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「レストラン強盗殺人事件」 ![]() 吉本リーダー: 前回は、裁判官の説示が問題になったというところまで話したよね。問題とされた説示は、被告人が裁かれている「謀殺」の定義を説明した部分なんだ。謀殺というのは殺人に際して犯人に「予謀(malice aforethought)」がある場合を指すわけだけど、それは「アイオワ義父殺人事件」でも説明したね。 学クン: はい。同じ「殺人(homicide)」でも、殺害行為の前に予め殺意があった場合が「謀殺」、そのような殺意がない場合が「故殺(manslaughter)」ということでしたね。 吉本リーダー: そう。ただし、放火や強盗などの「重罪」を犯す過程における殺人は予謀がなくても「第一級謀殺」として重く処罰される場合があるんだ。 学クン: え、つまり、重罪を犯そうとしている最中に人を殺したら、通常は「故殺」と見なすべき行為であっても「謀殺」と見なすということですか。 吉本リーダー: うん。これを「重罪謀殺化原則(felony-murder rule)」というんだけど、この場合には「明示の害意(express malice)」がなくても「黙示の害意(implied malice)」があったという理論が適用されている。 学クン: 「黙示の害意」とは具体的に言うとどういう心理状態なのでしょう? 吉本リーダー: 例えば、家賃が払えないことを苦にした男が自分の住むアパートに放火して、不幸にも他の住人たちが死んでしまった場合。その男は犯行時に住人を殺すことなどまったく念頭になかったとしても、放火したのだから住人の生死についてはどうでもいいと思っていたものと推定される。これが「黙示の害意」ということ。 学クン: なるほど。それからすると、今回の場合もまさに「強盗」という「重罪」の過程における「殺人」なので、「黙示の害意」があったわけですよね。 吉本リーダー: 事件の流れだけ見れば、そう考えるのが当然だね。だからこそ地裁の裁判官も説示の中で黙示の害意について述べたんだけど、今回の事件にはそもそもこの「重罪謀殺化原則」を適用してはいけないんだ。 学クン: それはまたどうしてでしょう? 吉本リーダー: なぜなら、少年は先に少年裁判所で強盗について裁かれている。地裁で重罪謀殺化原則を適用すると強盗と謀殺を「同一の犯罪(the same offence)」と見なしたことになってしまうからね。 学クン: え、実際に強盗しているときに殺人を犯したわけですから、この場合の強盗と殺人はどう考えても「同一の犯罪」なのでは? 吉本リーダー: いや。この二つを「同一の犯罪」だということにしてしまうと、アメリカでは「憲法上の問題(constitutional issue)」が生じるんだ。 学クン: 刑法上の問題じゃなくて憲法上の問題、ですか。 吉本リーダー: そう。それがいわゆる「二重の危険(double jeopardy)」の問題ということになる。 ![]() 吉本リーダー: 合衆国憲法の「修正第5条(Fifth Amendment)」では、「何人も、同一の犯罪に対して、再度、生命又は身体の危険にさらされることはない」と定めている。これが「二重の危険」についての規定。二重の危険は映画やニュースでも出てくるから、聞いたことがあるんじゃないかな。 学クン: はい。先日話題になったペルージャ英国人留学生殺害事件でも議論の焦点になりましたね。イタリアのペルージャで殺人事件の被告人になったアメリカ人女性が無罪を勝ち取り帰国したのに、イタリアの最高裁で無罪判決が破棄されて再度裁かれることになったと。日本のワイドショーなどでもイタリアには英米と違って日本でいう「一事不再理」の制度がないと指摘されていました。 吉本リーダー: いやいや。むしろ話は逆で、イタリアには一事不再理があって英米には一事不再理がないんだ。厳密に言うと二重の危険は一事不再理と異なる概念。 学クン: むむ。どういうことでしょう。それじゃワイドショーの司会やコメンテーターがウソを言ってたんですか? 吉本リーダー: ウソというか不正確な解説だね。日本の刑事訴訟法で採用している一事不再理の考え方はもともとnon bis in idemというイタリアやフランスなどの大陸法にあった原則から輸入された概念で、確定した判決を尊重しようという「既判力(res adjudicate)」重視の考え方に基づいている。 学クン: だったら、イタリアは一事不再理の「本場」のようなものですね。それでは、「二重の危険」の方は? 吉本リーダー: これは英米法の考え方で、合衆国憲法修正第5条にあるように人権重視の原則に基づいている。日本の憲法第39条が定める権利(「何人も既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない」)は一事不再理の根拠とされているけど、もともとGHQの作った英語の草案ではdouble jeopardyという言葉を使っている。 学クン: ふーむ。要するに、基になった思想は違うけど結論は同じ、ということになるのでしょうか? 吉本リーダー: いや。