アメリア会員インタビュー

大前 留奈さん

大前 留奈さん

ドキュメンタリーも、ミュージカルも

プロフィール

アメリカで学士号を取得し、就業も含めて6年間を現地で過ごす。帰国後、翻訳に興味を持ち、翻訳会社でコーディネーターとして働きながら映像翻訳を学ぶ。2010年に字幕翻訳者としてデビュー。映画、ドラマ、ドキュメンタリー、リアリティ、アニメ作品、映像特典など幅広い作品を手がける。字幕翻訳のほかに、医薬文書、マーケティング文書、ビジネス文書などの翻訳やチェックも行う。代表作に『ヒューマンズ』『グッド・ワイフ』など。現在の興味は、子ども向けやティーン向けの番組や出版物の翻訳。

字幕翻訳中心に9年

加賀山 :本日お話をうかがうのは、映像翻訳者の大前留奈(おおまえ るな)さんです。シリーズドラマ、コメディ、ドキュメンタリー、DVD/Blue-ray特典映像、クラシック映画など、幅広く訳されています。フリーランスになって何年ですか?

大前 :2010年からですので、まる9年です。

加賀山 :何作ほど訳されました?

大前 :大小合わせてだいたい100作ちょっとでしょうか。エクセルで記録をつけているのですが、翻訳した分数がこのまえ合計1万5千分ほどになりました。育児をしながらでしたので、同じくらいのキャリアのかたと比較すると、少なめかもしれませんが。

加賀山 :字幕翻訳が多いようですが、吹替はなさらないのですか?

大前 :しないと決めているわけではありませんが、最初にお仕事をいただいた翻訳会社が字幕中心だったので、自然に字幕ばかりになりました。

加賀山 :作品リストのなかで、最近印象的だったものはどれでしょう。

大前 :ネット配信されたドキュメンタリー作品ですね。ジョン・グリシャムが1作だけ書いたノンフィクション小説の題材となった事件を取り上げていて、捜査や法廷関連の用語が多かったのを覚えています。

加賀山 :グリシャムにノンフィクションがあったとは知りませんでした。

大前 :実際にあった冤罪事件がテーマです。法廷関連の作品は久しぶりでしたので、調べものがたいへんでした。
 そのまえで記憶に残っているのは、魔女学校のお話です。これは子ども向けで、おもしろい仕事でした。

加賀山 :そちらもネット配信ですか?

大前 :はい。最近はほとんどがネット配信の仕事です。

加賀山 :配信が盛んになって、映像翻訳の仕事は全体的に増えている感じでしょうか?

大前 :私から見て、増えていると思います。視聴媒体も多様化していて、ふつうのテレビやDVD/Blue-ray、ネット配信のほかに、YouTubeや、サイト内の動画もあって、媒体にこだわらなければ届け方はいくらでもあるという状況ではないでしょうか。

加賀山 :最近伸びている分野などありますか?

大前 :これも私から見てですが、ドキュメンタリーやリアリティ番組の仕事が増えています。現在取引している翻訳会社がドキュメンタリー系に強いということもありますけど。

加賀山 :仕事の依頼はだいたい翻訳会社経由ですか?

大前 :そうですね。育児とかけ持ちだったということもあって、最初は1社だけから仕事をいただいていました。そこから複数になったこともありましたが、いまはまた、ほとんど1社です。いくつかほかの会社にも登録はしているのですが、なかなかすべてのお仕事は引き受けられず、自然に1社に集中してしまいます。ただ昔、医薬翻訳の仕事に携わっていたことがあり、字幕以外にも医薬文書のチェックの仕事がときどき入ってきます。それはまた別の翻訳会社です。

英語圏以外の作品が増えている

加賀山 :ドラマのシリーズもいろいろ訳されていますが、スペイン語の作品も訳されたとか?

大前 :はい。カタロニア語を英語にしたものを訳しました。音声はカタロニア語で、台本が英語です。

加賀山 :ドキュメンタリーではなく、ドラマですか?

大前 :ええ。その作品は、お金に困ったシングルマザーと家族を描いたドラマでした。他にもフランス語のドキュメンタリー番組を訳したこともあります。
 最近は、英語以外の言語から訳す機会が増えましたね。台本は英語でも、制作した国が英語圏ではないという。

加賀山 :どんな言語がありますか?

大前 :本当にいろいろで、同じ言語を2回やったことがないくらいです。中国語、トルコ語、フィリピノ語、スペイン語、フランス語などですね。内容もドラマやドキュメンタリー、映画も経験があります。その言語を理解できるほうが確かに有利ではありますが、1人で世界中の言語を学ぶわけにもいきませんから、英語から訳すというのはローカリゼーション上、効率的だなと感じます。

加賀山 : 英語圏で公開されているわけではなくて、たんに台本が英語なのですか?

