【アメリア】気になる英訳研究所

翻訳の仕事獲得とスキルアップを応援する有料の会員制サービス
翻訳者ネットワーク「アメリア」

情報コラム
気になる英訳研究所

日本語
駅構内または車内等で不審なものを発見した場合は、直ちにお近くの駅係員または乗務員にお知らせください。

英語
Please inform the station staff or train crew immediately if you notice any suspicious unclaimed objects or persons in the station or on the train.

不審な表現〜電車で発見する「引き取り手のない遺体」


*研究員:ベテラン翻訳者  助手:おかしな英訳のパトロールをしているその弟子
助手 今回の例文は、首都圏の某地下鉄の車内掲示に書かれている英語です。一見して丁寧にしっかり書かれた英文みたいですけど、なんとなくおかしいところがあるような。
研究員 うん、あるね。
助手 たとえば、「不審なもの」がsuspicious, unclaimed objects or personsとなっていますが、このpersonsは必要でしょうか。
研究員 原文の意味をそのまま忠実に訳すとすれば不要だね。英文に直す段階で「不審な人物」のことも書くべきだと独自の情報を付け加える判断を下したなら話は別だけど。
助手 原文筆者の意図として、「不審なもの」の「もの」が、「物」と「者」をかけているとは考えられませんか。
研究員 いや〜、それは無理があるな。「物」と「者」を合わせた総称表現として「もの」を使うことはできないよ。そもそも「物」と「者」では使う文脈が違うしね。「〜な物」と違って、「〜な者」という言い方には、対象を上から見るような偏向がある。謙遜表現として自分を指す場合を別とすれば、王様の目線で民衆を見たり、警察の目線で犯罪者を見たりする感覚。だから、この場合は不自然だと思う。
助手 確かに「不審な者」というのは何か偉そうな感じがしますね。
研究員 人を不審であると言っていることに違いはなくても、それを上から見る立場で書くことはない。「不審者」にすると「な」がないだけで表現者の目線が下がる。だいたい、実際に「〜なもの」が「物」と「者」の両方の意味を兼ねている例なんてまず見ないよ。
助手 なるほど。では、「不審なもの」が人間の意味を含んでいるという解釈はナシということですね。
研究員 うん。それはナシ。
助手 では、仮に「不審人物」の意味を加えたとして、その場合の英語はsuspicious, unclaimed personsでいいんでしょうか。辞書を引いたらunclaimed bodyで「引き取り手のない遺体」と書いてありますけど。
研究員 そう。人間が「請求する」ことを意味するclaimの目的語になったらそれは物体扱い、すなわち「意思のない身体=遺体」になる。だから、unclaimedで形容したらbodyやpersonは「引き取り手がいない遺体」のことになってしまうんだ。
助手 日本語でいうと身元不明の「無縁仏」でしょうか。
研究員 いや。身元不明の遺体は氏名不詳の男女を指すJohn Doe(男性)とかJane Doe(女性)と呼ばれているけど、unclaimed bodyの場合は「身元が分かっているけど引き取り手のない遺体」のことを言うんだよ。
助手 ということは、suspicious unclaimed personsとしたら「身元は分かっているけど引き取り手のない、不審な遺体」となってしまいますね。
研究員 それ以前に、電車や駅の「不審物(人物)」にunclaimedを使うこと自体が適当ではないと思う。unclaimedは遺失物取扱所や遺体安置所などで引き取り手を探しているモノや人について使うのが普通だからね。unattendedだったら「持ち主が誰かわからない」という状態を表現できるけど。

不要な表現〜「(もし)〜があった場合」にif節は不要

助手 では、そのあたりの“不審な”部分を書き直せば、この英訳文は自然な文になるということでしょうか。
研究員 意味としては通ると思うけど、この文にはまだ“不要な”表現があるからね。そもそも構文的に冗長かな。
助手 でも、「もし〜を見たら〜を報告してください」という仮定を含む原文ですから、if節を使った英文にすること自体は当然なのでは。
研究員 当然ではないな。「もし〜を発見したら」は要するに「もし〜があったら(いたら)」という“存在の仮定”だよね。これは、英語だと名詞にanyをつければ表現できてしまう。もちろん間違いではないけれど、必ずしもif節にする必要はないよ。
助手 では日本語の原文自体も冗長だと。
研究員 いや。日本語の場合、any+名詞のような形で仮定の意味を表現することができないから日本語自体に問題はない。だって、いきなり「いかなる不審者も報告してください」と書いたら日本語として不自然になるよね。あくまでも、英語にする場合はわざわざif節で書くほどの仮定でないということ。それから、例文のようにif節を後の方に置くと、「何を報告するの?」という疑問が長引くから冗長な感じが強くなる。If節を先に書いた場合は、何をするかだいたい想像がつくから、冗長ではなくなるけど。
助手 if節が必要になるのはどういう場合でしょう。
研究員 仮定する状況がある程度特殊だったり具体的だったりする場合は、if節とか長めの修飾句が必要になる。例文の場合、読者は基本的に地下鉄の乗客で、状況もあらかじめ了解されているから、if節を使わずany suspicious objectsだけで簡潔に表現できる。
助手 では、in the station or on the trainも不要ということですか。
研究員 電車の乗客が「駅構内または車内等」以外の場所で不審なものを見つけても、「駅係員または乗務員」に報告する必要はないからね。これも冗長表現だと思う。
助手 「お知らせ」の動詞としては、informでいいでしょうか。
研究員 いいけど、informやnotifyの場合、目的語が通知相手(「inform+通知相手+of+通知内容」という形)になるから、「何を知らせる」ということが「誰に知らせる」より後回しになる。短い文だとそれほど違いはないけど、通知内容をまず伝えたい場合はreportなどを使って通知内容を目的語にした方が話は早いね。
助手 「お近くの駅係員または乗務員」の訳はthe station staff or train crewと「お近くの」を省略しているようですが。
研究員 しかるべき駅係員や乗務員が「お近く」にいるとは限らないし、乗客がたまたま最初に会うことを意味する「お近く」だと考えられるから、これは省略していいと思う。
助手 マニュアルの注意書きなどで「お近くの販売店に」などという場合は、よくnearest dealerのように表現していると思いますけど。
研究員 それは、特別な販売店に行かなくても「お近く」にどうぞという意味で使っている表現。ここでは「お近く」を強調する必要はないと思う。「駅係員または乗務員」は、station or train personnelとまとめることもできる
助手 では、以上のことを踏まえた試訳をどうぞ。
研究員 一応、「不審人物」の表現を加えるけど、「人物」自体が怪しいというより「行動」が怪しいと考える方が自然なので、こんな感じかな。
試訳
Please report any suspicious objects or activity immediately to station or train personnel.
トップへ
トップへ

ページトップへ