アメリア会員インタビュー

山根 克之さん

山根 克之さん

翻訳学校の講師を務めながらドキュメンタリーを訳す

プロフィール

旅行会社で学生向け海外語学研修の企画や手配を務めた後、30歳手前でキャリアチェンジを考え、翻訳学校に入学。デビュー後しばらくはサッカー、プロレスなどのスポーツ番組を担当。現在はディスカバリーチャンネル、ナショナルジオグラフィックTVなどのドキュメンタリーを訳すことが多い。翻訳学習者のための英文解釈講座で長年教えてきた経験によって培われた「説明する力」が翻訳にも役立っている。ジャンルにあまりこだわりはないが、スポーツを通じての感動が伝わる作品や、かつて放送されていた『CBSドキュメント』のような社会派の作品となるべく関わっていきたい。

ボイスオーバーが仕事の中心

加賀山 :今日は東京で映像翻訳をしておられる山根克之(やまね よしゆき)さんにお話をうかがいます。プロフィールを拝見すると、2000年からもう20年以上、映像翻訳者、講師として活動されています。映像翻訳のほうは、これまでに何作くらい訳されましたか?

山根 :数えたことはありませんが、映像翻訳者のなかでは少ないほうだと思います。ペース的には、放送枠60分、実尺45分ぐらいのドキュメンタリーが多くて、それをだいたい2〜3週間で訳しています。翻訳料と講師料を合わせた収入で生活している感じですね。

加賀山 :すると月に2〜3本、年間20〜30本程度ですか。

山根 :多くてそのくらいですね。ほかに並行してやれるものがあれば入れるときもありますが、逆に2〜3週間、学校の授業しかやっていないときもありますので。1年のうち30週間は、週3日ぐらいの授業をやっています。

加賀山 :プロフィールに「英語講師」と書かれているのは、翻訳学校で映像翻訳とは別に英語を教えておられるということでしょうか?

山根 :そうです。翻訳のコースもいくつか担当しているんですが、同じ学校で、映像翻訳をするまえに英語の原文をちゃんと読めるようにしようというコースがありまして、それを受け持っています。字幕や吹替の原稿を作るのではなく、新聞の社説などを訳すようなコースです。なので、翻訳の先生と名乗るのはちょっとおこがましいという気持ちが「英語講師」のところに表れているわけです(笑)。

癒しは猫カレンダー

加賀山 :いえいえ。映像翻訳の実績のなかで種類として多いのは何でしょう。スポーツ関係が多いような気もします。

山根 :キャリアの前半はわりとスポーツが多かったんです。デビューしたころは、いまはもう日本で放送していませんが、プロレスの字幕をつけていました。

加賀山 :プロレス!

山根 :J SPORTSでやっていたアメリカのプロレス番組でした。それが運よくレギュラーだったので、最初の6年間はつねにその仕事が入ってきて、それに講師をやっていると、ほかのことは何もできないような状態でした。
 その後、講師をしている学校が翻訳の仕事の斡旋もしていますので、そこから少しずつ仕事をもらえるようになりました。いま多いのは、ディスカバリーチャンネルやナショナルジオグラフィックTVなどのドキュメンタリー番組で、それが仕事の9割以上を占めています。ジャンルで言うと、戦争ものが多いです。ひと口に戦争ものといっても、第二次世界大戦中のある作戦を扱っていたり、おもに兵器の仕組みを解説するようなものもあったりして、いろいろですが。

加賀山 :兵器や軍用機、潜水艦などを特集した番組や、アメリカ軍やロシア軍の潜入ルポのような番組も訳されていますね。

山根 :「軍事関係が得意です」と手をあげた記憶はまったくないんですが(笑)、10年ほどまえにたまたま戦争ものを訳したときに、気に入ってもらえたんだと思います。おそらく映像翻訳者でこの分野を得意とする人があまりいなくて、いつの間にか「山根さんは戦争ものができる」という位置づけになったみたいで、4〜5年前からは戦争ものになるとご指名がかかることが増えました。

加賀山 :お勤めの学校以外からも仕事は入ってくるのですか?

山根 :はい。スポーツ関係のメディアから翻訳の仕事を受けることもあります。有名なサッカー選手やサッカークラブの経営者に関するドキュメンタリーなどを訳しました。

加賀山 :字幕と吹替ではどちらが多いのでしょう?

山根 :圧倒的に吹替、ボイスオーバーですね。戦争ものが増えるまえは、アメリカの政府機関や大手IT企業の内部を探るようなドキュメンタリーの字幕の仕事もあったんですが、いつの間にか「ボイスオーバーの人」になっていました(笑)。

加賀山 :字幕と吹替のどちらが好きですか?

