アメリア会員インタビュー

美馬 しょうこさん

美馬 しょうこさん

魅力あふれる絵本の翻訳の世界

プロフィール

大学卒業後、学習塾講師として働いたあと、出産・育児を機にやまねこ翻訳クラブに入会。英語やスペイン語の児童書の紹介につとめている。長年携わっていた発達障害児の親子遊びの会はメンバーの成長により終了したが、小学校での読み聞かせ活動は続けている。訳書に、『わたしのすてきなたびする目』(偕成社)、『ジャガーとのやくそく』(あかね書房)、『ペネロペひめと にげだしたこねこ』(徳間書店)、「ピンクー」シリーズ(ワールドライブラリー)、「プログラミングガールズ!」シリーズ(偕成社)など。音楽家の守時タツミがプロデュースを行う聴く絵本、『おとえほん』シリーズでは、日本・世界昔話の再話を一部担当した。

スペイン語の絵本も、高学年向けの読み物も

加賀山 :今日は児童文学の翻訳でご活躍の美馬しょうこ(みま しょうこ)さんにお話をうかがいます。名古屋からオンラインで参加していただきました。
 さっそくですが、出版されているなかで最新の作品は何でしょうか。

美馬 :「プログラミングガールズ!」シリーズ(偕成社)です。コンピュータのプログラミングを学ぶクラブに入っている女の子たちの話ですが、主人公がひとりずつ代わって4巻まで出ています。小学校高学年向けの本で、技術的なことを学ぶというより、プログラミングをするときの考え方、たとえば、失敗してももう1回やり直せばいいとか、みんなで協力し合うのが大事だといったことを伝える内容ですね。
 それと最近、スペイン語から訳したアルゼンチンの絵本『ふたつのやま』(ワールドライブラリー)も3月に出ました。

美馬さんの訳書

加賀山 :大学でスペイン語を専攻されたそうですね。「ピンクー」シリーズ(ワールドライブラリー)も原書はスペイン語ですが、スペイン語の絵本を訳す機会はけっこうあるのですか?

美馬 :あまり多くはありません。スペイン語の場合、英語で流行った本をスペイン語に訳してある作品も多いので、そうなると英語の原書から直接訳せばいいということになります。
 同じワールドライブラリー社からもう1冊、『エイハブ船長と白いクジラ』という本も出ています。これはメルヴィル『白鯨』のスペイン語の絵本バージョンですが、絵が魅力的です。イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で原画を見て、いいなと思っていた作品だったので、声をかけていただいたときは、不思議な縁を感じました。

加賀山 :『白雪姫 ぶたいしかけえほん』、『フラワー・フェアリーズ 魔法のとびら』、『ポップアップ だれも知らないサンタの秘密』など、ページを開くと飛び出したり、見た目が紙芝居の劇場のようになったりする「しかけ」絵本も数多く訳されています。『チャーリーとローラのおはなし ぜったいぜったいたべないからね!』(フローベル館)では、文章がピラミッド型に印刷されていますが、こういう本では文字の割りつけ方を訳者のほうから指定するのですか?

美馬 :訳文は改行位置もイメージして作りますが、校正などで細かく指定できるときもあれば、そうでないときもあります。ときには、できたものを見てこちらが驚くことも……(笑)。

加賀山 :訳すのも楽しそうですよね。ただ、訳文の量をわりと自由に決められる大人向けの本と比べて、絵本の場合、字数が制限されたりするのかもしれません。絵本で苦労されることはありますか?

美馬 :字数の問題より、ことばを簡単にしなければいけないときに、けっこう苦労しますね。ひらがなで書きながら、小さい子にもわかってもらおうとする場合とか。同音異義語が多い熟語は、読み聞かせのときに耳で聞いて理解できなかったり、目で見てもひらがなだとどの意味かわかりづらかったりするので、別の表現に言い換えることがほとんどです。

加賀山 :絵本の漢字の表記は、小学校の何年生でどこまで習っているかということを参考にするのですか? それともご自身の基準があるとか?

