ご利用企業インタビュー

株式会社新潮社

出版翻訳を一括して取り扱う翻訳権統括室

翻訳出版の分野では長い実績を持つ新潮社ですが、実は2005年に翻訳権統括室というセクションができ、それから翻訳出版の流れが少々変わったそうです。

まず、翻訳エージェント等から届く新作の情報はすべて翻訳権統括室に集約されます。ここで情報を精査し、面白そうな作品があれば、そのジャンルを担当する編集部に情報を渡します。ちなみに新潮社で翻訳出版にかかわる主な編集部としては、純文学を扱う「文芸第一編集部」、エンターテインメント系を扱う「文芸第二編集部」及び「新潮文庫編集部」、ノンフィクション系を扱う「ノンフィクション編集部」及び「選書編集部」があります。

各編集部とともに検討し、よさそうな作品はリーディングを依頼し、シノプシスを作成してもらってさらに検討し、翻訳出版することが決まると、翻訳権統括室が翻訳権取得の交渉に入ります。

リーディングは新潮社の場合、実際にその本の翻訳をお願いしたいと思う翻訳者に依頼します。翻訳者選びは翻訳権統括室が行うことが多いのですが、担当の編集部が行うこともあります。リーディングとシノプシスの作成を基本的にはその翻訳者に行ってもらいますが、場合によってはシノプシスの作成をその翻訳者が信頼を置いている別の人物(学習中の弟子等を含む)が担当することもあります。

無事に翻訳権が取れたら、実際に翻訳・編集へと入っていきます。編集は各編集部の編集者が行うことが多いのですが、翻訳権統括室が受け持つ作品もあります。

新作発掘のシステム

翻訳出版する作品を探すルートはいくつかあります。日本の著作権エージェントから届く情報と、年に2、3回の海外ブックフェアへの参加とその海外出張時に同時に行う権利者・出版社巡りで集めてくる情報が、翻訳書を手がける出版社として一般的な情報の入手方法です。これに新潮社で1996年ごろから加わったのが、ニューヨークの専属スカウト会社との契約です。スカウト会社はアメリカで出版される予定の書籍や作家の情報を定期的に送ってくれます。世界中の出版社と契約して情報を提供していますが、各国1社としか契約せず、その出版社の利益になるように、あらゆる情報をいち早く送ってくるのです。著作権エージェントがどちらかといえば著者の利益を考えざるを得ないのに対し、スカウト会社は顧客である出版社の利益を最優先する、その点で違いがあります。新潮社以外にも日本の出版社数社がそれぞれ違うスカウト会社と契約をして情報収集にあたっています。

一方、翻訳者からの企画持ち込みについてですが、新潮社ではそのような申し出があれば、自身の翻訳歴とシノプシスをメールで送ってもらい、検討した結果、出版の可能性があるものに関しては連絡を入れる、という対応を取っているそうです。ただ、現実的には企画持ち込みで出版にたどり着くのは非常に難しいとのこと。先に説明したルートで入ってくる情報は、たいていが本国での出版前の段階で行われますので、面白い作品に関しては実際に出版された頃にはすでに翻訳権の取得が終わっているからです。ただ、何らかの理由で翻訳権が取られずに残っている掘り出し物は必ずあるはず。それらを見つけ出せれば企画採用の可能性も出てきます。

新潮社から出版された最近の翻訳書

 現在、新潮社から出版されている翻訳書は年間50点程度。まずフィクションでは1998年に生まれた新潮クレスト・ブックスのシリーズが人気です。世界の優れた豊かな作品を紹介するシリーズで、無名の新人作家を数多く発掘してきたことでも有名です。ノンフィクションでは科学や数学をテーマにした作品に読者の注目が集まっています。また新潮文庫より刊行された以下の2作品を原作とした映画がいずれも2010年7月に公開予定です。

『夜と灯りと』 『夜と灯りと』
クレメンス・マイヤー著
杵渕博樹訳

東西統一後のドイツで「負け組」として生きる人間たちの姿を描き出す12の短編集。世界各国の知られざる作家たちを紹介してきた新潮クレスト・ブックスのシリーズです。

『代替医療のトリック』 『代替医療のトリック』
サイモン・シン&エツァート・エルンスト著
青木薫訳

最近人気のノンフィクション・シリーズ。今回のテーマは代替医療。カイロプラクティックやアロマセラピー、指圧等を科学的かつ客観的に評価しています。

『小さな命が呼ぶとき』(上・下) 『小さな命が呼ぶとき』(上・下)
ジータ・アナンド著
戸田裕之訳

不治の病に冒された子供を救うため、自ら製薬会社を立ち上げ、新薬開発に乗り出した父親の物語。感動のヒューマン・ドラマです。

『レポメン』 『レポメン』
エリック・ガルシア著
土屋晃訳

近未来の世界では人工臓器をローンで買い、支払が滞れば取り立て屋が手荒い手段で臓器を回収に来る。ハードボイルドタッチのSF作品です。

スタッフからひとこと “うっかり”は許されるが、手抜きは絶対にダメ

まず、文芸翻訳者を目指して学習中の方へ。出版部翻訳権統括室室長若井孝太さん新聞は読んだ方がいいと思います。新聞記事は簡潔にわかりやすく書かなければいけません。何百万という人が読んでわかる記事はどのように書けばいいか、上司に叱られながらも一応の訓練を受けた、あるいは受けつつある人が書いているわけです。そのような文章を読むのは訓練になると思います。また、翻訳者はどのようなジャンルを訳すにしても幅広い知識が必要になりますので、一般教養を身につける意味でも新聞を読むことには意義があると思います。

それから、日本の古典作品も押さえてほしいところです。語彙や表現の引き出しをいっぱい持っている翻訳者は圧倒的に強いからです。日本語はとても豊かな言語であり、語彙を使いこなせれば、編集者からすると、ああこの人は日本語を知っている、と高評価につながります。ですから翻訳書だけでなく、永井荷風や内田百閒なども読んでほしいです。それがニューヨークの警察小説に生かせるのかと聞かれたら、私はためらわず「生かせる」と答えます。必ず生きてくると思うのです。

とにかくマメになってほしいと思います。インターネットという文明の利器を手に入れた現代の翻訳者は、調べられることは最後まで調べてほしい。編集者が検索したらすぐにわかることを、まったく調べてこない人がたまにいます。うっかり数行とばして訳してきても、それは指摘されて補えばすむだけのこと。でも調べものをしているかどうかは仕事に対する翻訳者の態度の現れです。ですから徹底して粘り強く調べてほしい。そのうえでわからないことは、わからないと返していただいて問題ありません。

いまは出版点数が減っている時代ですので、新人がデビューするのはなかなか難しいと思います。ただ、先生が下訳を頼んだ生徒さんがいたとして、最終的には先生が手を加えていても、やはり下訳が良かったか悪かったかはわかります。良い下訳をしてくれた人の名前は編集者も覚えるものなのです。また、他社の翻訳本も読める範囲でなるべく多く読んでいますから、気になる翻訳者の名前は頭に残ります。そうしたところで何度か同じ名前に遭遇したら、依頼の可能性は出てきます。

編集者の目に留まるためには、易しそうに思える仕事にも手を抜かずに取り組むことです。野球の練習と同じです。キャッチボールをしっかりやって、ノックを受けて、バント練習もやる。最初は代打か守備固めから。レギュラーになるのはずっと先。ましてや、エースや四番打者を狙うのはさらにその先。とにかく最初はひたすら基礎体力をつけ技術を磨くことに専念してください。