【アメリア】田口俊樹の翻訳身の上相談室

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田口俊樹の翻訳身の上相談室

第一回 講師の選び方

現在、文芸翻訳の勉強中です。翻訳学校の新規講座の募集があるこの時期、いつも頭を悩ませることがあります。それは、どの講師の講座を選ぶか、また、ジャンルにはどうしようか、ということです。

何を決め手に講座を選び、勉強をするのが良いのか、先生のお考えを伺わせていただきたいです。よろしくお願いします。

この相談事、すでに新学期が始まっていて、六日の菖蒲っぽい感なきにしもあらずに見えますが、実はそうでもない。蓋を開けてみないとわからないことってけっこうあるからです。で、取り上げました。

そう、やはり人との出会いって大事ですよね。山寺の和尚さんみたいなことを言いますけど。いや、誰でも言うか。私の場合も翻訳を始めたきっかけは高校の同級生に早川書房の編集者がいたことでした。その同級生がいなかったら、あのときその同級生とたまたま会っていなかったら、なんてことは今でも時々考えます。もしかしたら、まるで別の人生があったかもしれないなんてね。

だから、どの講師を選ぶかというのは、当然のことながら、とても大切なことでしょう。誰もが考え、迷うところだと思います。ただ、今、私、“誰もが”なんて勢いで言ってしまいましたが、そんなことでは全然迷わない人もいます。匿名さん、それはご存知でしたか? 迷わない人、それはどういう人かというと、フェローに来るまえからそもそもその講師の訳書を何冊も読んでいて、その講師の大ファンで、どうしてもその講師の講座を取りたい、と初めから思っている人です。はっきり言って、そういう人はあなたよりだいぶ先のスタートラインに立っていると思います。私にもこれまでにそういう生徒がごくごく少数いて、その人たちの多くが現在翻訳家として第一線で活躍しています。

今さらそんなことを言われてもどうしようもない? はい、そのとおりですね。現に迷っているわけですもんね。でも、今からでも遅くはないと思うんです。むずかしいことでもなんでもありません。自分が大ファンになれる講師を見つけることです。すでに講座を取っておられるようなら、とにもかくにもその講師の訳書を読むことです。で、その講師の訳がアナタ的にあんまり好きになれなければ、これはもう絶対講師を変えるべきです。翻訳というのは実践です。いくら立派な翻訳論を持っていようと、実際に翻訳が下手だったら、その人は翻訳家とは言えません。あくまで講師の訳書にこだわり、その訳書を自分に合った講師を選ぶ一番の決め手にすべきです。まだ講座を取っておられない場合は、そういう講師を探しはじめるのにいい時期です。やっぱり一年ぐらいかかるんじゃないでしょうか、あれこれ読みはじめると。

こういう選び方をすることは、実は翻訳家デビューを果たす近道でもあると思います。ひとりひとりの講師がよしとする翻訳にそうばらつきがあるわけではないと思いますが、それでも人には好みというものがあります。講師には講師の好みがある。講師の大ファンになるというのはその好みを共有することであって、ま、ぶっちゃけた話、出版社に生徒を推薦する際、講師としても自分の好みに合った翻訳をする人を優先したくなるのが人情というものでしょう。もちろん、翻訳の好みが合うからといって、その講師の授業もまた自分に合うかどうか、これは別問題です。それでも、です。講師の訳書をまず第一に考えるべきでしょう。私はそう思います。

山寺の和尚さんから小言じじいに変身して、最後にちょっぴり苦言をば。匿名さん、講師を誰にしようかと迷っている時点ですでに遅れているぞと—少なくともさっき言ったように、もっと自分の先を行ってる人たちもいるんだぞと—自分に言い聞かせるべきです。しかる自覚ののち、講師の訳書を片っ端から読んで、一番のお気に入りを見つけることです。今からでもまだ間に合います。今日からでもすぐに始めてください。

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