美馬 :まず読者が何年生ぐらいかということを考えて訳文を作ります。その漢字が小学校の何年生で習うのかなどがチェックできるサイトも参考にしますが、ひらがなにすると意味がわかりにくくなったり、逆に読みづらくなったりすることばは、編集のかたと相談して、あえて漢字にすることもあります。
 逆に、全体のバランスを見て、習っている漢字でも使わない場合もあります。たとえば、「地球と冥王星」という言葉があったとして、(※王は1年、地・星は2年、球は3年で習う。冥は小学校では習わない)1・2年対象だからといって必ずしも「地きゅうとめい王星」とするわけではなく、「地球と冥王星」にしてルビをふったり、「ちきゅう と めいおうせい」とひらいたりといった具合です。

興味のある分野の仕事と、やまねこ翻訳クラブ

加賀山 :これまで訳されたなかでとくに印象に残っている本はありますか?

美馬 :そうですね……『わたしのすてきなたびする目』(偕成社)でしょうか。こちらから出版社に持ちこみをして初めて企画が通った作品でしたし、産経児童出版翻訳作品賞という賞もいただきましたので、記憶に残っています。

加賀山 :『わたしのすてきなたびする目』も、「ピンクー」シリーズも、「まわりと同じでなくてもいいんだよ」ということがテーマになっているように思います。そういう本を選んで訳しておられるのですか、それともたまたま似たような企画が重なったのでしょうか?

美馬 :『わたしのすてきなたびする目』は、やまねこ翻訳クラブの先輩方とIBBY(国際児童図書評議会)の障害児国際資料センターの推薦図書リストのなかから良書を探して持ちこもうという活動をしていて出会った本です。「ピンクー」は、以前スペイン語の児童文学の翻訳を教わっていた宇野和美先生からコンペに声をかけていただいたのがきっかけでした。
『ジャガーとのやくそく』(あかね書房)という絵本では、主人公に吃音があります。これについては、出版社の編集のかたが『たびする目』を読み、障害を持った子たちをテーマにした作品を訳したいという私のインタビュー記事を見て、声をかけてくださったことが、あとでわかりました。

加賀山 :そこはひとつの作品が次の作品につながったわけですね。

美馬 :20年前は、とくに自閉症などの発達障害について勉強し、親子遊びの会の運営には14年ほど携わっていました。もっとみんなに知ってもらいたくて、子どもにもわかってもらえるような作品を出したいと思っていましたが、いまはだいぶ世の中にも知られてきて、関連書籍はだいたい出尽くした感じもありますね。

加賀山 :自閉症はいま映画やテレビでもいろいろな角度で取り上げられています。障害児国際資料センターというのは、こういうテーマの本をデータベース化している団体ですか?

美馬 :日本だけではなく、世界中の障害児のための本、障害児をテーマとした本を、IBBYが2年に1回リストにして紹介しています。そのなかでもよさそうな作品の出版をめざして動きませんかという声掛けが、日本国際児童図書評議会(JBBY)のかたからやまねこの先輩にありまして、それに賛同したメンバーが活動していた時期があったのです。

加賀山 :やまねこ翻訳クラブは、1997年発足の伝統ある児童翻訳文学のクラブで、美馬さんは何度か会長をされたこともあるというお話です。何か企画が持ちこまれると、有志が取り組むような活動をされているのですか?

美馬 やまねこ賞など毎年行っているものもありますが、クラブ自体で常に決まった活動があるわけではなくて、たとえば勉強会がしたいねという声があれば、やりたい人が集まってやるとか、20周年の記念パーティをしましょうとなると、スタッフや卒業生の有志で話し合って、私がそれを調べます、私が会場を押さえますというふうに、できる人が何かやるといった集まりです。
 とはいえ、児童書の翻訳という分野で最近は知名度もあがってきたので、時には企画が持ちこまれたり、メンバー同士が仕事を紹介し合ったりする場になっています。

加賀山 :いま会員は何人ぐらいいらっしゃるんですか?

美馬 :卒業されたかたや、籍だけ置いているかたも入れると110人ぐらいでしょうか。スタッフは30人弱です。ときどき新しいかたも入ってこられますよ。

塾講師から翻訳の学習へ

加賀山 :これまでの訳書は何冊ぐらいですか?