山根 :どちらというのはとくにありませんね。それぞれにおもしろさがあると思いますので、個人的にバランスよくやりたいという希望はあります。戦争、ボイスオーバーみたいにジャンルや手法を固定されると、この先に不安を覚えます(笑)。

加賀山 :たしかに分野は広げておいたほうがよさそうですね。実績のなかには「チーム翻訳」と書かれているものもありますが、これはどういう形態ですか?

山根 :たとえば45分の番組があるとして、ひとりでやるには納期が短すぎるというときに、3人で15分ずつ分担し、ひとりなら10日かかるところを4日ぐらいで仕上げるようなやり方です。

加賀山 :お互い相談もするのですか?

山根 :します。訳語の統一や話し方のトーンをGoogleドキュメントなどでシェアして、そのまま納品するときもあれば、互いにチェックをして、出てきた意見をもとに書き直して納品することもあります。

加賀山 :そのときのメンバーは翻訳会社さんが決めるわけですか?

山根 :そうです。最初の15分をAさん、次をBさん……というふうに決められて依頼されます。

加賀山 :メンバーは毎回変わりますか?

山根 :番組にもよりますが、たとえばぼくが仕事をしているスポーツ関係のメディアですと、メーリングリストが「いつもの人たち」ということがありますね。

出会えてよかったと思う作品

加賀山 :実績を直近のものからたどっていきますと、戦争だけでなく建築関係の番組もあります。

山根 :巨大な建造物を作るときにどんな工夫がされているのかというような番組でした。ぼくが担当したエピソードの1つは、歴史ある発電所の跡を巨大なショッピングモールと住宅施設に建て替える工事でしたが、ほかにもトンネル工事とか、タンカーの建造などがあります。

加賀山 :おもしろそうですね。人間の五感に関する番組のボイスオーバーも作られています。これは生物学のような内容ですか?

山根 :そうですね。人間の能力がどこまで開発されているのか、たとえば視力を失った人が機械とかを使ってどこまでものを認識できるようになるのかといったテーマですが、五感それぞれを取り上げた全5話のうち視覚と嗅覚を担当しました。
 科学関係では、自転車で転んだり、柵に足を引っかけて転んだりするような馬鹿げた失態について、物理学の法則から解説するような番組もありました。

加賀山 :戦争以外にもたくさん訳しておられます(笑)。

山根 :巨大建造物シリーズのもうひとつは軍用ホバークラフトでしたけど(笑)。

加賀山 :奇術師のフーディーニに関する番組もありますね。

山根 :それはフーディーニのマジックを現代のマジシャンが再現してみるという企画でした。

加賀山 :見てみたい! AI(人工知能)に関するものもありますから、最近のお仕事は科学関係が多いようですね。去年の実績を見ると、サッカー関係がいくつかと、ビジネスの起業関係の番組もあります。

山根 :それはちょうどコロナ禍でアメリカがたいへんだった時期で、経営がむずかしくなっている店にアイデアを出して再生させるリアリティショーのような番組でした。日本でいうと、昔放送していた『愛の貧乏脱出大作戦』のような。

加賀山 :ヒトラーと女スパイの話もあります。

山根 :それはバリバリの戦争ものです。何をもってバリバリと言うかにもよりますが。

加賀山 :ちょっとほかとは違う実績かなと思ったのが、Netflix配信の『フリント・タウン』のボイスオーバーです。これはドキュメンタリー映画ですよね。

山根 :そうです。ミシガン州のフリントという町は全米でもトップ10に入るくらい治安が悪いらしいんですが、そこの警察の物語です。別にもう1本、『ファイアーチェイサー:森林災害最前線』というカリフォルニア州の消防士の活躍を描くドキュメンタリー映画もありました。

加賀山 :これまでのお仕事のなかで、とくに印象に残っているものはありますか?

山根 :とくにタイトル1本はあげられませんが、印象に残っている仕事はいくつかあって、たとえば、広島の原爆のドキュメンタリーのボイスオーバーを作りました。「尺合わせ」といって、自分で作ったセリフを映像に合わせていくんですが、ある場面で、アメリカ生活が長い日本人の被爆者が英語で涙ながらに語っていて、そこにセリフを合わせていくと、自分で作ったセリフなんですが、感情が入って、読みながら泣けてきました。そんなふうに、翻訳でこの作品に出会えてよかったなと思ったことは何度かありますね。

講師業の関係で文法や英語学習法関連の本が増えます

加賀山 :小説だと文字から情景を想像しますが、映像だと目のまえに本人がいますから、とてもリアルに感じられるでしょうね。

山根 :本人の声のトーンや、表情に合わせて訳しますからね。

加賀山 :いま現在の仕事は何ですか?

