【アメリア】プロが直伝!日本語の視点

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プロが直伝!日本語の視点

 
連載第1回 翻訳と私

翻訳の文章を仕上げるのに「私」の処理ほど厄介なものはありません。なぜなら日本語では「私」の意識が底にひそんでいても、それが英語のように主語のIやWeとして繰り返し出てくることはまずないからです。

いまでも鮮明に覚えているのは、ゲラ刷りになったばかりの翻訳をチェックしてくれた女性編集者のひと言でした。

「文章に私、私が多すぎます。削っておきました」

声は優しいのですが、目は笑っていませんでした。あわててゲラ刷りを手に取るとそこには無残にも赤鉛筆で削除された私、私、私の残骸が死屍累々ところがっていたのです。

「ハエのように五月蝿いわ。いっそのことハエ叩きで叩きつぶそうかしら」

このベテラン女性編集者は、その美貌と、涼しい顔をして口にする毒舌で有名でした。文芸雑誌の編集部が長く、有名な作家たちに可愛いがられ、しかも的確な編集能力に一目も二目も置かれる存在でした。そのような編集者に出会えただけでも幸運だったと思います。

要するに、英語の原文に引きずられた私の翻訳はこの編集者が考える日本語らしい日本語の基準にまったく達していなかったのです。 彼女のひと言で目を開かれた思いがしました。

翻訳は外国語の原文にひきずられるのではなく、相手をねじふせてでも日本語の宇宙に引きずり込まなければ勝負になりません。

もちろん、日本語の新しい可能性を切り拓こうと翻訳調の文体を日本語に持ち込み、成功した作家もいます。しかし、本稿とはいささか次元が異なりますので、それはしばらく脇へ置いておいてください。

また、かならずしも「私」を使わなくても成立するヨーロッパ言語もあります。人称によってそれに対応する動詞が変化するスペイン語などのロマンス語族や、動詞のみならず、そのあとに続くあらゆる言葉の部品がいちいち性・数・格変化するロシア語などです。それでもヨーロッパの言葉は自己主張が強く、文章の構造も異なりますから、それを「風のように透明な日本語らしい日本語」に移し変える場合には相応の配慮と技術が必要になると思います。

さて、話がすこし横道にそれましたので「私」問題に戻ります。これを意識しているのといないのでは、日本語の翻訳文の仕上がりに雲泥の差が出てくると思います。

あなたが翻訳をすでに仕上げてしまったとします。もう手遅れでしょうか? いいえ、まだ時間は充分にあります。書き上げた原稿を数日寝かせたあと、例のハエ叩きで「私」を叩きつぶしていけばいいのです。あなたも充分に休養をとっていますから、新鮮な第三者的な目で自分の原稿をながめることができます。

原稿もあなた自身も、ウィスキーのように熟成させていくことが必要です。出版される原稿なら、ゲラ刷りが初校、再校と出てきますので、その際にもこれを繰り返しやるのです。余計な「私」が削除されたことで、当然のことながら文章の構造そのものや細部の調整も必要になってきます。私自身の経験では、能動態の原文を受動態に変えて日本語にしてみたところ、みごとに「私」問題が解決できたたこともあります。

この作業の利点は、翻訳そのものの質を全体的に底上げできることにあります。冗長な表現や不適切な修飾語、めったやたらに打ちまくったヘソのゴマのような句読点も気になってきます。もちろん恥ずかしい誤訳もたくさん見つかります。

そして苦心惨憺して訳したつもりの冒頭の一行が気になりはじめたらしめたもの。なぜなら作家は、書き出しの一行に全精力をそそぐといっても過言ではないからです。はたしてあなたの翻訳はそれにふさわしいものでしょうか?あなた自身が作家になったつもりで再挑戦してみる価値は充分にあります。

いい考えが浮かばなければ、音楽を一日じゅう聴いていてもいい。ウィスキーのグラスを傾けてすぎて酔っ払ってしまっても結構です。また明日があります。原作者の気持ちになってどこまでも考え続けるのです。そして、読者をしびれさせるような書き出しの一行を日本語できめてみてはどうでしょう。

そのためには日本語の文章の猛訓練が必要です。たくさん読んで、たくさん書くこと。でも闇雲にやったのでは効率があがりません。作家であり英文学者でもある丸谷才一さんの書かれた『文章読本』(中公文庫)をお読みになることを是非おすすめします。また、残酷なようですが、文章には音楽やスポーツのように生まれつきの才能というものがあるということも認めざるを得ません。

丸谷才一さんには遠くおよびませんが、これから書かせていただくこの連載コラムでは、私の記者として編集者として、また翻訳家としての体験のなかから、みなさまにお役に立てそうなプラクティカルな視点をさまざまな角度から提供できればと考えています。次回は「文章を削る」ということについて考えてみたいと思います。

   
 

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