アメリア会員インタビュー



スウェーデンはじめ北欧文学をもっともっと紹介したい!

坂田:スウェーデンに移られてからたくさんスウェーデン語の作品を翻訳なさっていますが、仕事はいつ頃から、どのように始められたのですか?

ヘレンハルメ:スウェーデン語の大学入学資格を得るまで、つまり勉強が一段落するまでは、学業を優先していたので、英語やフランス語の下訳やリーディングを主にしていました。日本の会社とのやりとりはメールやインターネットでできましたので、海外在住であることのデメリットはありませんでした。
 勉強が一段落するとほぼ同時に、スウェーデン語の小説を翻訳しないかというお話をいただいたので、それからはスウェーデン語の小説の翻訳やリーディングが主な仕事内容になっています。このときに訳した本は『制裁』(アンデシュ・ルースルンド/ベリエ・ヘルストレム著 武田ランダムハウスジャパン 2007年刊)です。他には、フランス語の本を一冊訳したほか、下訳や実務翻訳も行っています。やりとりは基本的にすべてメール、たまに電話という形ですむので助かっています。唯一、大変なのはゲラのやりとりですが、PDFで送っていただいたり、スキャンしていただいたりとご協力いただいて、なんとかなっています。時間に余裕があれば、郵便や国際宅配便で紙のゲラをやりとりすることもありますが、データでやりとりするケースがほとんどですね。そのほうが早いので。

坂田:スウェーデン語の小説を翻訳してほしいというお話は、どういうきっかけで?

ヘレンハルメ:アメリア経由で最初に書籍翻訳のお仕事をした翻訳会社リベルを通じて、ランダムハウス講談社(現武田ランダムハウスジャパン)と早川書房の翻訳の仕事を依頼されました。早川書房さんからは最初にフランス語の訳書を一冊出したのですが、そのあとリベルさんとご挨拶にうかがった際、スウェーデンでベストセラーになったとても面白い作品がある、という形で、ちらりとミレニアムシリーズの話をさせていただきました。もうこの頃には版権取得に向けて動いていらしたのだと思います。実際に版権を取得されたのち、翻訳のお話をいただきました。後でうかがったところによれば、スウェーデン在住で現地の様子がよくわかるという点がプラス材料だったそうです。確かに、スウェーデンの現代史が絡む壮大なストーリーで、スウェーデンにいることでリサーチしやすい面もありましたし、また日本での刊行とスウェーデンでの映画公開が同時期だったので、そのようすをリアルタイムで報告できたことも良かったと思います。
 ミレニアムシリーズは三部作で、なるべく間を空けずに刊行なさりたいということだったのですが、三作ともかなりのボリュームがあり、私一人の翻訳では時間的に厳しく、リベルさんのアイデアで、共訳として岩澤雅利さんと山田美明さんにご協力いただき、時間差でフランス語からざっと訳してもらいました。私がそれをスウェーデン語版と照らし合わせて修正・リライトするという形をとりました。それでも時間的にはかなりきつかったというのが正直なところです。

坂田:ミレニアムシリーズは日本でも『ミステリが読みたい2010年度版』第1位をはじめ、ミステリーランキングの上位に入っていました。訳者から読みどころを教えていただけますか。

ヘレンハルメ:そうですね。読みどころは数多く登場する人物たちのキャラクター造型でしょうか。どの人物も興味深い、立体感のあるキャラクターで、日本語版でもその雰囲気が伝わるよう、いわば「キャラが立つ」ように努力したつもりです。会話の言葉遣いはとくに気を遣いました。先に申し上げたとおりスウェーデン語には日本語のような敬語表現がほとんどなく、また男女の言葉の差もあまりないので、だれがだれに敬語を使うか、など、日本語にする際には注意が必要です。登場人物の年齢や地位、性格、親しさなどの表を作ったりもしました。
 とくに悩まされたのは主人公リスベットの言葉遣いです。かなり個性的なキャラクターで、そもそも日本語版では敬語を使わせるべきか否か、女性言葉ではなくもっと中性的な言葉遣いにしたほうがいいのではないか等、いろいろと悩みました。結局、読者にはリスベットに感情移入してほしいし、必要以上に下品にはしたくない、理知的で他人から距離を置く性格であることを強調したい、という考えで、敬語も女性的な言葉も必要に応じて使うことにしたのですが、もしかしたら他にもっとやりようがあったのではないか、といまでも考えることがあります。

坂田:いちばん最近訳された本は何ですか?

ヘレンハルメ:今年(2011年)の1月初旬に『死刑囚』(アンデシュ・ルースルンド/ベリエ・ヘルストレム著 武田ランダムハウスジャパン 2011年刊)という作品が刊行されました。『制裁』と同じシリーズの3作目です。スウェーデンには死刑制度がないのですが、この作品はアメリカの死刑制度を絡めて、死刑とは何か、死刑囚やその家族、被害者の遺族、看守など、関係者にとってどんな意味をもつのか、という問題に迫った社会派サスペンスです。日本には死刑制度がありますが、最近は裁判員制度との関連もあって、死刑のもつ意味があらためてクローズアップされているのではないでしょうか。そういう意味でも、なかなか興味深いと思います。もちろん、サスペンスとしても、ひねりのある作品になっています。

坂田:最後に、今後の夢や目標があれば教えてください。

ヘレンハルメ:たくさんあります! まずは今後もコンスタントにお仕事を続け、スウェーデンの作品をもっと紹介すること。いままで訳してきたのは犯罪小説が多いのですが、純文学的な作品やノンフィクションにも紹介したい作品があるので、それらの翻訳も実現していきたいです。
 そのほかの目標としては、大学でのスウェーデン語の勉強を終えることでしょうか。ほんとうは大学卒業程度まで勉強を終えてから翻訳の仕事をしようと思っていたのが、先にお仕事のチャンスをいただいてしまい、順番が逆になってしまいました。
 あとは漠然としていますが、方向性のひとつとして、デンマーク語やノルウェー語なども含めて北欧の作品をもっと紹介できたらいいな、という思いもあります。これは私一人の力でできることではないので、北欧諸語のほかの翻訳者さんたちと協力しながらやっていけたら、と思っているところです。やりたいことはたくさんあるのですが、無理のないようにやっていきたいです。

坂田:私たちの知らない北欧文化を文学作品を通して触れられること、楽しみにしています!今日はありがとうございました。

スウェーデンと聞くと……ヴァイキングの国? これじゃあ日本が侍の国と言われるのと同じですね。情報社会になってもまだまだ身近に感じられない国は世界中にたくさんあります。文学作品はそれを自然なかたちで紹介してくれるもの。今回のインタビューを通して、翻訳の本来の使命を思い出した気がしました。世界中の作品がもっとたくさん日本語に翻訳されますように!