小寺 敦子さん
自分で見つけた原書が初の訳書に!そのあと続けて、科学ものの「しかけ絵本」を3冊訳すことに
自分で見つけた原書を持ち込み 翻訳家デビュー
池守 :今回のゲストは、昨年、『ぼくが本を読まない理由(わけ)』(PHP研究所)で出版翻訳家デビューを果たした小寺敦子さんです。その後も引き続き児童書の訳書を出されている小寺さんですが、この最初の訳書は、小寺さんがご自身で原書を見つけたそうですね。
小寺 :はい。日本出版クラブが開設している「洋書の森」のことをアメリアで知りまして、その図書室に初めて行ったときに、いきなり出会ってしまいました。原題は『My Life as a Book』というのですが、読書そのものがテーマとなった本はおもしろいな、と思ったのと、読んでみたら文章が読みやすくて読む楽しさを実感できたんです。
池守 :それで、シノプシスを書くことにしたんですね。
小寺 :ええ。フェロー・アカデミー で「リーディング講座」を受講していましたが、勉強以外でシノプシスを書いたのはこのときが初めてでした。「洋書の森」で、持ち込みをお手伝いしてくださるコーディネーターさんの存在を知り、連絡をとりました。そのとき出版のあては全くなかったのですが、勉強のつもりで1冊まるごと訳し、コーディネーターさんにお願いして、あちこちの出版社に声をかけていただきました。
池守 :そして見事企画が通ったということですね。企画が通るまでにどれくらいかかりましたか?
小寺 :本を見つけたのが2013年の夏で、出版が決まったのが2015年の4月でしたから、2年近くかかったことになりますね。実は、出版が決まって、しかも翻訳者として採用していただけると連絡をいただいたのが4月1日だったんですよ。思わず「エイプリルフール?」と思ってしまいました。
池守 :ほんとですね! それで、その時はすでに全訳されていたということですが、そこから刊行まではスムーズに進みましたか?
小寺 :いえいえ、全然。刊行を前提に訳文の見直しをすることになったんですが、その際に担当の編集者さんと小学校5年以上の漢字にはルビをふる、という取り決めをしました。ただ、実際に見直しを始めたら、熟語や複合動詞のときはルビをふるより、漢字を開いたり別の表現を探したほうが読みやすいのではないかなど、いろいろと迷ってしまいました。
池守 :子どもの本の翻訳ならではの難しさですね。
小寺 :他にも、登場人物の性格を決定づける「ぼく」「おれ」「おまえ」「きみ」などの人称代名詞をどう使い分けるか、基本的に現在形で書かれている原文の時制をどこまで忠実に反映するか、訳注はどの程度、どうつけるのが好ましいのかなど、訳しながら何度も揺れてしまいました。また、見ていただければ分かると思うんですが、この本は欄外に、原文に出てきた英単語とその意味を表すイラストが載っていて、そこに日本語も併記したのですが、訳者としてはプレッシャーでした。
池守 :それは確かにプレッシャーですね。ただ、それもこの本の魅力のひとつになっていますよね。それと、この本は日本語の本としてはめずらしく横書きですね。
小寺 :はい。イラストを横に配置する関係もあったと思います。縦書きと横書きの両方のレイアウト見本を作ってもらい検討した結果、横書きに決まりました。一行の文字数が少ないためレイアウトされたのを見て、今度は一文の長さが気になったり、句読点を打つ頻度に悩んだり……。最後まであれこれ悩みました。
池守 :でも、その甲斐あって刊行後1年足らずで増刷になったそうですね。おめでとうございます。
小寺 :ありがとうございます。
英文学の研究から 英語講師に
池守 :今は児童書の翻訳をされている小寺さんですが、子どものころから読書好きだったのですか?
小寺 :はい。岩波少年文庫をよく読んでいて、その頃から外国の作品が好きでした。
池守 :それでは、英語の学習についてはいかがですか?