美馬 :名前が出ているもので38冊です。最初の訳書の出版は2007年でした。

加賀山 :13年間で38冊というと、年に3冊ぐらいのペースですね。順調です。

美馬 :たくさん出たという実感はあまりないんですが……ごく短い期間で訳した絵本もありますから、そういうもので数をかせいでいます(笑)。しかけ絵本などでは、2週間で訳を納めてくださいということもありましたので。

加賀山 :学生のころから翻訳に興味があったのですか?

美馬 :そうですね。中学時代からものを書くのは好きでしたし、英語を習いはじめて自分のことばに訳すのをおもしろいと感じたということもあります。そのころは翻訳というものに漠然とあこがれていて、自分の仕事になるかどうかはわかりませんでしたが。

昨年2月には、20年以上ぶりにメキシコシティへ。
図書館や書店、遺跡や博物館などをめぐりました。

加賀山 :大学卒業後、しばらく塾の講師をしておられたとか。

美馬 :はい。とりあえず食べていかなければと思い、塾で教えていました。すごく忙しくて、お昼から真夜中すぎまで働くような生活でした。

加賀山 :科目は英語ですか?

美馬 :メインは国語で、英語もときどき教えていました。3年ほど働きましたが、結婚して子どもができると、そういう時間帯で働くのが難しくなり、ちょうど夫が名古屋に転勤になったので、引っ越しとともに塾の仕事も辞めることになりました。

加賀山 :次に何をしようかというときに、翻訳が頭に浮かんだ?

美馬 :どうせ子どもがいて働けないし、家計がマイナスにならなければいいだろうという気持ちで、翻訳の勉強を始めました。1冊でもいいから本を出したいという思いはありました。
 最初はネット上や本で学んでいました。児童書について調べていくうちに、やまねこ翻訳クラブを見つけ、web上で場所や時間を選ばずに勉強する場があるのはありがたいと思い、入会しました。

加賀山 :なるほど。そうして勉強しているうちに、デビューのチャンスが訪れたのですね。

美馬 :入会して3年ほどたったころでしたが、珍しく出版社から、翻訳絵本を出すので訳者を探したいという企画が持ちこまれて、やまねこのなかでオーディションがあったんです。それに参加して決まった仕事でした。

加賀山 :そこまでは翻訳の先生につくこともなく、ずっと自宅で翻訳を学ばれていたのですか?

美馬 :学生時代に翻訳学校の通信講座で2年ほどと、あとこちらも通信講座ですが、イスパニカというところでもスペイン語の児童文学翻訳講座を何年か受けました。
 やまねこの勉強会はたいてい参加していました。勉強会にはいくつかパターンがありまして、読書マラソンみたいなものもありますが、たとえば、絵本の勉強会だと、参加者全員が1冊の絵本をおのおの訳してネット上にアップしたあと、自分以外の全員の訳にコメントをする、その後ほかの人のコメントに答えながら自分の改稿を出し、またコメントを受け……ということを続けて完成稿を作る、といったやり方です。

加賀山 :その課題には日本語訳が出ていない絵本を取り上げるのですか?

美馬 :そうですね。あとは、板橋区主催の絵本翻訳コンテストに出した訳文について、似たような要領で事後勉強会をやったりもします。
 いつも勉強会があるわけではありませんので、とにかく空いた時間には地元の図書館に行って、新しく出た翻訳の絵本をたくさん読んでいました。そうして読んだ絵本の感想などをすべて記録にも残していました。

加賀山 :それは翻訳の勉強会とはまたちがった勉強になりますね。ほかに何か心がけていることはありますか?

美馬 :大学時代にスペイン語を専攻したのは、いちばんたくさんの国で使われている言語で、当時は貿易語でもあったからですが、せっかく学びましたので、忘れないために、テレビ講座を見たり、ここ数年は市内の劇場でスペイン語の映画をやっているときには、興味がない内容でも観にいったりするようにしています。

加賀山 :たとえば、翻訳ミステリーでは北欧系、とくにスウェーデンの作品が一気に増えた時期がありましたが、絵本でも英語以外の作品が増えていますか?

