な映画に特化した映画祭だそうで、興味深かったです。ほかには、ドイツのベストセラー児童書が原作のファンタジーアドベンチャー、コロナ禍の少女を描いた短編ストーリー、社会主義時代のポーランドを描いた短編ドキュメンタリーなどがありました。ドイツの作品は、言語もドイツ語、舞台もドイツで、英語に訳された台本をもとに字幕訳を作成しました。ドイツのファンタジー映画を観たのは初めてでしたが、ミュージカル仕立てでとてもおもしろかったです。
 映画以外では、コロナ禍以降、ウェビナーなども増えています。

加賀山 :プロフィールを拝見すると、DVD特典映像(メイキング、インタビューなど)や、映画予告・解説映像、テレビ番組、企業ホームページのウェブ用動画の字幕も作っておられますが、すべて同じ翻訳会社から依頼されるのですか?

伊藤 :複数の翻訳会社さんから依頼していただいています。全体で6社ぐらい、そのなかでよくお話をいただくのは3社ぐらいですね。

加賀山 :翻訳会社はどうやって開拓されましたか?

伊藤 :いちばん長くおつき合いがある会社は、知り合いの紹介でした。あとは、翻訳会社のホームページ経由でトライアルを受けたり、「翻訳者ディレクトリ」という翻訳者と翻訳会社を結びつけるサイトを利用したりです。

加賀山 :アメリアに入会されたのはいつですか?

伊藤 :まだ入会して1年たっていません。じつは昔、入会していたんですが、その後教職にチャレンジしたときに退会して、翻訳業に復帰してから入り直しました。また新たに翻訳会社さんや仕事の幅を広げることができればなと思っています。
 アメリアでは先日、求人に応募して、英日字幕翻訳のお話をいただきました。先ほどお話しした、コロナ禍の少女を描いた短編ストーリーです。6分という短い映像で、セリフはさらに少ないのですが、そのわずかなセリフから観客は多くのことに気づかされます。セリフの裏に隠された様々なことに簡単に気づけたのは、自分もコロナ禍を経験した当事者だからだと痛感する、そんな作品でした。

加賀山 :それはタイムリーなお仕事でしたね。

伊藤 :そうですね。説明しすぎず、それでいて登場人物の背景や思いが観客に伝わる字幕訳になるよう意識して取り組みました。私自身もコロナ禍でいろんな思いを経験しましたから、この作品に携われて光栄でした。

加賀山 :仕事につながることがアメリアのいちばんのメリットかもしれませんが、ほかに入会してよかったと思うことはありますか?

伊藤 :アメリアのサイトは毎日チェックしています。翻訳者のコミュニティでのやりとりも興味深くて、いろいろ勉強になりますし、今度これを試してみようと思うような発見もありますね。翻訳会社さんの募集の欄や、応募できるスペシャルコンテストにも日頃から注目しています。

映像翻訳と出版翻訳をすることのメリット

加賀山 :プロフィールには、映画の脚本やプロダクションノート、DVDのブックレットやカバー、テレビドラマのインタビュー記事、プレスリリース、シノプシスの翻訳もあげられていますが、これは映像ではなく文字からの翻訳ですか?

伊藤 :そうです。映像翻訳と同じ翻訳会社さんから依頼していただいているので、ひとまとまりの仕事ですね。

加賀山 :字幕ではなく吹替校正の実績で、宗教関連の映画・ドラマというのがありますが、これは何でしょうか?

伊藤 :海外のキリスト教系の宗教団体が、日本での伝道活動のためにユーチューブのチャンネルを持っておられて、そこで配信される体験談やドラマなどの台本翻訳と吹替校正のお仕事をさせていただいています。

加賀山 :なるほど。あとこれは驚いたんですが、自動翻訳された動画字幕の修正、チェックもされています。実務翻訳ではときどき機械翻訳の話も聞きますが、字幕にもあるんですね。

伊藤 :あります。短期間でしたけど、自動翻訳のソフトで訳されたものを修正、チェックしました。

加賀山 :映像はとくに自動翻訳がむずかしい気がします。実際どうなんでしょう?

伊藤 :すごくむずかしかったです(笑)。かなり手を入れなければいけませんでした。日本語力をかっていただいて時給制にしてもらったんですが、翻訳会社さんのそもそもの狙いは自動翻訳を利用して安くあげることでしたので、そこがマッチしなくて、短期間でやめることになりました。
 映像翻訳者として、おかしなところはしっかり直したい思いが強かったので、しかたがありませんでした。2〜3年前の話ですから、いまはもっと進化しているのかもしれませんが、そのときには、自動翻訳による字幕はまだまだむずかしいという印象でした。

加賀山 :字数制限とか、考慮しなければいけないことがたくさんありますからね。でも、自動翻訳の例があるというのにはびっくりしました。
 出版翻訳の実績では、最近、『ウイルス、パンデミック、そして免疫』(ニュートンプレス社)を出しておられます。これは、コロナ禍があったので緊急出版という感じだったのでしょうか?

