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■本好きをうならせる作者ウォレスの技巧

田口:途中で「ぜんぶヘンリーが勝手に作ってた話だった」みたいなことが言われるよね。悪魔が出てきたりして一見ファンタジーっぽく思えるけど、それはヘンリー本人がしゃべっているわけだから、事実でもなんでもない。

川副:ヘンリーの作り話だと言ったらそれまでです。だって、一度死んじゃった人をどうやって生き返らせたのか、どこにも書いてないですし。そうやって見ていくと、齟齬がいっぱいあります。

田口:そうだよね。

川副:うーん、なんて言えばいいのかな。テーマだったら、もう1つあります。何が本当で何が嘘か。

田口:そうだね、人生が。

川副:人生に限らずいろいろなもの、すべての事象が。真実と虚像。物語ってだいたいそういうものじゃないですか。何が真実で何が嘘かなんて、誰にもわからない。そのことをいろいろな場面や人を使って、話やエピソードを織り交ぜて、書き分けてるんじゃないかと思いますね。

田口:事実かフィクションかなんて、どっちでもいいんだと。

川副:どっちでもいいというより、人によって違う。

田口:そういうテーマはある意味、目新しいわけじゃないと思うけど、たしかそんなことを言ってる文章が作中にあったよね。で、結局ぜんぶ大ぼらでした、みたいな。極端なことを言えば、カステンバウムだってヘンリーの助手になったマリアンヌだって、存在したかどうかわからないんだから。

川副:大ぼらだったのかどうかもわからないし。

田口:でも、はたしてヘンリーは本当に真実を知らなかったのか。

川副:わからなかったままで終わらせているし、それもどうでもいいのかなって思います。

田口:われわれが作者の術中にはまってるんだろうね。でも、すごく印象的な場面があったりして、そこは逆にすごくリアルなんだよ。最後に探偵がサーカスにやって来て、パフォーマーたちがみんな集まって話を聞こうとするじゃない。みんな本当にヘンリーのことを想ってて、探偵が「そんなふうに人を愛する人たちに私は弱い。美しい存在だ」なんて言ったりして、「そうだよな」って思ったもの。それから、自分の妻を生き返らせてくれって、中年男がヘンリーのもとを訪ねてくるエピソードがあったでしょ。その男がまた貧しいやつでさ。これがうまいなと思った。普通なら大金持ちが来るはずなのに。俺、ジーンと来ちゃった(笑)。

川副:そういうところをすごくリアルに書くんですよね。その年代の貧しい人たちの姿を。あの場面にしても、中年の男が目に浮かぶように描写してあって。


田口:ほんと、うまいんだよ。リアリズムでも全然書けちゃうような作家だよね。その辺に対する興味はないのかな。

川副:リアルにも書くけど、ほわんと光に包まれたようなまどろんだ場面を書いたりもするんですよね。ウォレスは作家というよりイラストレーターなんですよ。だから、全体がどうこうより場面場面をしっかり書くことにエネルギーを費やしているように思えてしょうがないんですよね。『ビッグ・フィッシュ』にしても、エッセイみたいなものがいくつもまとまって出来上がってる。父と子の話ではあるんだけど、全体としてはまとまりがない。エピソードを重ねていくという、そういう作風なんです。この作品はまだまとまってるほうですけど。

田口:なるほど。場面場面をしっかり書くことに力を入れているという指摘はわかる気がする。身につまされるというか、胸にぐっとくるようなシーンが結構あるもんね。なんとも言えないうまさを感じさせる作家ではあるよ。

川副:私はヘンリーが雪合戦をしてる最中に父親がいなくなるシーンが好きなんです。全身を黒く塗ったヘンリーが黒人の子供たちに交じって遊んでいて、その間に大人どうしの話がなされて、父親が姿を消す。でも、ヘンリーはそのことをあまり辛いと思わない。落ちぶれ果てた父親に消えてほしかったから。そういう残酷で厳しいことも一行ぐらいでさらっと書いちゃう。

田口:そういうエピソードにぐっときたりするんだけど、最後には「嘘かまことか」という問題を突きつけられる。深読みかもしれないけど、ヘンリーが真相をわかってるから話を作り始めちゃったってことも考えられなくはないわけでしょ。たとえばヘンリーは本当に誰かを殺してるの?

川副:いや、それは妄想かな。

田口:殺してはいないんだよね。

川副:最後に明かされる真相だけは事実で、それ以外のどこが本当でどこが嘘かっていうのは不毛な議論だと思います。そういうふうに思わせるように書いてるわけだから。

田口:だから逆に、人それぞれいろんな読み方ができるわけだよね。不毛かもしれないけど。

川副:結局はトール・テイル、ほら話なんです。あとがきにも書きましたが、南部にはマーク・トウェインを筆頭にトール・テイルの伝統があって、南部出身のこの作家もそれを受け継いでいる。ほら話だと言ってしまえば、何でもありなんです。

田口:でも、ほら話って哀しくはないよね。この小説は味わいとしてはすごく哀しいよ。

川副:感情で言えば、いちばん強いのは哀しみです。でも可笑しさもある。

田口:なんか振り出しに戻ちゃった気がするけども(笑)。でもまあ、1冊2200円もする本ですけど読んで楽しめました。アメリカでは売れてる人なの?

川副:『ビッグ・フィッシュ』は映画になったから売れたのか、その前から売れていたのかはわからないですけど、それ以降の作品はそれほどではないんじゃないでしょうか。『ビッグ・フィッシュ』の次の作品は未訳で、3作目が河出書房の『西瓜王』、そして4作目がこれです。

田口:じゃあ、ニューヨーク・タイムズに出てくるようなベストセラー作家ではない。

川副:ないですね。

田口:この本は次回の読書会でも取り上げるんですけど、議論するには難しいかもしれないね。みんなあれこれ言って終わっちゃう可能性もなくはない。

川副:この書き方はどうとか、この話の持っていき方はどうとか、そういう議論にはなりようがないんです。でも、本好きの人にはきっと楽しんでもらえると思います。

田口:ディテールがこれだけ印象的だと、それでもう十分ですよ。そういう小説かな、俺にとっては。で、きみが教えてくれた「哀しみ」というのは本当にそうだと思うし、縦糸としてしっかり通っている。いい小説だなと思いました。




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