アメリア会員インタビュー



希望の職に就くものの何か違う。再び原点に戻りフランス留学へ

坂田:大学ではフランス文学について学び、卒業後はどうされましたか?

ヘレンハルメ:希望していたホテル業界に就職しました。いわゆるコンシェルジュです。接客は好きですし、ホスピタリティーというものにとても興味があったので、希望どおりの職場だったのですが、実際やってみて、実は根が内向的な性格なので、つねに接客しなければならないという状況がストレスになっていることに気付きました。また、仕事で何かを成し遂げたという目に見える成果物が欲しいという思いも強くなり、そのうえ体を壊したこともあって、悩みましたが、方向を変えたほうがいいのではないかという結論に達しました。
 そんなことで、一時期自分が何をしたいのかわからなくなってしまったのですが、大学時代にあれほど好きだったフランス語と文学をもう少し究めてみれば、次の進路が見えてくるのではないか、と、藁にもすがるような気持ちといったら大げさですが、そんな思いで、しばらくフランスに留学することにしました。翻訳という職業を意識しだしたのは、この留学中のことだと思います。私はやはり言語と文学が好きなんだ、ということを再発見したので。当初は数カ月のつもりだったのが、もっと学びたくなり、結果的に2年半の滞在になりました。

坂田:スウェーデン語とは、いつ出会ったのでしょう?

ヘレンハルメ:フランス留学中です。最初に通ったフランス語学校に、北欧、とくにスウェーデンからの留学生がたくさんいたのです。実は、そのうちのひとりが現在の夫なんです。フランス人の中にいると、なんというか、少々無理して自己主張しなければならなかったのですが、スウェーデン人と話していると、とても楽でした。文化的に日本人と似ているような気がしたものですが、住んでみると実際けっこう似ていると思います。そして、スウェーデンを何度か訪れるうちにさらに興味が湧き、もちろん、つきあっている相手の母語だからという理由もあって、スウェーデン語を勉強しはじめました。さらに、フランス語に訳されているスウェーデン人作家の本をいろいろ読んでみると、とっても面白かったのです。当時はまずフランス語の翻訳者として仕事を始めることが目標でしたが、スウェーデン文学に触れたことで、将来いずれはスウェーデン語の翻訳ができたらいいな、と漠然と思い描くようになりました。

坂田:なるほど。フランスではフランス文学を学び、またスウェーデン語とも出会い、その後はどうしましたか?

ヘレンハルメ:フランス留学を終えて日本に帰国し、やがて英語・フランス語の翻訳の仕事を始めました。夫も仕事を見つけて日本に移り住んでくれたので、そのまま日本に住みつづけてもよかったのですが、フリーの翻訳者なら仕事はどこでもできますし、公平を期して(?!)夫の国にも住んでみたほうがいいのではないかと思ったのと、やはりスウェーデン語をもっと本格的に習得したいという気持ちがあったので、スウェーデンに移り住むことにしました。そして、今に至る、というわけです。

坂田:日本での翻訳の仕事は、どのような内容でしたか?

ヘレンハルメ:帰国してから2年ほどは、渉外法律事務所に勤めて翻訳や弁護士のアシスタント業務などをしていました。主に法律文書や企業の年次報告書などの英日翻訳ですが、ときどき日英翻訳もありました。気がつけば、いつのまにかフランスのクライアントが私の担当になっていて(笑)、思いがけずフランス語からの法律翻訳も少しやらせていただきました。その後、フリーになって実務翻訳をしながら、リーディングをしたり、トライアルを受けたりして、出版翻訳のチャンスを狙いました。スウェーデンに引っ越す直前に、フランス語からの書籍翻訳を1冊やりました(出版はもっとあとでしたが)

坂田:初めての訳書ですね。どのような本でしたか? 訳すことになったきっかけは?

ヘレンハルメ:訳書名は、『色彩--色材の文化史』(フランソワ・ドラマール&ベルナール・ギノー著 創元社刊)で、絵具や染料など、色をつける材料に焦点を当てて文化史をつづった本です。きっかけはアメリアの「会員プロフィール検索」経由でご連絡をいただいて受けたトライアルでした。出版物の翻訳を多く手がけている翻訳会社リベルさんが募集していた書籍の英日翻訳の案件でしたが、残念ながら不合格でした。しかし、いい線まではいったらしく、さらにフランス語ができることを目に留めていただき、別のフランス語の案件を紹介されました。それがこの作品です。
  翻訳作業中は調べものがとにかく大変でした。私にとってはまったく新しい分野で、化学の教科書を引っ張り出して復習したのを覚えています。細かい点にのめり込み、夢中になりすぎて寝食を忘れたりもして、周囲に心配をかけました。こんなことではこの仕事を長く続けられないと思い、ペース配分やワーク・ライフ・バランスについても考える機会になりました。いまだに試行錯誤中ではありますが……。図版がとても美しい本で、訳していてとても興味深く、楽しかったことも事実です。もともと美術鑑賞は好きだったのですが、この本のおかげで絵画や織物を見る目が変わり、さらに楽しめるようになりました。

坂田:翻訳の勉強をしたことはあったのですか?

ヘレンハルメ:はい。日本に帰国してからフェロー・アカデミーの文芸翻訳講座に通いました。あまり真面目な生徒ではなかったのですが……、先生方のアドバイスはいまでもとても役に立っています。とくに印象的だったのが、翻訳基礎でお世話になった那波かおり先生が「基礎科のうちはたくさん冒険していろんな表現を試してみてほしい」とおっしゃったことと、その後進んだ講座で越前敏弥先生が「原文からなにかを引くことも、なにかを足すこともするべきではない」「いろいろ冒険したうえで、結局は“直訳”に立ち戻る」と教えてくださったことです。冒険と抑制のバランスが大切、と私は理解して気をつけるようにしてきました。
 それから、環境問題に関心があるので、環境問題に関する英文を翻訳するメーリングリスト形式の勉強会にも参加していました。これがご縁で、環境に関する書籍の下訳も何度かさせていただきました。