【アメリア】みんなで作るインタビュー3・伏見威蕃さんインタビュー編1
  みんなで作るインタビュー


 [インタビュー編 1]
読み物  


伏見さんへの質問を送って下さったみなさん、
ありがとうございました!

一つ一つの質問に丁寧に答えていただいた「インタビュー編
」です。


第3回 伏見威蕃さん
 
<第3回> 紹介編|インタビュー編 1|インタビュー編 2  全3ページ

 
主人公の語り口はどうやって決めるのですか?(十四代 さん)

まず、"語り口"という言葉を国語辞典で引いてもらいたいのですが、これは通常、「落語や浄瑠璃などを語るときの調子や態度」という意味になります。二義的には「話しかけるときの調子や態度」という意味です。ですから、この質問の真意がよくわからないのですが、「作家が主人公に一人称で語らせている小説の地の文をどうするか?」ということか、あるいは「作中の主人公の台詞をどうするか?」ということか、あるいはその両方と解釈して答えたいと思います。
一人称の地の文でも台詞でも、ありとあらゆる要素を考慮しなければなりません。その人物の経歴、年齢、受けた教育など、一人の人間の特性のすべてを考えます。次に作品の立場、ジャンルといったものがあります。冒険小説であるのか、PI物であるのか。作品の時代背景もあります。あるいは、本そのものの特色も考えなければならないかも知れません。文庫か、ハードカバーか、出版社はどこか等々。ひとつの時代を超えて長く読みつがれるものなのか、短いはやりのなかで終わってしまうものなのか--そういうことをすべて考えます。ここには書ききれないほどの要素を考えて決めるわけです。


それがひとつひとつの文や単語にもおよびます。たとえば、主人公の人称代名詞ひとつをとっても、「ぼく」にするか、「おれ」にするか、「わたし」にするか、さらにそれを平仮名にするか漢字にするか、たくさんの選択肢があります。
また、全体の字遣いをどうするか。地の文をくだけた話し言葉にするか、など、考えることはいくらでもあります。台詞の場合、その場面での状況も考えます。
全体では「ぼく」を使っていても、怒ったときだけ「おれ」にするかも知れない。
煎じ詰めるなら、こういうおおざっぱな質問には、おおざっぱにしか答えられないということです。ひとつひとつの場面についての質問であれば、具体的に説明できますが、たとえばひとつの作品でも、それぞれの場面によって異なります。状況をひとつひとつ綿密に勘案しなければならないのです。しかも、解釈や手法は訳者によってちがいます。おなじ作品でも、まったくちがう訳になることがありうる。漠然としたいいかたですが、最終的にはなにもかもが訳者と主人公のキャラクターのぶつかりあいによって決まる、というのが結論です。

 
軍事ものには専門用語、兵士達が使う独特の言い回し、戦闘員の心情などの幅広い知識が必要だと思いますが、どのように訳されているのでしょうか? (お父さん さん)

まず、どのように訳されているのか? という意味がわかりません。どういうレファレンスをどう使っているかということか。それとも翻訳の手順という意味なのか。
軍事ものとはなんでしょうか? ハイテク軍事スリラーのことか。それとも軍事ノンフィクションのことか。このふたつだけとっても、似ているようで、まったくちがいます。
このジャンルに幅広い知識が必要だといいますが、プロ野球の選手が、野球のポジションでどこが一番難しいかときかれたら、どう答えるでしょう。要するに、特徴のちがいはあるでしょうが、どのポジションもそれぞれ難しい。翻訳も同じで、ジャンルごとに、それぞれの難しさがあります。「軍事もの(?!)」だけが難しいわけではありません。
また翻訳そのものが、一から十まで調べものによって成り立っています。英和辞典・英英辞典で単語を逐一調べることにはじまり、さらには国語辞典その他の辞書を使う。その積み重ねです。ですから、幅広い知識はたしかに必要ではありますが、ひとりの人間の知識などだかが知れている。だから、よりいっそう深く広く調べなければならない。"最初から知っている"のではなくて、"調べる"というのが翻訳の作業です。知識が最初からあるのではなくて、その作業を通じて知識を得るわけです。


くどいようですが、まずは単純なことから調べていかなければならない。自分では知っていると思っているかもしれないけれども、じつは知らないことがたくさんある。例えばshoulderというのは、どこからどこまでの部分をいうのか。辞書を見ればわかることなので詳述しませんが、日本語の"肩"と英語の"shoulder"とはイコールではない。こんな一見易しそうなことも、すべて調べなければいけない。ですから、軍事ものの専門用語だけが難しいわけではないのです。
例えば、化粧道具のことが出てきたとすれば、女性のほうが詳しいこともあるでしょう。そんなふうに、自分が知らないことがあれば調べなければならない。調べものの多寡、物事による得手不得手はあるかもしれませんが、調べなければならないという意味では、どの分野でも変わりません。
ハイテク軍事スリラーの場合は、その分野に非常に詳しい読者が多いので、専門用語などを訳すときに些細な間違いも許されないということはあるかも知れません。訳者も彼らとおなじ程度の知識を持っていなければならない。ただ、マニアの多い分野なので、緻密な資料がわりあい容易に手にはいるため、調べようと思えばたいがいなんとかなるものです。

 
訳していて、自分なら違うストーリー展開にするのにな、などと思った事はありますか?(kaz さん)

仕事でやっているわけですから、そういうふうに考えることはありません。訳しているときには、筋立てはあまり意識しません。長い作品の場合に全体として冗長すぎると感じることはありますが、ストーリーについてそういうふう


に思うのは読者的な心理です。読者ならあまり面白くないと感じた時点で読むのをやめられる。でも、仕事はそうはいかないのだから、考えるだけむだでしょう(笑)。

 
ご自身の訳書の中で一番気に入っている作品は? またその理由は? (tacto さん)

ロバート・ゴダードの『永遠に去りぬ』(東京創元社刊)です。これは、かなり力をこめ、時間をかけて訳しました。この作品を訳すために、何百もの言葉をあらたに頭のなかにインプットしました。一例として、新潮国語辞典(現代語・古語)をだいたい3分の1ぐらい読んで、単語をカードに抜き書きしました。ほかにも何冊か、そういう作業に使った辞書や小説があります。
訳していて日本語を組み立てるのは、おおざっぱにいうと漢語とやまとことばの順列組み合わせのモザイクをこしらえる作業です。もちろん、それ以外の要素も多いですが、とにかく組み合わせを作るためには、まず頭のなかに言葉がなければならない。できるだけぴったりとモザイクにはまる言葉を見つけたい。言葉の在庫を増やすには、辞書を読むのがいちばんいい。


この言葉をインプットする作業は、いつも意識して、また無意識にやっていることで、だれでもひとそれぞれにやっている作業です。ただ、わざわざここで述べたのは、ことにこの作品のための語彙を集めたからです。作品を読んでいただければ、その成果がわかると思います。難しい言葉や漢字が出てくるように思うかもしれませんが、例えば「揺曳する」など、2、30年前の小説にはふつうに出てきた言葉です。また、辞書にない言葉、出典のない言葉は、ひとつも使っていません。また、音読した場合に誤解のすくないように、同音語の多い漢語は、できるだけ避けました。

 
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