「同じ事件で二度裁かれない」という点では同じだけど、「一事不再理」では無罪判決が出ても検察側が上訴することができるのに対して、「二重の危険」では無罪判決が出たらもう検察側が上訴できないから手続き的に大きく異なる。ペルージャ事件の訴訟手続きは前者に該当するわけで、「二重の危険=一事不再理」だと思い込んでいる日本のマスコミはイタリアで不当な裁判が行われているような印象を受けたのかもしれない。アメリカでもそういう論調が目立った。 学クン: なるほど。確かに日本の場合も一事不再理なので無罪でも検察側が上訴できますね。似たような考え方なのに、どこで手続きが違ってくるんでしょうか? 吉本リーダー: 二重の危険の場合は事実審の段階で「一度」危険にさらされたと数えるんだけど、一事不再理の場合は事実審と控訴審は同じ事件が継続しているものと見なし、「一度」に含めるんだ。事実審も控訴審も「一度」の中なんだから上訴してもいいという理屈になる。 学クン: うーん、一事不再理の場合は、事実審で無罪になってもまだ「危険」が続く可能性があるから、被告人側にはより厳しい制度ということですね。 吉本リーダー: そういうことになるね。日本で一事不再理の根拠とされている憲法第392条はやや曖昧な条文になっているから、二重の危険の原則を重視しているとする学説もあれば、一事不再理の原則を重視しているとする学説もある。刑訴法では明確に一事不再理を採用しているけれど。 学クン: しかし、今回の裁判の場合、二重の危険はどのような理屈で成立するのでしょうか。少年裁判所では無罪でなく有罪判決が出てますよね? 吉本リーダー: うん。二重の危険には、有罪判決後に再度訴追されることも含まれるんだ。大切なのは、訴訟の手続きによる「危険」を「同一の犯罪」について二度味あわせる危険を回避することだと。 学クン: そうか、むしろ無罪の場合より有罪の場合の方が「危険」ですしね。 吉本リーダー: まあね。だから、この事件でもし地裁の裁判官がその説示において少年裁判所で裁かれた「強盗」と地裁で裁かれた「謀殺」を「同一の犯罪」と見なしているなら、その内容はやはり二重の危険に該当する。 学クン: なるほど。納得です。 吉本リーダー: また、ネヴァダ州法では、「同一の犯罪」について少年を「少年として」訴追した後で「成人として」訴追するようなことがあってはならないと定めている。 学クン: それも二重の危険に抵触すると。 吉本リーダー: その通り。だからこの裁判で「強盗」を前提として「重罪謀殺化原則」を適用するなら、「同一の犯罪」になるから、そもそも少年裁判所と刑事裁判所で別々に裁いてはいけないということになる。二つの裁判所で裁けるのは、あくまでも「強盗」と「謀殺」が「二つの犯罪」と見なせる場合だと。 学クン: なるほど。それなら黙示の害意に関する地裁裁判官の説示は、あり得ない前提に立っていることになりますね。 ![]() 学クン: で、連邦控訴審ではどのような判断が下されたのでしょうか。 吉本リーダー: まず、問題とされた裁判官の説示については、やはり強盗と謀殺を「同一の犯罪」と扱っているものと見なされた。 学クン: それでは、「二重の危険」にあたると認められたわけですね。 吉本リーダー: そう。だから黙示の害意に関する説示は、「明白な誤り」ということになる。 学クン: そして今回の裁判は審理無効になったと。 吉本リーダー: いや、そうはならなかった。 学クン: え、説示の内容が二重の危険にあたると認められたのに、当事者の不利益は生じないということですか? 吉本リーダー:
いや。もちろん「二重の危険」自体は「不利益」だけど、この場合はその不適切な説示に陪審が依拠したか否かが問題になったんだ。過去の判例では、複数の説示が述べられた上で有罪評決が下され、そのうちの一つの説示が判断材料として不適切であった場合を次の二つのケースに分けて考えている。 学クン: ということは、今回の裁判でも陪審が不適切な説示(=黙示の害意に関する説示)を無視して、適切な説示の方に依拠していると。 吉本リーダー: そうなんだ。この裁判では「第一級謀殺を有罪と判断するためには、当該殺人が予謀によるものでなければならない」という説示があり、「予謀」があったことを裏付ける証拠も提出されている。だから、陪審が証拠に基づきこの説示に依拠して「謀殺」の評決を出したことは疑いがないとされた。つまり、「説示の誤りも明白だったけど、陪審がその説示に依拠しなかったのも明白」ということになる。 学クン: NGの説示もあればOKの説示もあったけれど、陪審はOKの説示の方を使ったからよしということですね。だったら、説示をたくさん言っておけばリスクが低くなる気もしますが。 吉本リーダー: それはどうかな。むしろ説示を数多く挙げることによって不適切な説示を言う可能性も高くなってしまうかもしれないよ。それで陪審がどの説示に依拠したか明確でなければ裁判は無効になる場合もある。 学クン: うーむ、確かに。 吉本リーダー: 後日談だけど、この裁判の犯人は収監から25年後、赦免委員会の処分により「仮釈放のない終身刑」から「仮釈放の可能性がある終身刑」に減刑された。模範囚だったからという理由でね。 次回は、映像作品の著作権・商標権について争われた |