
俵 航太さん
フリーランスの道を選んだカレッジコース卒業生
プロフィール
英日・日英翻訳者。大学在学中、フリーランスとして働きたいと考えて翻訳を志す。大学を卒業後、翻訳学校フェロー・アカデミーのカレッジコースに入学。1年間の学修後、2024年からフリーランス翻訳者としてスタートを切る。屋号は「翻訳オフィス吉岡」。これまでの仕事は主にIT関連(マーケティング文書など)と法務関連(各種証明書、契約書など)の実務翻訳が多いほか、ウェブ連載の学習マンガ『偉人たちの恋文物語』では英語圏の偉人のラブレターの翻訳も担当。今後は映像翻訳にも携わりたいと考えており、アメリアの定例トライアルなどを活用して学習を続けている。趣味は学生時代から続けているお笑いで、現在も「ザ・ニンジャ」という芸名でお笑いライブに不定期に出演している。
IT関連と行政書士法人の翻訳業務
加賀山 :本日は、東京で実務翻訳をしておられる、俵航太(たわら こうた)さんにお話をうかがいます。フリーランスということですが、どのくらいたちましたか?
俵 :まだ本当に駆け出しで、このまえ2年目に差しかかったくらいです。
加賀山 :フェロー・アカデミーの2023年のカレッジ生だったそうですね。卒業後すぐにフリーランスになられたのですか?
俵 :そうです。卒業前には就職案内もありましたし、クラスメイトの人たちもほとんど翻訳会社に就職しましたが、自分はひとりで働きたいと思って、翻訳をめざしたのもそれが理由だったので、「まずフリーでやってみよう。だめだったらまた考えよう」と。
加賀山 :いまはどういう仕事が多いのですか?
俵 :実務系がメインで、お取り引きしているのはおもに3社です。ひとつはIT系。大手IT企業のユーザー向けの説明資料、マーケティング文章、社内資料などを訳します。もうひとつは行政書士法人で、国内や海外の方の入出国に必要な証明書類などの翻訳です。ITのほうは英日、証明書のほうは日英と英日の両方です。
加賀山 :プロフィールの実績に「契約書や公的証明書」とありますが、これは行政書士法人のお仕事ですか?
俵 :そうです。たとえば雇用証明書とか、身分証明に関係する書類です。
加賀山 :翻訳会社経由ではなく、行政書士法人と直接やりとりしているのですか?
俵 :はい。経緯をお話ししますと、僕の場合、大学を卒業してすぐにフェロー・アカデミーのカレッジコースに入って、1年間学びました。つまり前職がないので、バックグラウンドの専門知識がありませんし、翻訳会社に入っていないので翻訳歴もありません。なので、いきなり業務委託契約にたどり着くのは難しいだろうと思いまして、まず翻訳ができるアルバイトを探しました。
そのとき行政書士法人で翻訳業務をするアルバイトがあったので面接を受けたら、「やってみますか」ということになって、フリーランスの業務委託にしていただきました。だから直接の契約で、思ったより早く翻訳の仕事ができることになりました。

フェロー・アカデミーでの記念写真です。カレッジコースは翻訳漬けの1年間で、かなり鍛えられました。
加賀山 :ITのほうはどうでしたか?
俵 :ITのほうはアメリアでトライアルを受けて、初めて翻訳会社さんに登録することができました。
加賀山 :アメリアに入ったのはいつですか?
俵 :フェロー・アカデミーのカレッジコースに入ると、自動的にアメリアにも登録されるんです。そこから1年は会費が無料ですが、その後も退会せずに残っています。在学中も一度トライアルを受けましたが、それは合格しなくて、卒業後に行政書士法人の仕事をしながら受けた翻訳会社のカルテモさんのトライアルに合格しました。
加賀山 :実績のところには、ウェブ連載の学習漫画『偉人たちの恋文物語』に掲載する偉人のラブレターの翻訳もありますが、これはどういうお仕事でしたか?
俵 :Gakkenさんの学習漫画のシリーズで、これが取引のある3社目です。こちらもちょっと変わった経緯があります。伯母が漫画家をやってまして、『偉人たちの恋文物語』という学習漫画にたずさわることになりました。取り上げる偉人の半分は日本人、半分は海外なので、その海外の人のラブレターを訳す人がいないかということになって、僕を紹介してくれたんです。ナポレオン、モーツァルト、ヘンリー8世、オスカー・ワイルドとか、7人くらい訳しました。
加賀山 :たとえば、ナポレオンの手紙はフランス語でしょうけど、一度英語になったものを訳したのですか?