山根 :いまはあるドキュメンタリーの宣伝用といいますか、そのドキュメンタリーに関連した4〜5分のPR映像を訳しています。

翻訳学校で早々と仕事を獲得

加賀山 :経歴についてうかがいます。映像翻訳の道に入られたのはどういうきっかけでしたか?

山根 :大学は英語科で、高校の英語の教師になりたかったんですね。教育実習もやって中学高校の教員免許も取りましたが、非常勤で1年教えているうちに、ちょっと違うなという気がしてきたんです。在学中にちゃんと就職活動もしませんでしたから、なんか社会からあぶれてしまいました(笑)。
 その後、旅行会社で働いて海外語学研修の企画や手配をしているうちに30手前になりまして、改めて将来のことを考えると、子供のころなりたかったのは通訳だったなと思い出しました。中学ぐらいから、英語を使う仕事以外では社会でやっていけないなと感じてたんですね(笑)。
 とはいえ、会議とかで自分が通訳しているところはイメージできなくて、では翻訳はどうだろうと。ただ、文芸翻訳をやるほどには本を読んできていないという自覚もありました。当時、「映像翻訳」ということばはいまほどメジャーではありませんでした。

加賀山 :20年前ですからね。

山根 :そのときたまたま、いま講師を務めている学校の存在を知りまして、映像翻訳ってなんだろうと思いました。頭に浮かぶのは、劇場の映画の字幕を作っている人のイメージでしたが、説明を聞いてみると、これからCSの番組などでいろいろ活躍の場がありますよということでした。
 振り返ってみると、地上波で深夜に放送していた『60ミニッツ』というドキュメンタリー番組が好きでした。あれも映像翻訳なら、映画の字幕よりチャンスがあるかなと思って、その学校で勉強することにしたんです。

加賀山 :それがいつごろですか?

山根 :1999年です。

加賀山 :そこから2000年にデビューされるまで、すごく短かったのですね。

山根 :そうですね。その学校には総合コースのあと実践コースがあって、トライアルを受けてデビューというのが通常の進み方でした。1999年に総合コースで学んだときに、英語にはそれなりに自信があったんですが、実践コースに進むにはちょっと実力が足りないような気がして、基本の英語を学ぶコースに移りました。ところが、総合コースの修了時に「自己PRシート」というものを提出することになっていて、こういうジャンルの仕事がしたい、いまこのくらい時間がある、といったことを知らせるんですね。それを見たかたから、なぜか仕事が来ちゃったんです(笑)。「離職しているのでいま時間あります」と書いたからかもしれませんが(笑)。

加賀山 :いやいや、時間があるだけでは仕事は来ませんよ。

山根 :学校の名誉のために言っておきますが、これは20年以上も前のことで、今の学校のシステムであれば、こんなことは絶対にないはずです。とにかくそうして、英語のコースに通いながら実際の仕事が始まったんですね。最初の仕事は、女性アスリートを取り上げるウィークリーの番組の1エピソードでしたが、調べ物がたいへんで、調べ方もよくわかっていませんでしたし、苦労しました。
 さらに、自己PRシートにスポーツ関係が得意と書いたので、「山根さん、いま会社で働いてないんでしょう?」と言われて、スポーツ関係の会社のトライアルを紹介してもらったんです。そこでトライアルを受けたあと、3カ月ぐらいワークテープを借りて練習を繰り返して、プロレスの字幕の仕事が始まりました。

加賀山 :最初はOJTのような感じだったんですね。

山根 :かもしれません。そして英語のコースを修了したあと、代表の面談がありまして(いまだったら代表が直接面談を行うことはないと思いますが)、バックグラウンドを訊かれたので「英語科卒で英語の教員免許を持っています」と話したら、「おっ?」という顔をされたんです(笑)。じつは英語のコースを拡大しようと思っていて、翻訳だけではまだ食べていけないだろうから講師をしないか、というお話でした。それが2000年の途中で、こうしてプロレスの字幕と講師の生活が始まりました。

将来を見すえて、いまから活動

加賀山 :すでに翻訳者として活躍しておられて、学校の講師もされているわけですが、アメリアに入ろうと思ったのはなぜですか?