美馬 :ここ十数年では、一時期、韓国作品のブームがありました。いったん収まって、また最近増えてきたように思います。数は多くないですが、スペイン語やほかの国の作品もありますし、北欧もありますよ。
 ただ、現地では出ていても、絵が日本に向かないとか、道徳の教科書っぽい内容が多いといった理由で、すぐ日本語での出版には結びつかないという事情もありそうです。

目で見てわかりにくくない、聞いてもわかる訳を

加賀山 :これから児童書の翻訳をしたいかたに何かアドバイスがあればお願いします。

美馬 :やはり絵本をたくさん読むこと、訳すことはためになります。私もやまねこの先輩から絵本のリーディングの仕事を紹介してもらい、これまでに300冊ほどは読んでいると思います。

テオティワカン遺跡、
太陽のピラミッドにて。

加賀山 :えっ、そんなにたくさん。それは大きな蓄積になりますね。

美馬 :このところ忙しくて持ちこみ用のリーディングに手がまわらなかったので、これから力を入れなきゃなと思っています。なかなか出版までこぎ着けるものはありせんが。やまねこの先輩のなかには、持ちこんだものが次々と出版されるかたもいらっしゃいますけど、どういうコツがあるんでしょうね。

加賀山 :ひたすら原書を読むしかないという話は聞いたことがあります。原書はどうやって仕入れているのですか?

美馬 :だいたいネット通販です。リーディングの依頼があったときには原書を送ってもらえますが、絵本ですので、出版社にもその1冊しかないことが多く(出版社も著作エージェントから借りたりします)、それをこちらで訳したうえで、原書は出版社にお返しします。

加賀山 :あ、私、完全に誤解していました。絵本の場合、小説のリーディングのようにあらすじをレジュメにまとめるのではなく、全部訳すのですね。

美馬 :そうです。絵本でも字数が多いものは短くまとめたり一部だけ訳したりということもありますが、基本的には全訳です。

加賀山 :それはたいへんだ。気に入った原書を出版社に売りこみたいときには、どうするのでしょう。

美馬 :担当のかたに、原書と日本語訳を郵送することが多いのですが、子どもも大きくなって私自身移動できるようになりましたので、東京に出向いて直接お話しすることも増えました。もともと相手が顔見知りでないとできませんが。

加賀山 :小説の場合、原書を出版社に送る必要はありませんし、メールにレジュメを添付して顔見知りでない担当者にも送れますから、そこは楽ですね。絵本はだいぶ勝手がちがいます。

美馬 :絵本は絵を見て出版の可否を判断しないといけませんので、少しちがいます。郵送や手渡しでなく絵の写真を撮ったりデータを無断で送ったりすると、著作権上問題になりそうですし。

加賀山 :短いとはいえすべて訳さなければならないし、売りこむときにも現物が必要ですから、手間がかかりますね。ふだん翻訳をするときに気をつけていることはありますか?

美馬 :訳文を声に出して何度も読みます。

加賀山 :絵本だと読み聞かせがあるからでしょうか?

美馬 :絵本にかぎらず、読んでみて語呂が悪いと修正します。「プログラミングガールズ!」を訳したときにも、最後に何回か機械(ワードの音読機能)に読ませて訳文を確認しました。とくに絵本では、目で見てわかりにくくない、聞いてもわかる、というのが大事だと思います。
 それと、読み物では会話もいまの子たちがしゃべっている自然なことばに近づけるように気をつけます。

加賀山 :これから取り組んでみたい分野などありますか?

美馬 :児童書全般では、低学年〜中学年向けの翻訳読み物があまり出ていない印象なので、そのへんの本を訳してみたい気持ちはあります。

加賀山 :YAより下の層ということでしょうか?

美馬 :そうですね。いま出まわっているのは、絵本か、重厚な内容のYAという感じで、そのあいだの部分が少ない気がしています。絵本から読み物への橋渡しをしたい。絵本の翻訳はいちばん好きですし、子どもたちの母校で読み聞かせの活動を続けているので、そこで読めるような作品を探し続けながら、さらにそういうものも訳せるようになれたらうれしいです。また、発達障害に関する絵本や読み物も、機会があればやはり取り組みたい分野です。

■これまでこのコーナーでインタビューしたかたがたの共通点として、「自分から積極的に動く」ということがあると思います。美馬さんにも、みずから道を切り開いて前進する意志力を感じました。もう子育て中のように朝三時半から起きて翻訳することはなくなったということですが、これからもお体に気をつけて、楽しい絵本や読み物を訳してください。

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