小佐々 有希さん映像翻訳と地域貢献の二刀流でプロフィール理系出身の元エンジニア。英語を使う仕事に憧れていたころ、ドキュメンタリー番組の素材翻訳を手伝ったのをきっかけに、翻訳の虜になる。その後、翻訳学校に通い、スポーツ系番組で2008年に字幕翻訳者としてデビューした。その後はドキュメンタリー、リアリティー番組、ゲーム翻訳と分野を広げ、現在は主にドラマ(主にコメディ)やアニメの吹き替え、企業動画の字幕などを手がけている。映像翻訳者としての活動のかたわら、地元の佐世保市でバイリンガルWebサイト「Sasebo E Channel(させぼEチャンネル)」を運営中。 企業系の映像翻訳が増加中? 加賀山 :今日は長崎県佐世保市にお住まいの映像翻訳家、小佐々有希(こささ ゆき)さんにオンラインでお話をうかがいます。
小佐々 :最近はアニメやコメディの仕事が多いのですが、そのひとつに、ゲームのキャラクターが主人公の『Fruit Ninja Frenzy Force』というのがあります。YouTube独占配信で、1本10分ほどのエピソードが13話、字幕はすでについていましたが、私は吹替を担当しました。これがとても楽しい作品でした。
加賀山 :プロレス! それは実況中継の番組ですか? 小佐々 :実況中継もありますし、スターの人たちのDVDなどもありました。そこからキャリアをスタートしたので、男性口調というか、乱暴なことば遣いというか(笑)、そういうものを訳す技術が身につきましたね。コメディ要素もありますので、それらの訳し方も学びました。 加賀山 :プロレスなのにコメディとは? 小佐々 :まじめなプロレスというより、劇っぽくなっていて、ストーリーがあるんです。人間関係のいざこざとか、派閥争いみたいなものとか……。 加賀山 :ああ、聞いたことがあります。ドラマ仕立てでハマるらしいですね。訳したときに、クライアントさんからフィードバックもありましたか? 仕事中の様子。気が散らないように、
小佐々 :ありました。口調はもちろん、プロレスの技とか、特別な用語もたくさんあるので、一から勉強でした。全体的に日本語の表現では高いものを求められましたね。 加賀山 :その仕事を見つけたきっかけは? 小佐々 :駆け出しのころは未経験なので、目についたトライアルを次々と受けたんです。それで合格したのがプロレス関係の仕事で、そこから総合格闘技、バスケットボール、フィギュアスケートなど、スポーツ分野で仕事の幅を広げていきました。
加賀山 :いまは字幕よりも吹替の仕事が多いのですか? 小佐々 :吹替のほうが多いです。ただ、今年は感染症の流行でドラマの撮影が停滞しているようでして、その代わりに企業系の動画の翻訳依頼が急に増えています。本来大きな会場でたくさん人を招いてやるはずだったシンポジウムとか会議をウェブで放送するようになったので、その字幕をつけるのです。 加賀山 :なるほど、そういう需要があるんですね。それはもともと同時通訳がつくような会議ですか? 小佐々 :そうですね。通訳者の友人いわく、同時通訳もウェブでやるようになっているそうです。私が担当するのは、会議をウェビナー(ウェブ+セミナー)形式で放送し、あとから字幕をつけて、希望者が見られるように企業内のアーカイブに保存しておくものや、オンラインイベント用に事前に収録された講演に字幕をつけるものですね。ここ半年ぐらいで、こういう企業系の仕事が増えて、一時は全体の8割以上を占めていました。 加賀山 :どういう企業が多いのですか? 小佐々 :いま来ているのは、大手ITや化学関連の企業です。40〜50分のものは1週間ほどで訳します。それが1度に数本入ってくることもありますし、1分ぐらいのものをこまごまと依頼されて1日で仕上げることもあります。いまは、ネット配信番組の仕事が少しずつ戻ってきて、半々ぐらいで両立しています。 加賀山 :その仕事は、企業からの直接の依頼ではなく、翻訳会社経由ですか? 小佐々 :そうです。たまに地元の企業さんから動画の日英翻訳を頼まれることもありますが、定期的にこうした大手企業の英日翻訳が入ってくるのは、翻訳会社からです。私の場合、いま3社ぐらいあります。 地元の情報発信に協力加賀山 :映像翻訳を始めて12年ということですが、その間ほぼ途切れることなくお仕事はありましたか? 小佐々 :だいたいありましたね。最初の5年くらいはフルタイムではなかったものの、少しずつ翻訳のほうに比重を移しながら続けて、いまは完全にフルタイムになりました。 加賀山 :プロフィールを拝見すると、観光やグルメ関連の日英翻訳というのもあります。 Sasebo E ChannelのPR活動でトナカイに扮したことも 小佐々 :はい。翻訳を始めたころは関東に住んでいましたが、やがて故郷の佐世保に戻って、地元のかたのご縁で、市の観光課のお手伝いをするようになりました。たとえば、SNSで発信する観光情報に英訳をつけたり、SNSの広告のマーケティングを支援したり(これは翻訳ではありませんが)、イベントのチラシを英訳したりする仕事です。 加賀山 :「日→英」の翻訳は「英→日」よりたいへんではありませんか? 小佐々 :観光やグルメに関する記事の英訳は、とくにSNSなどの場合、できるだけ日常的でわかりやすいことばを使うので、問題なく訳せます。チラシなどの英訳では、キャッチコピーもありますから、ネイティブのチェッカーに見てもらいます。 加賀山 :Sasebo E Channelという活動の場があるようですね。 小佐々 :はい、4〜5年前にフェイスブック上でしていた観光案内がいったん終わって、その1〜2年後に出てきたプロジェクトです。佐世保市の教育委員会が主催しています。