小寺 :う〜ん。英語好きというより、文学好きな子でしたね。それと、当時は勉強よりも部活動でバイオリンを頑張っていました。中学校は受験で入ったのですが、その後は大学まで受験なしで進学できる学校だったので、自覚して英語の勉強をし始めたのは、大学の文学部英文学科に入ってからです。大学3年生の夏には3週間イギリスに短期留学もしました。卒業論文のテーマはアメリカの詩人エミリー・ディキンスンで、その頃には研究を続けたいという気持ちになっていて、就職活動はせず、受験をして大学院に入りました。大学院の修士論文も同じくディキンスンを取り上げて、論文のために詩の翻訳もしました。
池守 :その研究がきっかけで、翻訳の道を志したのですか?
小寺 :いえ。詩は、読み方によってさまざまに解釈できるので、翻訳するのがとても難しかったですし、その時は翻訳の道に進むことは思いつきませんでした。それよりも、当時の私は、大学に残って研究者になるかどうか、ということで悩んでいました。英文学は実社会とはあまり繋がりがない分野だということも気になりましたし、自分が文学の研究者としてやっていけるんだろうか、という不安もありました。それで、大学院で教職の免許を取って、修了後は短期大学と看護専門学校で英語講師として働き始めました。
池守 :講師の仕事はいかがでしたか?
小寺 :教えることに充実感はありました。「英文速読」「パラグラフ・ライティング」などの授業は自分の勉強にもなりましたし、「英語講読」の授業では、自分でテキストを選ぶことができたので、ロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』、『オ・ヤサシ巨人BFG』、ローラ・I・ワイルダーの『大草原の小さな家』、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』などを取り上げたんですが、そこで児童文学の魅力を再発見することができました。
池守 :課題をご自身で選べるとなると、やりがいもありそうですね。
小寺 :はい。ただ、実は講師になったのに人前に出るのが苦手でした。それに1コマの授業の準備にものすごく時間がかかるので、自分の力不足を痛感したのも事実です。それで、講師を始めた2年目の夏に4週間ほど、イギリスのヨーク大学に語学留学にいったりもしました。ただ、それでも講師を生涯の仕事にする決心がつきませんでした。そんな時、住まいの近くの和光大学に、翻訳家の大島かおり氏の翻訳講座があることを知り、受講してみたいと思ったんです。
池守 :ミヒャエル・エンデの『モモ』を翻訳された方ですね。
小寺 :はい。その講座で翻訳の難しさと同時に奥深さを教わり、初めて翻訳の面白さに目覚めました。他の受講生の訳文も配られるので、とても刺激になりましたし。週1回の講座だったと思いますが、毎回講義に出るのが本当に楽しかったです。半年間の講座終了後もメンバーで勉強会を開いたりしました。
池守 :ついに翻訳の道を歩み始めたんですね。
小寺 :はい。その後通信講座で出版翻訳やリーディングの講座をとったりして学習を続けました。ただ、出産後は子育てと、それに関わるもろもろに夢中で、翻訳を忘れかけた時期もありました。
子育て中に積み重ねた 読み聞かせの経験
池守 :子育てでお忙しい時期は、完全に翻訳から離れていたのですか?