俵 :じつは、どの手紙もすでに日本語に訳されたものがありました。それをそのまま載せると権利の問題が発生するので、新たに訳し直そうということになって、もとがドイツ語やフランス語でも、英語になっているものから訳しました。
英語でいくつも意味があるような単語については、原語を検索して、文法はわかりませんが単語は調べられるので、なんとか訳していきました。
加賀山 :以上がいまのおもなお仕事でしょうか。順調な出だしですね。
俵 :正直、まだ翻訳だけで生活できるほどではなくて、学生時代からやっているアルバイトも続けています。将棋が昔から好きで、大学時代に将棋部にも入っていたんですけど、そのときからお世話になっている将棋教室で子供に教えるアルバイトです。ふつうは大学卒業のタイミングでやめる人が多いんですけど、僕はこういった事情でいまも続けていて、週に2、3回教えています。好きなことを本業と副業にできているので、いい生活と言えるのかもしれません。
お笑いか翻訳か?
加賀山 :経歴ですが、大学の専攻は文系だったのですか?
俵 :はい。早稲田大学の文化構想学部というところで、文学部みたいなものと思ってもらっていいです。授業も重なっていますし。でも大学時代には将来の仕事について真剣に考えていなくて、お笑いに打ちこんでいました。
加賀山 :お笑い?
俵 :いまも趣味としてやっています。漫才とか、ひとりでやったりとか。思えば、大学には翻訳の授業もあったので、あのころもっと取っておけばよかったなと。
加賀山 :異色のバックグラウンドですね(笑)。どうして翻訳の仕事をしようと思ったのですか?
俵 :卒業の時期が近づくと、嫌でも将来のことを考えますよね。僕も最初は就職活動をやったんですが、何でもいいから生計を立てられればいいなぐらいの気持ちでした。「この会社にどうしても入りたい」とか見つからなくて、そういうのってやっぱり相手の企業さんにも見透かされますよね(笑)。結局、内定をもらえなくて、進路というか自分を見つめ直すことになりました。
お笑いの養成所とか、そっちの道に進むことも考えたんですけど、それはそれで、好きだからやっているだけで、とくに目立ちたいわけでもなく、芸能人としてやっていくのは違うかなと思いました。
で、お笑いよりもう少し堅実に、でも組織のなかで働くより何か自分のペースでやるほうが合っているかなと思って、高校時代から英語が得意だったので、翻訳学校を探し、フェロー・アカデミーのカレッジコースに入ったんです。なので、小さいころから翻訳をしたかったとか、どうしてもこういう作品を訳したかったとか、そういう歴史はありません(笑)。
加賀山 :なるほど。私も自分の話をすると、会社員になって10年ぐらいたったころに翻訳をしてみようかなと思ったくらいで、最初から翻訳者になりたかったわけではありません。あとで思い返せば、中学校の夏休みの宿題に出たポーの『黒猫』の翻訳が楽しかったとか、そういうこともありましたけど、会社員になったときには、いまの仕事はまったく念頭にありませんでしたね。
俵 :そうですよね。あとでどうなるかはわからないというか。いままさにそういう感じです。大学時代はお笑いの活動が中心だったので。
加賀山 :それはサークルか何かで?
俵 :サークルです。運悪くというか、幹事長に選ばれてしまって、2年ぐらい組織をまとめなきゃいけなかったんですね。それがコロナ禍とぶつかって、なかなかたいへんでした。そのとき、ほかの人たちと連携して組織でやっていくのは難しいと思いました。もちろん大学のサークルと会社をいっしょにしちゃいけませんけど。
加賀山 :まあ似たようなものです(笑)。
俵 :向き不向きの問題で、自分にとっては苦手かなということで。
加賀山 :カレッジコースはどんな感じでしたか? 受講生は何人ぐらいいたんでしょう。
俵 :ひとクラス10数人で、3クラスありました。僕は教室がメインでしたが、遠方からリモートの方もいらっしゃいましたし、通学でも自分の都合に合わせて「この日はリモート」といったアレンジもできました。
加賀山 :授業を受けてみて、「これは仕事になる」という手応えはありましたか?
俵 :ただ英語ができるだけじゃ翻訳はできないだろうなと思ったので翻訳学校に入ったんですが、まさにそのとおりで、やっぱりただ英語がわかるというのと、それを日本語に訳すテクニックは違うというのを身をもって学びました。あと、カレッジコースは実務と出版と映像の3分野を学べるので、それも貴重な経験でした。
加賀山 :そのなかで実務がいいなと思った理由はあるんですか?