加賀山 :地元で働いているうちに、こういうプロジェクトの話が来たのですか? 小佐々 :知人をつうじてこの件を知り、参加しました。まず市役所のかたや、市民、事業者を含めたブレインストーミングの打ち合わせがありまして、そのなかからこのSasebo E Channelを担当するチームができました。 加賀山 :これはボランティア活動ですか? 小佐々 :いいえ、受注というかたちです。市から活動資金が出ますので、その範囲内で活動しています。 Sasebo E Channelの記事の例。
加賀山 :何人ぐらいで運営しているのですか? 小佐々 :ライターは2人で、外部アドバイザーも含めて合計5人です。月に1度打ち合わせがあって、あとはラインなどで連絡をとり合います。
理系の知識を活かす加賀山 :Sasebo E Channelのなかにご自身の紹介動画があったので拝見しましたが、元エンジニアだったとか? 小佐々 :ええ、学生のころは科学に興味があって、農学部で環境工学を学びました。そのあとエンジニアとして就職し、灌漑排水にかかわる仕事をしていました。
加賀山 :なるほど、農学部とつながっていますね。その制作会社との関係はどういうきっかけで? 小佐々 :豊橋市に住んでいたころ、いっしょに英語を勉強していた友人に、翻訳をしたいということを話していたら、その友人が紹介してくれたんです。ラッキーでしたね。
加賀山 :そこから本格的に勉強を始められた。 小佐々 :ええ。映像翻訳の学校にかよって、字幕と吹替を専門的に学びました。いまもそちらからはときどき仕事の依頼をいただきます。
加賀山 :たしかに。そのあと、最初のプロレス番組の仕事につながるのですね。農学部を出てプロレス番組を訳すとは思われなかったでしょう。 小佐々 :ですね(笑)。なんでもやらせてもらうという意気込みで始めました。思えば毎回、まさかこんな素材を訳すとは思わなかったというくり返しです。アニメも初めて受けたときにはそうでしたし、ホラー作品も訳しました。
加賀山 :理系出身というのは、翻訳者のなかでは少数派かもしれません。 小佐々 :たしかに一見まったく関係のない分野からいまの仕事に飛びこんだわけですが、得になったこともあります。たとえば、プロレス番組ではしょっちゅう男性の乱暴なことばが出てきますけど、理系の学部はまわりの多くが男性で、男性同士の会話のノリというか、そういうものの近くにいましたので、そこのハードルは高くなかったんですね。何が役に立つかはわからないものです。 出会いをつうじて翻訳の道へ加賀山 :英語にかかわるさまざまな仕事があるなかで、翻訳を選ばれたわけは? 小佐々 :もともと映画などは好きで、中高生のころは映画雑誌もよく買っていました。とはいえ、やはり縁があったということだと思います。たまたま紹介された仕事をしているうちに翻訳に目覚めていったという感じですから。
加賀山 :どんな経験も役に立つということですね。お仕事のために、ふだんの生活で心がけているようなことはありますか? 小佐々 :英語力を伸ばすことはつねに意識していますが、やはり最終的に評価されるのは日本語力ですから、日本の映画、番組を意識的に観るようにしています。原語に引きずられない、ナチュラルな日本語を学ぶために。とくに若い人のことばは、自分が歳をとるとわからなくなってくるので、若者の会話が出てくる番組を選んで視聴します。また、修学旅行で長崎に来た学生さんに出くわすと、会話を立ち聞きしますね。東京のきれいな標準語にも触れられますから。 加賀山 :最近観て、よかった番組はありますか? 小佐々 :『日本沈没』を観て、すごく暗い気持ちになったんですけど、よかったです(笑)。Netflixのアニメで、舞台を現在にしたリメイクなので、原作からはずいぶん変わっていましたが。
加賀山 :これから翻訳を増やしたい分野はありますか? 大好きな地元の景色は、
小佐々 :コメディはずっとやっていきたいですね。日本のお笑いがいちばんおもしろかったころに育っているので、親しみを感じるのかもしれません。構成作家さんや芸人さんの情報が載っている『クイック・ジャパン』という雑誌も愛読していました(笑)。プロレス番組でも、笑わせる場面などでそういう知識を活かしたことがあります。
加賀山 :最後に、今後の抱負をうかがえれば―― 小佐々 :映像作品のいちばんのファンになってその魅力を伝えるのも、佐世保のいちばんのファンになって地域の魅力を伝えるのも、根っこはいっしょだと思います。そういう意味で、好きなコメディやアニメの翻訳と、地元への貢献は、二刀流でずっと続けていきたいですね。 ■Sasebo E Channelに「翻訳者が教えるテレワークのコツ」という記事をあげたところ、けっこうアクセス数が増えたそうですね。社会のニーズにいち早く応えたのだと思います。これからも二刀流、がんばってください。 |