小寺 :いえ。その間もアメリアには入会していましたので、英語力や翻訳力を落とさないために時々「定例トライアル」に応募したり、年に一度は「いたばし国際絵本翻訳大賞」に応募したりと、細々とではありますが翻訳には触れていました。ただ、子どもが歩けるようになった頃から、私設の「ゆりがおか児童図書館」に通い始めまして、そこで作家や翻訳家を招いた講座や、絵本の勉強会に参加するうちに、ボランティアとして運営のお手伝いもするようになっていきました。
池守 :私設の図書館というのがあったのですね。
小寺 :はい。創設した方が持っていた土地に建てた子どものための図書館です。自宅から自転車で20分、2人の息子と通いつめました。通っているうちに、だんだんと図書館の機関紙に本の紹介記事を書いたり、「おはなし会」で読み聞かせをしたりするようになりました。(児童図書館はその後2012年に閉館、蔵書の一部は「白山こども図書館ほんの森」に引きつがれる)また、子どもたちが通った幼稚園には読み聞かせサークルがあり、その活動にも熱中しました。そのまま小学校でも、図書ボランティアや読み聞かせを続けました。
池守 :読み聞かせの経験は、児童書の翻訳をするときに役立ちそうですね。リズム感とか、ことば選びなど、体感できますよね。
小寺 :はい。今思えば、とても勉強になったと思います。うちでも息子たちの成長と共に赤ちゃん絵本から幼年童話、世界各国の昔話、児童文学の名作まで、10年以上毎日読み聞かせをしていましたので、児童書のリズム感や語感など、何かしら蓄積されたものはあるのかな、と思っています。その他にも、幼稚園では広報部員になって1年間、お弁当持参で園に通い広報の記事を書いていましたし、小学校ではPTAの書記を2年間務めたのですが、会議の議事録をまとめるなど文章を書く機会がたくさんあったので、この時期は自分にとって貴重な文章修業の期間になったと思います。
科学絵本を引き受け、冷や汗をかきながら翻訳
池守 :今年に入ってからは、子ども向けの科学絵本を3冊も訳されたそうですね。
小寺 :はい。持ちこみのときにお世話になったコーディネーターさんから、依頼をいただきました。最初に出たのが、この『動物園大脱走 機械のしくみがわかる本』(大日本絵画)という本です。これはしかけ絵本で、主人公は、動物園に住んでいるけど脱走したくてあれこれ知恵をしぼるハネジネズミのハネジくんと、ナマケモノのモノくん。動物園にあるがらくたを利用して色々な道具を作り、「てこの原理」や「歯車のしくみ」を使って何度も脱走を試みる、という設定になっています。身近にある機械の原理を、しかけ絵本の中で実際に動かしてみることができて、子どもが楽しみながら学べる絵本です。
池守 :すごい。かなり大がかりなしかけですね。
小寺 :ですよね。ただ、ページ数は少なくて30ページくらいなので、文系人間の私でもできるかな、と思ってお引き受けしたんですが、やってみたら大変でした。英語自体は平易なんですが、子ども向けでも内容は案外深くて……。私もこの本で学びなおすつもりで冷や汗をかきながら翻訳し、締め切り前には機械が専門の夫にも目を通してもらいました。
池守 :そのあとさらに2冊訳されたということですが。
小寺 :はい。次に刊行されたのが、『宇宙のことがわかる本』(大日本絵画)という絵本です。これもしかけ絵本なんですが、しかけをめくりながら、宇宙の成り立ち、恒星や太陽系の惑星のこと、生命を誕生させた地球のこと、人間による宇宙探査の歴史などを学べるようになっています。
池守 :そんな絵本を読んだら、宇宙好きの子どもが育ちそうですね。それで、もう1冊は、どんな本ですか?
