【アメリア】対談の部屋7-2集結!技術英語の雄、水上龍郎の弟子が語る
読み物
対談の部屋
<第7回>  全4ページ
第7回 集結!技術英語の雄、水上龍郎氏の弟子が語る

心と頭に刻み込まれた師匠の教え

●目からうろこ?!の水上ワールド


鈴木:先生の教え方などで、いちばん素晴らしかったこと、印象に残っていることはありますか。

長島:やはり最初の水上ゼミでのインパクトが大きかったです。ある授業で「テープを剥がして箱を開け、中の製品を持ち上げて取り出す」という文章を英訳することがあったんです。「テープを剥がして箱を開け」という文は、普通に考えたら「Open the box by peeling off the tape fromit」とか「Peel off the tape on the box to open it」となりますよね。私は、たまたまチェックの仕事をやっていたときに出てきた「unpack」という言葉を覚えていて、これを使ってみたんです。でも、結局はopenがunpackになっただけで、代わり映えはしない。そしたら、先生が「unpackを思いついたところまではよかったね」って、とりあえずは褒めてくれて、それから「そこまで思いついたら、もっと簡潔に言える言葉、知らない?」って。「"untape the box"とすれば、箱からテープを剥がすのだから必然的に箱も開くわけだ」と。それまでの自分は、書いてある日本語に相対する英単語をプラモデルのパーツのように集めて、それらのパーツを組み立てて文章にすれば完成なのだと単純に考えていましたから、「無駄を省く」という概念そのものがありませんでした。自分の英語にいかに無駄が多いかを実感した瞬間でした。

鈴木:いつも簡潔に書くということをかなり頻繁におっしゃっていましたね。先生は短い和文を我々がビックリするような英文にパッと直しちゃう。あれはやっぱりすごかったですよね。同じ人間でも、言葉の使い方がこうも違うのかという思いを何度したかわからない。

仲吉:先生の授業では、そういうことが毎回あるよね。

鈴木:私は、前置詞の説明でびっくりしたことを覚えています。確か、forの使い方でした。それまで、前置詞の意味そのものについて深く考えたことがなかったんです。「こういうときはforだって参考書に書いてあるから使おう」みたいな感じで英語を書いていたわけですよね。でも、授業で先生の説明を聞いたら、forの本当の意味がわかって、自分なりに心底納得できたんですよね。あまりにびっくりしちゃってね、一時期forばっかり使っていた頃がありました。そうすると、ある程度使い方も覚えるようになるんですよ。

長島:forのさまざまな使い方を教えてくれたということですか?

鈴木:いや、そうじゃなくて「このときはforで書かなきゃダメだ」と言われて、「あっ!」と思ったんですよね。

長島:新しいforの使い方?

鈴木:私にとっては新しかったです。当たり前の使い方だったかもしれないけど、私はそこに全く気付いてなかったんですよね。今でも覚えているのは「手引書を参照して部品の重量を確認せよ」という和文に対する英語が " Check in the manual for the weight of the parts." となったのです。あまりにも簡潔であること、それにfor が実にうまく使われているのに驚き、感動したものでした。

岡本:でもね、forだと思っていたら今度はagainstなんですよ。「図面と比較してー」という文章を英訳するのに、僕らはみんなforを使うんだと思っていた。そこのところ、先生は読んでいるんですよ。だいたいforが多いだろうなってね。そこでね、「forでも言えるけど、もう少し考えてみなさい」って言うわけです。「図面があって、それと対応しているってことでしょう。こういうときに使えばいい前置詞があるでしょう」って聞くわけですよ。「forだとかatだとか、いろいろありますよね。……againstですよ!」って。みんな、「あっ!」と思って、「今日はいい土産もらったなぁ」ってことになる。まさにその連続なんですよ。

仲吉:おそらく、みなさんそうだと思うんですが、一旦覚えると使いたくなってしまうんですよね。あの「対応する」という意味のkeyね。あれも、最初の頃に聞いてびっくりしたものだから、今でも使っていますよ。

鈴木:それぐらいインパクトが強かった。名詞ではなく、「AとBを対照させる」というときに動詞で使うんですよ。

仲吉:本文と図面との参照、対応関係。例えば、「本文のこの説明は図面のこれと対応する」という場合、correspondを使うのが一般的で、我々も例外なくそれを使っていたんだけど、先生はここではおかしいとおっしゃるんですよね。で、これは実際に先生がどこかでご覧になって、何回かお使いになって、もう保証済みのものだということで、keyというのを教えてくれた。他動詞になるんです。

鈴木:A is keyed to 3. 「Aと3は対照している」という風な使い方ですよね。あれは、誰ひとりできませんでした。

仲吉:覚えたら、しばらくそればかり使うんですよ。"対応"って出てきたら、何でもkeyを使う。今まで自分が知らなかった言葉を、子どもっていうのは使いたいものだから(笑)。すると、そのうちにkeyではおかしいものが出てくる。自信満々でまたkeyを使うと、「この場合は違うんです」と先生に言われてしまう。