伊藤 :そうだと思います。翻訳会社さんが、登録している翻訳者にオーディションをおこなって、そのなかから選ばれた翻訳者が訳すという仕事でした。

加賀山 :いわばそのコンテストで優勝されたわけですね。どのような本ですか?

伊藤 :感染症の歴史から始まって、人間やウイルスのDNAの仕組み、感染のメカニズム、かかったときの免疫の働きなどを解説し、パンデミック、公衆衛生のあり方、これまでの対策や薬学史などについても触れています。

加賀山 :かなり包括的な内容です。

手掛けた訳書。どちらも、生活に密接した興味深い知識を得られる内容になっています。

伊藤 :はい。一般書ですので、幅広く網羅されていますが、コロナ禍を踏まえて、今後パンデミックが起きたときにどう対応するのかということにも焦点を当てています。
 この分野にはくわしくなかったので、図書館にかよって本を読みあさったり、たいへんでした。でも、医療系の映像字幕の校正をしたときに、この本を訳したときの知識がすごく役立ったんです。翻訳会社さんの話では、映像翻訳で医療系にくわしいかたがあまりいらっしゃらないみたいで、出版翻訳の経験が映像翻訳での強みにもなっています。
 逆に、簡潔で魅力的な日本語表現や、視覚的に読みやすい訳文作りなど、映像翻訳の経験が出版翻訳に役立っていると思うこともあります。

加賀山 :相乗効果があるということですね。『絵でわかる建物の歴史』(エクスナレッジ社)という本も訳されています。これはタイトルどおり、いろいろな建物の歴史を扱っている本ですか?

伊藤 :そうですね。児童書ではあるのですが、ターゲットは高校生以上で、たくさんのイラストとともに、建築史や建造物の特徴などがわかりやすく説明されています。

加賀山 :共訳のお仕事もありますね。

伊藤 :新渡戸稲造の『武士道』が英訳されていたものを日本語に翻訳したものや、豆知識本の『意外な「はじめて」物語』(扶桑社)などがあります。

自分とリンクした仕事との出会い

加賀山 :実務翻訳もなさっています。化粧品・美容関連、世界情勢関連、これはニュース記事などでしょうか、それから広告・マーケティング関連、官公庁関連など。ちょっと変わっているのが、演劇・ミュージカル台本の翻訳ですが、ご自身も舞台に立たれるそうですね。そのつながりで入ってきた仕事ですか?

ミュージカルで白雪姫を演じた時のもの。「お妃の命令とあらば、喜んで殺されましょう」

伊藤 :そういった経験も考慮して依頼していただいたのかもしれません。

加賀山 :こういう台本というのは、訳し方があるんでしょうか?

伊藤 :数年前に訳したのは、海外の舞台を日本で上演する際の日本語の字幕でした。舞台上の動きやセリフにある程度合わせなければいけませんが、役者さんがそのまま口にするセリフではないので、文字数制限もなく、ふつうの映画やドラマの字幕翻訳より自由度が高くて、訳しやすかったです。

加賀山 :そのまま歌うわけではないのですね。

伊藤 :これは違いました。ただ、知り合いからの依頼で、歌詞そのものの翻訳もしたことがあります。日英でしたが、歌詞なので音の聞こえ方や響きにも注意しました。私自身が歌ったものを録音して、実際に歌うかたと会って相談したり。アメリカで開かれる平和活動に関係したイベントで演奏される歌でした。

加賀山 :おもしろいですね。私のぜんぜん知らない世界です。いまも舞台で活動されているのですか?

伊藤 :おもに10歳から20歳ぐらいまでミュージカルをしていたんですが、その後も本の読み聞かせなどでときどき舞台に立っていて、シンガーソングライターの母のライブで歌うこともあります。

加賀山 :翻訳をしながら舞台に立つかたを初めてインタビューしました。いま振り返ったお仕事のなかで、とくに印象に残っているものはありますか?

歌とピアノで、シンガーソングライターの母と共演。

伊藤 :初期に字幕を作った映画で、ある絵本作家の生涯を追ったドキュメンタリーがありました。小さいときに生き別れた父がプレゼントしてくれた、私にとって大切な絵本がたまたまそのかたの作品で、この映画の仕事が来たときには運命のようなものを感じました。

加賀山 :まったくの偶然だったのですか?

伊藤 :そうです。翻訳会社さんのほうには、とくにその絵本が好きだという話はしていませんでした。あと、『絵でわかる建物の歴史』を訳したときも、たまたま息子が高校3年で、建築士をめざして受験勉強中でした。それもあって、ぜひ翻訳したいと思い、選んでいただけたので、これも運命的な出会いでした(笑)。翻訳中は、息子が読む姿を想像しながら訳しました。幸せな時間でしたね。そして息子が高校を卒業するときに、できた本をプレゼントしました。

加賀山 :いい話ですね。息子さんは喜ばれましたか?

伊藤 :手紙も添えてプレゼントしたんですが、とくに大きな反応はなくて(笑)。ちゃんと読んだかどうかもわかりません。

加賀山 :まちがいなく読んでると思います。

伊藤 :私もその仕事で、建築士の名前や建築の知識がいくらか得られたので、息子が大学で建築を学びだしてからも、話をするきっかけにもなりました。
 そんなふうに、私自身とリンクした翻訳に偶然出会えたことが思い出に残っています。

翻訳、英語教師、そしてまた翻訳

加賀山 :経歴についてうかがいます。翻訳をやろうと思ったのはいつごろでしたか?