大前 :そうです。私の場合は英語に訳されたものを、日本語に翻訳していきます。翻訳者が特にその言語を知っている必要はないのです。

加賀山 :つまり、いろいろな国の番組で日本語字幕は「○○さん翻訳」と書いてあっても、そのかたが現地のことばから訳しているとはかぎらないわけですね。思えば、翻訳ミステリーでも、最近多い北欧系など、スウェーデン語から英語に訳したものを底本に英日翻訳者が訳すことも増えています。
 これまでで、とくに印象に残っている作品はありますか?

大前 :覚えているという意味では全部です(笑)。とはいえ、『ヒューマンズ』は全話担当させていただいたので、よく覚えています。AIが意識を持ったら、というSFでした。

加賀山 :やはり全話担当すると印象がちがいますか?

大前 :部分的に担当した作品と比べると、愛着がかなりちがいますね。最近は納期が厳しいものが多く、シリーズものでも他の翻訳者さんと分担することが多いのですが、1人で全話、しかも数シーズンを担当するとなると、やはり物語の背景やキャラクターへの理解も深まりますし、翻訳のスピードも上がります。

加賀山 :『ヒューマンズ』で苦労した点などありますか?

大前 :AIが中心の物語なので、当然ながらプログラミングなどのコンピューター用語を調べることが多かったのですが、専門家が見ても違和感がない訳だろうかと不安でした。それにカタカナ用語は字数を取りますが、役者さんは一瞬で言ってしまうため尺が短すぎることも多かったです。

加賀山 :自分で訳したドラマは見ますか?

大前 :ほぼ見ません(笑)。話の内容はわかっているので、エンターテインメントとしてよりは、チェック目的で修正が入ってないかなどをざっと見るくらいです。それでもドキドキしてしまって最後まで見られないことが多いです。

トライアルに合格してびっくり

加賀山 :最初の仕事はどうやって開拓したのですか?

大前 :トライアルをいくつか受けましたが、最初はなかなか受からなくて、アメリア経由で応募したひとつが『ビバリーヒルズ青春白書』の翻訳会社さんでした。あのとき採用していただいたのが大きかったのです。ただ、ご存じのとおり長いシリーズなので、お仕事も数年にわたっていただいていたのですが、そのあいだに出産などが重なって仕事にまわせる時間がかぎられていた時期もあり、使いづらい翻訳者だったかもしれません。

加賀山 :そのトライアルを受けたとき、いけるという手応えのようなものはありました?

大前 :いいえ、ぜんぜん。じゃあお願いしますというお返事をいただいたので、すごくびっくりしました。作品もビッグネームで、自分がやっていいのだろうかと。たしか、1話訳してみてくださいというトライアルでした。タイミングと運がよかったとしか言えませんね。

加賀山 :それがいまにつながっていますからね。お仕事のなかでとくに好きな分野はありますか?

大前 :もっとやってみたいと思うのは、子ども向けの番組です。たとえば以前、何話か字幕を担当したもので、歴史上の人物を題材にしたコメディタッチの子ども向け番組がありました。子どもに分かりやすく説明している語り口が、とてもおもしろかったです。自分の子どもがまだ小さくて、よく絵本を読んだり子ども向けのテレビ番組を見たりしているので、今は子どもたちが楽しめる作品に興味があります。

加賀山 :子ども向けの作品はむずかしくありませんか?

大前 :むずかしいですね。字幕はとくに字数などの制限が多いなかで、対象年齢を考えた字幕を作らなければいけません。漢字をひらがなで書いたり、やわらかい表現を使ったりしていると、どうしても字数がかさむので、いろいろと迷うことが多いですが、そういったことも楽しいのです。
 魔女学校のドラマでは、対象年齢が私の思う以上に低く設定されていて、ふつうに訳すとルビだらけになってしまいます。そもそも魔女や魔法の「魔」は対象年齢では使えないのにどうしようか、ルビをどこまでふるかといったことから検討しました。

加賀山 :もしかして対象年齢の設定が低すぎたとか?

大前 :一般論として、主人公の年齢が対象年齢と一致するのですが、魔女学校の1年生が実際の何歳なのかという説明はなくて、よくわからなかったのです(笑)。いずれにせよ、対象年齢は取引先の指示があるので、それにしたがわなければなりません。
 6歳の主人公たちが夜にヒーローに変身して悪いやつを倒しにいくという作品も訳したことがあります。主人公が6歳なので字幕はひらがなが中心になるのですが、「宇宙船」、「太陽系」、「惑星」、「パラボラアンテナ」などむずかしい漢字やことばも出てきて、ちゃんとわかるかなという心配もありました。「わからなかったらお母さんに聞いてね」と思いながら訳したのを覚えています。そういうむずかしさはあっても、子ども向けの仕事はおもしろいですね。

加賀山 :コメディも訳しておられます。

大前 :コメディもむずかしい。私が訳したのは、どれもスタンドアップ・コメディのネット配信ですが、おもしろく見せる字幕はなかなか作れません。会場が沸くタイミングで見る人も笑ってくれるように考えなければいけませんし。

加賀山 :とくに字幕は字数制限があるから、あんなにたくさんしゃべる人たちの訳はたいへんだと思います。しかし、そういう番組の需要もあるんですね。ぜんぜん知りませんでした。日本で人気があるコメディアンはいますか?