俵 :じつは、いちばん好きなのは映像でした。訳して楽しかったし、クラスメイトの人たちにも「俵さん字幕うまいね」というようなことを言われたりしたので、いちばん手応えがありました。
加賀山 :そこはお笑いの経験が活かされているのかもしれませんね。
俵 :もしかしたらそうかもしれません。台詞ですから。でも、いきなりフリーの未経験で翻訳を始めるとなると、映像分野はどうしても求人がかぎられます。映像系の翻訳会社に入って下積みをして独立、というのがふつうなので。そこで、まずはとにかく翻訳の経歴を作るために、できることから始めようと実務に取り組みました。
加賀山 :映像のトライアルでは「業界で◯年の経験」といった条件がつくこともあるようですね。
俵 :そうなんですよ。もちろん実務翻訳もおもしろいと思うので、まずこちらで経験を積めればと思っています。
Connecting the Dots
加賀山 :今後はどういう仕事をしたいと思いますか?
俵 :いまは実務系が多いので、ゆくゆくは映像翻訳、とくに字幕をやりたいです。お笑いが好きなので、コメディ系のものとか翻訳できたらすごく楽しいだろうなと思います。
加賀山 :以前このインタビューでお話を聞いたなかに、スタンダップコメディを訳している方がいらっしゃいました。いま配信でいろいろなコンテンツがあるじゃないですか。スタンダップコメディを訳すこともあるらしくて。

翻訳者としてのスタートに合わせて名刺を作りました。今なら仕事の実績も書けるので、そろそろ新しいのを作りたいです。
俵 :えー、それはいいなあ。ぜひやってみたいです。文字数制限があるから、コメディはとても難しいとは思いますけど。ちゃんとオチをつけなきゃいけませんし。
加賀山 :笑わさなければいけませんからね。字幕と吹替のどちらが好きですか?
俵 :どちらかというと字幕ですね。文字の並びを考えるのが好きなので。俳句も昔ちょっとかじってたんですよ、俳句研究会に入って。〈お〜いお茶〉のパッケージの俳句にも一度取り上げられたことがあります(笑)。文字を短くまとめるのが好きなのかもしれません。
そういえば最近、IT関係のカルテモさんからひとつ、字幕の案件をいただきました。
加賀山 :よかったじゃないですか!
俵 :字幕といっても映画とかドラマじゃなくて、IT系の研修用の動画です。あらかじめ機械翻訳が入っているんですが、機械翻訳は字幕のルールを守ってくれないので、こちらで長さや内容を調整するというものでした。でも、久しぶりに字幕ができて新鮮でした。
加賀山 :それも実績のひとつです。字幕ソフトの使い方はカレッジコースで習ったのですね?
俵 :習いました。今後の展望としては、もう少しお金を貯めて、また映像の講座とかスクーリングを受けて、仕事につなげたいです。フェローにも中・上級の講座がありますし、学校によっては卒業のタイミングでトライアルを受けさせてくれるところもあるみたいなので、そういう方向に進みたいなと。
加賀山 :地道に続けていれば、この先何があるかわかりませんよね。
俵 :そうなんです。カレッジコースの授業で「ビジネスコミュニケーション」というのがあって、スティーヴ・ジョブズの演説が題材だったんですね。そこで、connecting the dotsということばが出てきました。ジョブズは、大学のときになんとなく興味で書道というか、カリグラフィーの授業をとったんですが、それがあとでMacのフォントを作るときに役立ったというんです。
そういう思ってもみなかったところで点と点がつながることってありますよね。僕もいきなりフリーランスになってたいへんだったのが、開業届や会計作業でした。
加賀山 :青色申告とか(笑)。
俵 :よく知らないまま始めちゃったんで、確定申告の時期には苦労したんですけど、そのとき、高校時代に簿記を勉強していたのが役に立ちました。
加賀山 :簿記ですか?