伊藤 :最初は通訳をめざしていたんです。小学校のときに、国際会議がよく開かれる国際会館に遠足に行く機会があり、同時通訳の話を聞いて、かっこいいなあ、私もそんな仕事ができたらいいなと思いました。
 高校留学後は通訳学校にかよったり、大学進学のきっかけになったりもしましたが、大学在学中に出産したため、卒業後はしばらく自宅で育児に専念していました。でも何か勉強したいということで翻訳を学びはじめると、そのおもしろさに気づき、翻訳のほうが自分には向いている気がして、バベルの翻訳大学院に入ったんです。そして2007年に翻訳修士号を取得して、翻訳の仕事を始めました。
 通訳は英語と日本語を瞬時に切り替えなければいけませんが、私の場合、英語をしゃべると英語ばかり出てくるし、日本語をしゃべると英語が出てきづらくなったり、瞬発力が足りなかったんですね。英語とも日本語ともじっくり向き合える翻訳のほうが、自分には合っていました。

加賀山 :そのあと教師になられたんですか?

伊藤 :翻訳の仕事を始めてしばらくすると、人とかかわる仕事が猛烈にしたくなりまして、教員免許を取り、3年ほど英語科の非常勤講師として働きました。小・中学校で1年、高校で2年勤務しました。その後、翻訳業に復帰したのですが、教師をするなかで文法を学び直せたこと、チームで働く意識が芽生えたことが、今の翻訳の仕事でも生きています。

加賀山 :あと驚いたのですが、ご自身で絵本も出版されているのですね。

自費出版絵本。ときどき原画展と読み聞かせもしています。

伊藤 :絵を描くのも好きで、育児中に絵をよく描いたので、自費出版ですが、1冊絵本を出しています。

加賀山 :それから、野球もくわしくてスコアブックがつけられるほどだとか(笑)?

伊藤 :仕事に引っかかればなと思って、いつも履歴書には書いています(笑)。家族がとにかく野球好きで、会話の大半が野球がらみですし、私もくわしくならざるをえませんでした。娘がオリックス、息子がヤクルト、夫が広島カープのファンで、去年と今年は大盛り上がりでした。

加賀山 :去年も今年も、日本シリーズは本当にいい試合ばかりでした。野球関連のお仕事が来るといいですね(笑)。それも含めて、今後進みたい分野がありますか?

伊藤 :自分が演技をしていたからというのもありますが、小さなころから映画が大好きだったので、これまで小さな劇場で公開される作品は訳してきましたが、大きな劇場公開の映画の字幕翻訳に携われるのが夢です。

加賀山 :ジャンルは問わずに?

伊藤 :幅広いジャンルの映画を観ますが、とくにミュージカルや、ディズニーやピクサーのファンタジー系の作品が好きなので、そういうものを手がけられたらうれしいです。

加賀山 :ほかに、これからしたいことはありますか?

伊藤 :どっちつかずになってはいけませんが、出版翻訳も続けたいですね。本の世界にのめりこめるというか、世界観をくわしく表現できる分野だと思うので。小説を訳したい思いはあります。
 自分の翻訳の適性、強みが3つあると思うんです。まず、子供のころから映画が好きで、よく観ていたこと。字幕を覚えるほど観た作品もあります。そして、調べ物が好きなこと。これは翻訳にかぎらず、ふだんの生活でもそうでして、なんでもすぐに調べます。ものを知ることが好きなので、どんな内容であっても興味をもって調べられることが、翻訳にも役立っていると感じます。
 最後は、演技や絵や音楽などの表現活動に長く携わってきたことです。翻訳の仕事を楽しく感じられるのは、翻訳もひとつの表現活動だからだと実感しています。

加賀山 :ほかの表現活動をした経験があると、翻訳にも違いが出る気がします。お薦めの映画やビデオはありますか?

伊藤 :日本のドラマでは最近、ブラックコメディな感じですが、『あなたの番です』にはまりました。原案・企画が秋元康さんのミステリードラマですが、ダークなコメディやそれぞれのキャラクターがよくて、観終えたときにはロスになるくらいでした。楽しめると思います。

加賀山 :知りませんでした。チェックしてみます(笑)。

伊藤 :いま観ているのはジム・ジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』という映画です。どちらかというとホラー系はあまり観ないんですが、ゾンビものだけは、昔シノプシスの翻訳の仕事をさせていただいたとき以来、けっこうはまっています。漫画でも『アイアムアヒーロー』というのがすごく好きで、何回もリピートして読んでいます。

加賀山 :ゾンビものでは、韓国ドラマの『キングダム』もおもしろいので、ご興味があったらどうぞ。

■ 好きな映画やドラマの話をするときにとても活き活きとされているので、本当にお好きだということがわかりました。それが仕事の原動力にもなっているのですね。近いうちに全国公開の映画の仕事がまわってくることを祈っております。