大前 :どうでしょう。だれがおもしろいとか、その分野はあまり明るくないのですが、見ている人は見ていると思います。現地の有名人のことや時事ネタを使うコメディアンも多いので、そういったことに興味のある人にとってはおもしろいと思います。翻訳者は大変ですけど(笑)。

ことばより脚本の色を訳す

加賀山 :ドラマなどには字幕と吹替の両方がつくことがあります。そういうときには吹替担当のかたと連絡をとり合ったりしますか?

大前 :しません。吹替版が先にあれば、その台本を参考にいただくことはありますけど、用語の統一などを吹替・字幕の翻訳者同士で相談といったことは私の経験上ありません。字幕が先の場合でも、番組の公式ホームページがすでにできている場合も多くて、主な固有名詞を拾える場合が多いのです。

加賀山 :『ツイン・ピークス』などの特典映像も訳しておられます。

大前 :特典映像はかなりの数を訳しました。じつは、私のなかでは、その経験がかなり役立っています。どんな作品でも、最初から最後まで脚本家や監督の意図が詰まっていて、脚本には無駄なセリフや動作がひとつもないのです。特典映像で監督の談話などを訳すと、こういう思いがこめられているんだ、こうやって作っているんだといったことがさらにわかって、自分もまるで脚本家になったように作品全体を把握できる気がします。
 個々のセリフだけではなく、この脚本をどう表現しようか、という見方になるのです。いわば、ことばを訳すというより脚本の色を訳す感じ。特典映像の仕事をしてから、そんなふうに考えるようになりました。

加賀山 :広い視野で作品をとらえられるようになった。

大前 :脚本の裏にそういう努力があることがわかってから、作り手の意図をできるだけ汲んで訳そうとしています。これは勉強して頭でわかったことではなく、特典映像の仕事のなかで実感したことですね。
 『ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ』の特典映像などは何百分もあって、特典映像が主役かと思うほど舞台裏の活動などを本当に細かく追っています。訳しながら、デヴィッド・リンチ監督は本当にすごい監督だなぁと感じました。

加賀山 :どういう点で?

大前 :発想が奇抜なことで有名な方ですし、その中でも『ツイン・ピークス』は非常に独創的な作品です。デヴィッド・リンチ監督は、自分の頭のなかというか、夢みたいな想像の産物を、映像としてこう表現したい、とはっきりとわかっていて、それをまわりに伝え、生み出していく力がある人だと感じますね。

加賀山 : なるほど。『ツイン・ピークス』、見なきゃいけませんね(未見です)。
 クラシック映画の字幕も作っておられますが、これもむずかしい?

大前 :そうですね。映画といっても調べることがドキュメンタリーのように多いです。たとえば、西部劇でしたら馬車の種類とか、この人の職業はなんだろう、この町はどこだろう、といったこともわかりにくくて。ゴールドラッシュ時代の歴史や地理の知識が必要でした。
 ほかにも海賊ものもありましたし、ミュージカルのものもありました。かの有名なフレッド・アステア主演の映画を担当させていただいたこともあります。

加賀山 :(作品リストを見ながら)あれ、そうでした? じつは昔、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの映画が大好きだったんですが。あのダンスは究極ですよね、Night and DayとかCheek to Cheekとか……(以下略)。

大前 :雲の上を踊るような彼らのダンスはすてきですね。映画自体は古いものですが、ダンスは古さをまったく感じさせません。この仕事をいただいてから私もファンになりました。歌を訳すのもけっこう好きです。

加賀山 :歌の字幕はだいぶ勝手がちがいますか?

大前 :ちがいます。「文」じゃなくて「意味」を訳していく感じで。ミュージカル系の作品にはすごく興味があって、よく見ています。『レ・ミゼラブル』などは、舞台バージョンも映画バージョンもCDも書籍も持っています。でも、なかなかミュージカルのお仕事はいただく機会はないですね。

加賀山 :アカデミー賞の『ラ・ラ・ランド』も話題になりましたから、これから増えていくかもしれません。ふだんのお仕事で心がけていることはありますか?

大前 :字幕を作るときに注意しているのは、あまり自分の思いこみで登場人物の口調を決めつけないということですね。ほかの人が原音を聞いて私と同じように感じるかどうかはわかりませんから。脚色しすぎず、シンプルに訳したい。いま業界全体に、極端な女ことばや男ことばは避けようという流れもありますが、たとえば「〜なの」とか「〜なんだ」といったふつうの装飾も省いてしまったほうが、読み手の印象をジャマせず読みやすいと感じます。基本的に語尾は見ている人の頭のなかでつけてもらえばいいかなと。ただ、ずっとそんな字幕が続くと単調すぎるので、メリハリは考えて訳しています。

■1作ずつうかがっていると切りがありませんが、どれも楽しそうです。フレッド・アステアは懐かしかったなあ。それにしても、ネット配信の世界はどんどん裾野が広がっていますね。いつかまたミュージカルを訳す機会もありますように。楽しみにしています。