小寺 :まだ刊行前なのですが、『びっくり動物TOP5』(大日本絵画)という、やはりこちらもしかけ絵本です。地球上で最大、最小の動物、最速、最強の動物、長命な動物、移動距離の長い動物など、動物の様々な驚きの生態を紹介する本で、動物の骨格が見えるしかけがついています。
池守 :動物好きの大人も楽しめそうな本ですね。それにしても、この2冊とも、調べ物が大変だったのではないでしょうか。
小寺 :そうですね。科学絵本は知らないこともたくさん出てきますので、誤訳しないよう、また、自分自身が納得して訳せるよう、時間の許す限り調べまくりました。科学絵本を読むのは好きで、読み聞かせにもよく使ってきましたが、自分で訳そうと思ったことはありませんでした。でも、思いがけずご依頼いただいたこの3冊の翻訳を通して、調べながら訳すノンフィクション翻訳の楽しさを知りました。
偶然出会ったノンフィクション これからも子ども向けの良書を訳していきたい
池守 :子ども向けのフィクションでデビューして、科学絵本を3冊訳された小寺さんですが、これから翻訳してみたい分野や本などがありましたら教えてください。
小寺 :子どものころの自分にとって、本は世界への扉を開く鍵でしたし、読書は子どもの「生きる力」を育ててくれると信じていますので、子どもたちに読書の楽しみや物ごとを知る喜びを味わわせてくれる本を紹介したいです。思いがけず訳すことになったノンフィクションも、フィクションとは違う良さを感じているので、これから子ども向けのノンフィクションの良書、例えば社会系のノンフィクションも探していきたいと思います。
池守 :子ども向けの社会系ノンフィクションですか。
小寺 :はい。実は最近、翻訳家のさくまゆみこさんが主宰している「アフリカ子どもの本プロジェクト」に参加したのをきっかけに、アフリカ各国の現状、難民や紛争の問題、エネルギー問題などを描いた、今まで知らなかったタイプの本に出会うことができました。そういう国際社会を知るきっかけとなる本を、もっと日本の子どもたちに読んでもらうお手伝いができればと思っています。
池守 :なるほど。日本にも外国人が多く訪れるようになりましたし、これからの日本の子どもたちは、今にも増して世界に目を向ける必要がありますよね。
小寺 :そう思います。日本とは全く異なる環境があり、違う生活があるということを知る必要が、これからはますます高まると思います。それ以外では、昨年出版された『ぼくが本を読まない理由(わけ)』には続編があるので、翻訳できたら嬉しいなと思っています。あとは、日本であまり知られていないアイルランド人作家の作品や、出版は難しいと言われますが子ども向けの楽しい詩集なども翻訳したいです。
池守 :もともとは英文学の研究者を志しつつ、社会とのつながりの必要性を感じていた小寺さんにとって、文学と実社会を結び付ける翻訳というお仕事は天職だったのかもしれませんね。
小寺 :そうかもしれません。それに私の場合は子どもに手をかけられるうちはそばにいたかったので、自宅でPCさえあれば勉強も仕事もできる翻訳は続けやすい形態だったと思います。もちろん、仕事となると苦しい面もあります。本当なら納得するまで翻訳と推敲に時間をかけたいところですが、仕事には納期があります。最初に納期から逆算して毎日のノルマを決めたとしても、思ったほど進まない日もあり、突発的に何かが起きて仕事が出来ない事態も考えらえます。そんなことを考えると、締め切りまではかなり緊張しているのを自分でも感じます。
池守 :ご家族が体調を崩したり、ということは予測できませんしね。
小寺 :ええ。ただ、主婦って、普段から一日の中で様々な用事をこなしていますよね。だから、細切れの時間の使い方のエキスパートなのかもしれません。
池守 :確かに! 先に苦しさの話になってしまいましたが(笑)、翻訳の楽しさはどんなところにあると思われますか?
小寺 :訳すこと自体であれこれ悩む時間は、実は楽しい時間ですね。本の世界に入り込んで、登場人物に自分なりのイメージをもち、それに合わせた表現を考える過程は、苦労に勝る楽しさがあります。それに、次男も中学生になり子育てが一段落した今、本当にやりたいことは翻訳だと確信し、その一歩を踏みだせたことは何より嬉しいです。
池守 :やっぱり、本当にやりたいことができるって幸せですよね。それができたのも、子育て中も途切れなく本に関わってこられた時間があってこそだと思います。継続は力なりですね。小寺さん、今日は貴重なお話をありがとうございました。
■ 読み聞かせの豊富なご経験を生かして、児童書の翻訳者としてご活躍の小寺さん。日本児童図書出版協会のHPで、『こどもの本』10月号「私の新刊」コーナーに、小寺さんが書いた『動物園大脱走 機械のしくみがわかる本』の紹介記事が掲載されています。この本が気になった方は、ぜひチェックしてみてください。http://www.kodomo.gr.jp/kodomonohon_article/11664/