【アメリア】みんなで作るインタビュー3・伏見威蕃さん紹介編
 
  みんなで作るインタビュー


 [紹介編]
読み物  
冒険小説やハイテク軍事スリラーの分野の訳書が多い伏見さんの仕事場を訪ねました。
「ありきたりのインタビューではつまらないでしょう」という伏見さんの提案で、今回のテーマは『手料理を食べながらワインを楽しむ夕べ』に決定!
プロ顔負けの腕前というイタリアンをいただきながら、ワインの魔力も加わって、話は大いに盛り上がりました。
料理の写真とともに、翻訳家の素顔がチラリと見え隠れする話をお楽しみ下さい。

第3回 伏見威蕃さん
 
<第3回> 紹介編|インタビュー編 1インタビュー編 2  全3ページ



まず最初に出してくださったのがこの紅茶。ラプサン・スーションという、個性的な香りの中国が産地の紅茶です(銘柄はフォートナム&メイソン)。伏見さんが一冊の本を出してきました。


「『大いなる救い』では主人公がラプサン・スーションのことをこんな風に言っているんですよ」。

飲み物はどう? 断っておかなくてはならないんだが、わたしはラプサン・スーション中毒なんだ。ヘレン(主人公の妻)に言わせると、汚れた靴下の味がするらしいんだけど。(『大いなる救い』ハヤカワ文庫 エリザベス・ジョージ著 吉澤康子訳)

苦味が少なく、とても飲みやすい紅茶です。“汚れた靴下”というのはどうかと思いますが、確かに後に残る匂いではあります。伏見さんは紅茶党で、常に5、6種類の紅茶が揃っており、その日の気分で香りを選んで楽しんでいるということです。作品の中に出てきた紅茶を探して買ってくるということもあるそうです。
 


紅茶を飲み終えたところで本日のメニューが登場。すごい! 本格的なディナーの始まりです。「まずはワインでもいかがですか」というお言葉に甘えて、おすすめワインのリストの中から、イスラエル・カルメルのロスチャイルド(ロートシルト)『エメラルド リースリング』(白)をいただくことに。甘いけれどもしっかりした味、そこが気に入っていつもストックしてあるワインのひとつだそうです。
最初の料理は"まぐろ・たこ・紅鮭のカルパッチョ"。たっぷりのルッコラといっしょにいただきます。ではまず、最初の料理にちなんで、伏見さんの最初の翻訳についてうかがいました。


高校生のころ、同人誌をクラスメート10名ほどで作っていたそうです。「小説や詩など、それぞれ好きな作品を発表していましたが、そのときが活字にしたはじめての翻訳です。ブラッドベリ―の『たんぽぽの酒』の抄訳でした。まだ訳本が刊行されていなかったし、外国文学は原書でも読んでいましたから、自然と翻訳になったわけです」。

 


二品目は"バーニャカウダ"です。アンチョビとニンニクとオリーブオイルのソースが最高。ワインにぴったりの料理です。そしてワインは早くも2本目に。今度はグルジアの白『ツイナンダリ』。これも伏見さんお気に入りの一本ですが、先ほどよりも辛口です。さて、高校生から翻訳をしていたとおっしゃる伏見さん。それでは、その頃から翻訳家になろうと思っていたのでしょうか?「当時は翻訳家という概念はありませんでした。翻訳という仕事は、昔は大学教授や詩人など、別の職業を持っている人たちが主にやっていました。今も、翻訳ごときに『家』という言葉は使いたくありません。物書きになるという予感は最初からあって、本が好きで、ミステリーが好きで、それで行き着いたのが翻訳だったということです」。

 


伏見さんの作るイタリアンはシンプルでありながら味がある。この"ズッキーニのフリット"も、イタリア産の甘みのある塩をふってあるだけな


のですが、それが合っていてとても美味です。それから、料理上手が手際の良さにも表れています。次々と料理を作りながら洗い物もするので、キッチンは常に最初と同じ状態。これは仕事場も同じで、本をはじめ物がたくさん置いてあるのだけれども、すっきりと片付いている。とても几帳面で計画性のある方とお見受けしました。「仕事は朝10時ごろから夜9時ごろまで、用事がない限り毎日しています。ひとつの仕事が終わったら資料をまとめて整理する。片付けといっても、それだけですよ。料理は日頃からよくします。一人で食べるときは、2、3回分作ってストックしておくこともあります。長時間座ったままの仕事ですから、30分ぐらいで完結する料理はいい気分転換なんです」。やはりマメな方のようです。
 


「今日、初めて作ってみました」という“かじきまぐろのロースト トマトソース”。ディルの香りが魚に合っています。料理のレパートリーはどのように増やされるのでしょうか?「料理の本を見たり、新聞の切り抜きのスクラップもありますよ。あとはレストランに食べに行く。そこで美味しい料理があったら、それを真似して作ってみます」。翻訳書に料理が出てきたら、それを作ってみたりするのでしょうか?「そうですね。でも、英米にはあまり美味しい料理がありませんね。料理はやはりラテン系です。ヘミングウェイの短編『二つの心臓の大川』に、川で釣りをして、そば粉でパンケーキを作るという場面があるのですが、それが印象に残っているくらいです」。このあたりでワインは3本目、グルジアの赤『ムクザニ』です。ちなみに、グルジアのワインの話は『シングル・シングル』(集英社 


ジョン・ル・カレ著 田口俊樹訳)に出てきますが、五千年の歴史があります。

 


最後は"ほうれんそうのスパゲッティ"です。パスタは完璧なアルデンテ。もう、かなりお腹が


いっぱいの様子を察知して、あっさりめの味付けにしてくださったようです。そのおかげで、あっという間に平らげてしまいました。最後に、10年以上翻訳教室の講師をしていらっしゃる伏見さんに、翻訳を仕事としていくために必要な資質は何かと、たずねました。「そうですね。本が好きであることではないでしょうか。英語が得意だから翻訳をしたいという方も大勢いらっしゃいますが、英語がちょっとできるというだけでは難しいと思います。だいたい、自分で思っているほどできやしないんですが……。毎日10時間ぐらい机に向かっていないといけないし、リーディングから翻訳、推敲、校正と、同じ本を10回以上読むようなものですからね。好きでないと絶対にできないと思いますよ」。
 


本日のデザートは"洋ナシの赤ワイン煮"でした。この後はバータイムに突入。ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』でアイルランド人が独り占めして飲む場面がある『ブッシュミルズ』というアイリッシュ・ウイスキーをはじめ、ミステリーに登場するお酒の話を聞きながら、夜は更けていきました。

「ブッシュミルズ・アイリッシュ・ウィスキイ。ポットで蒸留」
リーアム・デヴリンが歓声をあげて、その瓶をひったくり取った。「これを一滴でも飲んだら、おれはそいつを撃つぞ」彼が宣言した。「嘘じゃない。これはみんなおれのものだ」
みんなが笑い、シュタイナが手を上げて騒ぎを静めた。


(『鷲は舞い降りた』ハヤカワ文庫 ジャック・ヒギンズ著 菊池光訳)

 
  トップへ インタビュー編 1へ