【アメリア】対談の部屋 8-5 映画がますます好きになる!〜 Movie Trivia 番外編 〜
読み物
対談の部屋
<第8回>  全7ページ
第8回 映画がますます好きになる!〜Movie Trivia 番外編〜

いろんな意味で、ヒッチコックはすごい監督だった

アル:あの『サイコ』という映画は、アメリカで“映画を観るなら最初から”というきっかけになった映画なんですよね。昔、僕らが映画を観に行ってた頃は、途中から入って、観たところまできたら出るんですよ。今は、誰もそんなことをしないでしょうが、それは、始まる時間が決まっているテレビの影響なんですよね。テレビが普及して、映画も同じように最初から観るようになってきた。でも、30〜40年前は、途中から入って途中で出るのが普通だった。僕が70年代に初めてアメリカに行ったら、入れ替え制ではないんだけど、途中から入る人が少ないんです。僕は途中から入ったので、映画が終わっても座っていたら、掃除係が入ってきて、不思議な顔で見られましたね。出て行けとは言われませんでしたが。そういう仕組みは、実は『サイコ』から始まった。あれは、途中から見せることは一切まかりならんっていう映画でしたから。まず、どんな内容の映画か紹介をしなかった。試写も一切しなかった。

吉本:だから、当時は非常に評判が悪かったですよ。批評家というのは、試写会で食っている人たちだから、「試写も見せてくれないような映画を褒めるもんか」というので、自腹を切って観てはけなすわけですよ。実際には、映画のストーリーにどれだけ衝撃を受けたかわからないんだけど、とにかくけなすわけです。客はそんな事情は知らない。でも、とにかく途中から入っちゃいけないというのは、ものすごく腹立たしいことなわけです。配給会社は「こんなことで大丈夫なのか」と非常に危惧したんですよね。ところが、それが大ヒットでしょう! 当時、ものすごい収益だったんですよね。

アル:確か制作費が80万ドルぐらいで、すごく安い金額なんですよ。あの当時、『ヒッチコック劇場』っていうテレビの番組を持っていたので、そのテレビのスタッフで映画を作ってしまったんですよね。脚本も30歳ぐらいの新人が書いている。

吉本:それまで、ヒッチコックというのは、超一流のスタッフを使っていましたよね。大御所を使って映画を撮っていた。ところが『サイコ』では、アンソニー・パーキンスはスターといっても若手だし……。

アル:ジャネット・リーが一番のビッグネームなんですよね。

吉本:当時、映画の制作費は100万ドル以上か、さもなければ10万ドル以下かという二極分化の世界だったんです。100万ドルを超えると制作費をかければかけるほどヒットする。10万ドルから100万ドルの間だと制作費の多寡は興業にはほとんど影響しない。だから100万ドル以上出せないのなら、10万ドルに抑える方が営業的には理にかなっていたわけです。10万ドルなら採算が取れるから。でも、その間だと採算がとれないと言われていたんですね。あの頃、アメリカは映画が斜陽になっていた時代ですから、80万ドルというのは、一番リスキーな金額だったわけです。それが大ヒットした。そういう意味でも、すごくセンセーショナルな、画期的な映画なんです。

アル:ヒッチコックについては、DVDも充実しています。特典映像が面白いんです。僕は、『サイコ』がパラマウント最後の映画だということを、知らなかった。いつの間にかユニバーサルに移っていたと思ったら、彼は『サイコ』の権利を持って移っていたんですね。あの当時、映画は公開されれば終わりで、その作品の権利のことなんて誰も考えていなかった。それにヒッチコックは目をつけていたんだからすごい。

吉本:要するに、ヒッチコック以前というのは、映画監督にあまり権限がなかったんですよね。それが、ヒッチコックというものすごく作家性の強い監督が出てきて変わった。ヨーロッパは違うんですが、アメリカの映画製作は工場ですから、専属の職人がいて、その人たちがその会社のカラーにあった映画を撮って、最終的にはその会社の偉いプロデューサーが全権限をもって編集を行っていたんです。そういう時代に、ヒッチコックというのは、作家の権利を主張して、それを手に入れ、後の時代にまでつなげていった。ものすごい人なんです。ただ、スリラー映画の監督というだけじゃない。アメリカで活躍した映画監督の中でも、5本の指に必ず入る人です。

アル:それまで有名な監督というのは、監督としてすごいから、プロデューサーも一目置いているので大事にされているという感じでした。ウィリアム・ワイラーなんかがそうでしたね。

吉本:そうですね。ウィリアム・ワイラーという、アメリカ最高の巨匠と言われている映画監督がいるんですが、彼なんかは、サミュエル・ゴールドウィンという、これまたすごいプロデューサーと組んで、お互いに気持ちを通じ合わせた上で映画を作った。でも、他の監督はそうはいかない。自分の主張はあまり聞いてもらえないというか、やはりプロデューサーが偉いんですよね。

アル:最近でもそうですよ。編集権まで持っている人は少ない。例えば、サム・ペキンパーが『コンボイ』を撮ったときも、編集権は自分にはないといっていました。

吉本:編集権というのは、観客からすると、大したことじゃないような気がしますが、実は編集が一番創造的なんです。編集でどの映像を使うかということをプロデューサーに決めらてしまうのなら、監督のやりがいなんてなくなってしまう。そういう意味では、アメリカというのは独特のシステムで映画を作っていますよね。

前へ トップへ 次へ