山根 :1年に30週間は授業があると言いましたが、それでも減らしたんです。アメリアに入るまえは、1年のうち40週間は講義をしていて、残りの8週間も体験レッスンとかプロモーションがあったりして、1年のあいだじゅう学校にかよっているような状態でした。それに翻訳の仕事が加わって、ほぼ1年が埋まってしまいます。
 そういう状態だったのが、2018年にカリキュラムが変わって、授業数が減りました。講師料も減って時間もできたことから、ここまで営業活動をちゃんとしないまま来ているので、まずこういうところに登録してみようかなというのが始まりでした。

加賀山 :なるほど。これからアメリア経由でお仕事が増えそうですね。

山根 :であればうれしいんですが。いまのところ登録しているだけで、仕事をいただいたことはありませんので、このインタビューも何かすみませんという感じで(笑)。

加賀山 :今後のことですが、いまのお話からすると、映像翻訳にもっと時間をかけたいということでしょうか?

山根 :そうですね。授業は授業で楽しいし、やりたいんですけど、ここ2〜3年は添削にすごく時間がかかるようになりました。この感じで歳をとっていくと、いつまで生徒のまえで話すことができるんだという不安がどこかにありますし、たとえば同じような講座をもっと若い人が若い感性でやったほうがいいのかもしれないとも思います。
 いずれにせよ、いつかは講師としての顔が小さくなる。そのときにあわてて翻訳をがんばろうと思っても、できないかもしれないので、いまのうちに翻訳者としての幅を広げておきたいという気持ちはあります。

加賀山 :映像翻訳のなかでも広げたい分野はありますか?

山根 :ドキュメンタリーが好きでこの世界に入りましたので、ドキュメンタリーはやりたいんですが、スポーツをもうちょっと増やしたいですね。経歴上はやっているように見えるかもしれませんが、1年の時間で見るとごく少ないので、もう少しスポーツ関係の仕事をやれないかなと思っています。

加賀山 :とくに好きなスポーツはありますか?

山根 :いちばん好きなのは野球です。いまのところ経歴のなかにはありませんが。どこに転がっているんでしょう(笑)。

加賀山 :野球はアメリカや日本では絶大な人気がありますが、サッカーのように世界的ではありませんからね。
 これから映像翻訳をやりたいかたが、いまのうちにやっておくといいことはありますか?

山根 :映像翻訳をやりたいと思う人は、もともと映画とかドラマが大好きでしょうから、作品をたくさん見ましょうということは言わなくてもいいと思います。
 なので、ひとつはやっぱり英語を勉強しておくことですね。当たりまえすぎですが、それなりに英語に自信があって、「私このくらいできます」というトーンで訳文を提出する人でも、「だったらここは間違えないでよ」というようなミスをすることがある。できているつもりでも、できていないことってけっこうあると思うんです。そこに自分で気づくのはむずかしいのですが、力を固めておくことは大切です。

加賀山 :それは出版翻訳にもそのまま当てはまります。

山根 :あとは、広く浅くアンテナをつねに張っておいて、いろんな知識がなんとなく身についている状態を作っておくことが大事ですね。映像翻訳って、どんな作品に出会うか、どんな仕事がやってくるか、わからないんです。ドキュメンタリーといっても、ジャンルは毎回違います。そのとき調べ物をするにしても、そのジャンルに関する知識が0なのか0.3なのかによって、調べものをする時に浮かんでくる検索ワードも違うと思うんです。広く浅く知識を蓄えておくことによって、1歩目の検索ワードの選び方に差が出てくる。そういう意味で、ふだんからいろんな番組を見たり、いろんな本を読んだりすることが重要ですね。結局は一般論になっちゃいますけど。

加賀山 :英語の勉強にしろ、一般知識の習得にしろ、むずかしいですけどね。出版翻訳だと、自分の好きな翻訳者の訳書と原書を取り寄せて突き合わせながら読むのがいちばん勉強になると私は思いますが、映像翻訳でそういう方法論的なものはありませんか?

山根 :字幕と英語のスクリプトを見比べて、というのはけっこう上級者です。そもそも正しく英語を読めているかどうかということもありますし、それぞれの人のレベルによって違うと思います。もちろん、客観的に深く読み取る力が身についている人であれば、字幕とスクリプトの読み比べは有効だと思います。字幕になる過程でスクリプトから落とされた情報はどれか、なぜ落とされたのか、自分が最初に思い浮かべた訳文とプロが作った字幕はどこがどう違うのかを考えることは勉強になります。

■ 広く浅く知識を蓄えることで検索ワードに差が出るというのは、出版翻訳でも同じですね。たしかにおっしゃるとおりだと思います。これからアメリアを介して映像翻訳の仕事が増えていきますように——スポーツ関係で!

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