【アメリア】伝・近藤のトライアル現場主義!

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今回は、誌上トライアルがあります。詳しくはこちらをご覧ください。

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一般公開版
   翻訳に関するわが社の主な守備範囲は、産業用機器のマニュアルです。業務にはもう一つ大きな柱があって、それはマニュアルの制作なのですが、そこでは一般ユーザー向けの製品も取り扱っています。いずれにせよ、ウチは技術モノがほとんどの骨太系ドキュメント会社です。私なんか、年中作業着の下にワイシャツとネクタイですから。うそですけど。

 といっても、表の看板に「技術モノ専門しかも骨太系」と書いてあるわけではなく、お客様からは色々な仕事のオファーが来ます。レストランのメニューもあれば、芸能人のプロフィールもある。TVショッピングの台本が来たときは狂喜乱舞したし(一度やってみたかったので)、「日本人が動物をいじめるのをやめさせましょう」という海外からのメッセージを日本語にするという仕事もありました。


 この「動物いじめをやめさせよう」なんかは、個人的には言いたいこともあるっちゃーあるんですが、そこはそれ仕事ですから「ここの訳は、ブラディに'殺戮'で行こか。」「そうですね〜その方がスプラッタで、書き手の意図がはっきり伝わりますし」などと、あくまでストイックに訳してクールに納品し、ノワールでユーサク・マツダな気分に浸りきるのでした。

 みなさんがトライアルの課題を前にしたときは、どうですか。守備範囲に入ってますか?外れていることも多いでしょう。守備範囲外の分野に挑戦する場合だってあるでしょう。まったく手も足も出ない分野なら私たちも断りますが、ちょっとがんばればできそうだと思ったら請けます。仕事が欲しいというのも理由のひとつですが、守備範囲を拡げるチャンスでもあるからです。そして、請けた以上は全力で訳し通す。でも、馴染みのない分野の原稿にどうやって取り組むか?

 私は「知ったかぶり」で行きます。これしかない。訳文に「エヘヘ感」を出してはいけない。「エヘヘ、実はこの分野のことよく知らないんですよ」「エヘヘ、付け焼き刃ですが」「エヘヘ、まあ好きなだけ直していただいて結構です」これは、読む人に失礼というものです。もっとも、知ったかぶり方にもコツがありますけど。
 
 
   コツその1は、「95%までは文法だけで解釈できる」と信じて読み解いていくこと。こんな文があるとします。

「核分裂により発生した高速中性子は、減速材を通過して熱中性子になる」

原子核物理を学んだ人以外にはちんぷんかんぷんでしょう。それでも、「AによりBが発生し、それがCを通過することでDになる」という文の骨格は分かるはずです。この、文の骨格(つまり構文)に注目して、原文にアプローチするのです。これは、専門知識がなくても可能です。もっとも、今の例は母国語で書かれた文だから簡単にできたのであって、外国語だとそうはいきません。文を構成する品詞の役割と意味が、直観的には掴めないからです。ではどうするか?

 単語を徹底的に調べる。これが、コツその2です。一目でそれと分かる専門用語はもちろんのこと、ありふれた言葉にも目を行き届かせること。前置詞、冠詞、名詞の単複、時制−おろそかにできるものは1つもありません。徹底して調べることで、どこまでが主語で、動詞が何で、それが目的語にどう作用するか、などといった構文が必ず見えてきます。

 また、すでに意味を知っている言葉ほど調べること。これは構文を知るためにも、また正確な訳語を充てるためにも大切なことです。先程の文の原文を見てみます。

"A fast neutron released from fission will be slowed down to a thermal neutron as it goes through the moderator"

末尾の単語"moderator"、これなら分かりそう。"moderate"は「調節する」だから、「調節するもの」か。たぶん「調節器」だな、いいんじゃない「調節器」。これで行きましょう。ぶっぶー。このコンテキストでは、"moderate"は「減速材」(または「減速体」)と訳さない限り誤訳です。「減速材」の訳語を知るのに専門書をひも解く必要はありません。辞書にも載ってるし、ちょっとWebを検索すればすぐ出てきます。とにかく、調べ倒しましょう。

 トライアルを採点していると、訳した人が原文の内容にどれぐらい馴染みがあるかは、意外によく伝わってきます。さらに、馴染みがなくても文の構造を掴もうとしたかしなかったかも、ビンビン感じるものです。よく出くわすのは、単語の訳を辻褄が合うように並べただけの文。馴染みがないと思ったとたんに、構造を掴まえることを諦めたのでしょうか。残念です。

「うーむ分からん」と思ってから、どこまで粘りを見せるか。ここが、頑張りどころです。プロも、毎日「うーむ分からん」と言いながら、訳してます。そもそも、みんなが分かってることなら、わざわざ翻訳する必要ないわけです。分からなくて当たり前です。そこを、どう知ったかぶるか。それが、翻訳の醍醐味でもあり、翻訳する者の定めでもあります。
 
 
 「知ったかぶり」か。あまりいい響きじゃないな。「知ったかぶり」を返上したけりゃ、頑張ってその分野に精通するしかない。でもね、そうやって1つ「知ったかぶり」を減らしても、次の「知ったかぶり」が待っているんだ。そうやってオレたちゃ成長していくのさ。

 と、うそぶきつつも、今回だけはお客様に読んでほしくないと思う第25回(小心者)、現場からは以上です!
 

2ページ目には誌上トライアルがあります。是非訳してお送りください。



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