俵 :ええ。高校時代、英語は得意でしたが、数学が大嫌いだったんです。志望校のひとつで東京外国語大学を受験しようと思ったんですけど、国立だから数学は必須で、でも数学の代わりに簿記会計でも受けられました。
加賀山 :それは知りませんでした。
俵 :ほかの国公立だと、「商業高校生にかぎる」という注記が入るんですが、なぜか外語大はそれがなくて、誰でも簿記会計で受験できたのでそうしました。そのころに簿記3級も取りましたが、受験でしか使えないと思っていた知識がフリーランスになったあとで使えて、すごいなと思いました(笑)。
加賀山 :ドットがたくさんあるから、つなぎがいがありますね(笑)。
俵 :数学の試験会場で、僕だけいちばん右前に座らされて、別の冊子が配られるんですよ(笑)。あと受験の時間帯も違っていて、みんなが終わって帰ってるのに、自分だけ逆流してるみたいな。
ふつうに就職しなかったりとか、王道じゃなくて抜け道を行こうとすることが多い人生みたいです。
加賀山 :翻訳も社会的に見れば抜け道のような気もするし(笑)。
俵 :このインタビューとはぜんぜん関係ないんですけど、そのころ縁起をかつぐなんてつまらないと思っていたんですよ。勝ちたいときにカツ丼食べたりするじゃないですか、ああいうのが嫌で、試験会場にわざわざ〈激落ちくん〉という消しゴムを持っていきました。実力勝負ってことを証明しようとしたんですけど、まわりの人はたぶんびっくりしていました。
加賀山 :この道に入るべくして入った方という感じです(笑)。英語が得意だったら通訳をしようとか、そういうことは考えないんですか?
俵 :それはないですね。ひとりで働きたくてこの道を選びましたから。通訳は現場に出向いて人と話さなきゃいけないじゃないですか。英語のスピーキングも得意ではありませんし。
加賀山 :通訳には反射神経も必要ですね。
俵 :反射神経はあるほうかもしれません。大学時代に一度、テレビのお笑いの特番に出て「即興なぞかけ」というのをやりまして、スゴ技部門で優勝しました(笑)。
加賀山 :なぞかけというと、何々とかけて、その心は何々、みたいな。
俵 :そうです。お題をその場でいただいて、うまく返すという。それなんかは、まさに反射神経の芸なので。
「ひとりがいい」とは言ってますが、別にしゃべれないわけじゃないし、人前に出たりもできるんです。ただ最近は、趣味のお笑いの場でも、漫才よりひとりでやることが多くなっています。
定例トライアルに挑戦
加賀山 :今後の活動についてほかに考えていることはありますか?
俵 :そうですね。いま実家に住んでるんですけど、ひとり暮らしもしたいかな。
加賀山 :そのためには稼がないと(笑)。
俵 :いまはまだ翻訳だけでそんなに稼げていないので、アルバイトを探してみるとか。それでひとり暮らしをしてもいいし、新しい翻訳の講座を受けてもいいし。何をするにもお金はいりますね。
加賀山 :お笑いの養成所に入るとか?
俵 :いや、それはないかな(笑)。じつは大学時代にもお金を払えば入れたんですよ。でもやっぱりちがうなと思って、養成所じゃなくフェロー・アカデミーに入りました(笑)。
これからも翻訳ひと筋でいくかはわからないですけど、楽しいですし、勉強した英語も活かせるので、続けていきたいと思います。細かい表現を推敲することとか、「ここはどっちがいい?」と考えることとか、翻訳はたいへんだけど面白味を感じます。英語も好きですが、日本語も好きですからね。なぞかけやるくらいなので。とくに字幕翻訳は、文字数制限も加わるので、そこをクリアするパズルみたいな感覚がすごく楽しいです。
加賀山 :ふだん翻訳の勉強は何かやっていますか?

学生時代、漫談を披露したときの写真です。今も社会人お笑いのライブにときどき出演しています。
俵 :いちばんがんばっているのは、アメリアの定例トライアルです。なかなか厳しいんですけど、AとかAAを取るとクラウン会員になれるので、職歴がなくても映像翻訳の突破口になるかと思います。毎月ではないんですが、映像の回には提出するようにしています。
あと勉強面では、もともと会社員だった人と違って前職のバックグラウンドがありませんから、去年の4月ぐらいから何か身につけようと思って、ITパスポート試験という資格の勉強をして合格しました。それをプロフィールに書いたことで、いまのITの仕事をいただけたのかなと思うので、本当にやってよかったです。まだITの仕事では、ぜんぜんわからないことにしょっちゅうぶつかりますけど、基礎知識があればそこから調べられるので。
加賀山 :あと何か宣伝(?)したいことはありますか?
俵 :今度6月に中野でライブに出ます(笑)。社会人で土日に劇場を借りて、お笑いをやる界隈があるんですよ。そこで漫談をやります。
加賀山 :本名で出るんですか? それとも芸名で?
俵 :芸名があって、ザ・ニンジャです(笑)。
■ 飄々とした雰囲気で話されるのですが、なぜか引きこまれる、これが話芸というものでしょうか。抜け道と言いながら、裏ではしっかり考えているし、どこか風雲児のようなバイタリティも感じました。これからも楽しく仕事に取り組んでくださいね。