鈴木:先生はそこまで読んでいましたからね。

仲吉:それから、授業ではこんな驚きもありました。O・ヘンリーの『The Cop and the Anthem』(警官と賛美歌)という短篇小説の中から、三行ぐらいを先生が授業で使われたんです。短い文章の中にbeneath、about、over、onが出てくるんですが、その前置詞の使い方が問題だったわけです。まさかね、技術英語を勉強していてO・ヘンリーの一編が出てくるとは思わなかった。しかも、それがちゃんと技術英語にも応用が利く。先生は、そういうものを選んでくるんですよ。私にとっては、高校時代に読んだ懐かしい文章です。当時は意味をとるのが精一杯だったんだが、それに30年ぶりに再会したわけです。人によってそれぞれインパクトは違うでしょうが、先生の授業は、それぞれのレベル、各人の仕事にも直接染み渡るんですよ。そんなことがなぜできるのか、私自身、人に教える立場になって、なおさらわからないんですよね。

鈴木:講義そのものがひとつのストーリーになっていて、惹きつけられていってしまう。

岡本:まさにショーですよね。前回の対談で、こんなやり取りがあったんです。
---------------------------------------------------
水上:翻訳の「コツ」はいいところで教えるから覚えるんですよ。じゃないと、驚いているばかりで終わってしまう。

室田:勉強するときには驚きがないとつまらないけれど、驚きが納得につながって、自分の力にならなければ意味がないですね。
---------------------------------------------------
目からうろこ、って言っているのは驚いているだけ。そこから、本当に自分のものにしなくてはいけない。常に問題意識をもって、勉強していかないと、本当は伸びないのでしょうね。

●水上龍郎の強靱な気力と体力

鈴木
:我々にとって研究会は、大変ではありますが、面白くて楽しいものだったのですが、教える側の先生にとってはどうだったんでしょうか。人に教えるからには、生徒の何倍もの知識を自分の中に持っていないと教えられないですよね。

岡本:先生だって、真剣勝負だったと思いますよ。そうじゃないと25年間なんて続くわけがない。講師料だってたっぷりお支払いしているわけじゃないし。先生自身、私たち以上に勉強されていたんじゃないでしょうか。

:僕の場合は英語ではなくて技術でしたが、人に教える場合は、その五倍は情報を持っていないと教えられない。英語でも同じじゃないかなあ。

仲吉:五倍ですか。そうですよね、倍ぐらいじゃあ、足りないですよね。

長島:水上先生も、そんな話をされていたことがあります。先生の場合は十倍っておっしゃっていました。

:十倍ですか。いやー、まいったなあ(笑)。

鈴木:まあ、実際のところ、先生は十倍どころじゃなかったですけどね。

仲吉:そうですよね。我々が教わったのは、氷山の一角というわけですね。

長島:研究会が月3回制だった頃、研究会が開かれる金曜日は大抵、午前中から研究会の準備をなさっていました。ときにはもっと前から準備されていたかもしれません。ネットで調べたり、雑誌や『現代用語の基礎知識』などに目を通したりして、周辺知識を頭に入れる。"戦いは既に始まっている"といった感じでした。

鈴木:翻訳者であり、翻訳会社の社長もやって、東京と大阪で研究会、それから工業英語協会の活動も引き受けて、工業高校の先生、企業人を対象にセミナーもやっておられたでしょう。先生は英語がおできになるというだけではなく、強靱な体力と気力をおもちでしたよね。

:そういえば、大阪の研究会の前日も、僕らとギリギリまで飲んでいて、最終の新幹線で出かけていましたよね。

仲吉:奥さんから聞いたことがあるんですが、どんなに前の日に深酒しても、翌日は6時には起きて、電動タイプライターの音をカチャカチャとさせていたそうですよ。私も同じような仕事をしているものですから、それがどれだけ難しいことかわかるんですよ。いやあ、本当だったのかなあ。

長島:本当でした。午前2時すぎまで一緒に飲んだ翌日、私が午後になってようやく会社に着くと、もう先生はビシッと仕事をされていて、「僕なんか7時から仕事をやってるんだよ」って。

仲吉:じゃあ、本当だったんだね。実は、先生が月刊『工業英語』にお書きになったエッセイを集めたこの本を全部読んだんですが、この中に「50代の半ばごろまでよく勉強した」って書いてあったんですよ。私が今、ちょうどその年齢なんですよね。でも、「自分はよく勉強している」なんてとても言えない。謙虚な先生がそうきっぱり言っているということは、本当にものすごく勉強していたんでしょうね。

岡本:先生がそれだけ勉強をして、授業にしても相当な準備をされていたからこそ、私たちは安心して授業を聞いていられた。それから、先生は教えるときにはなるべくビジュアル化して、黒板によく図を書いて説明してくれましたよね。「ここからこういう風に電波が届くでしょう」とか、「電子がこっちに走ったら、電流はこう流れて」とか、そして「だからこのthroughっていう前置詞が生きてくるんだよ」という風に。図に示してくれるから、聞いていてわかりやすいし、説得力がある。これだけのことをするためには、先生自身がきちんと勉強をして、たとえそれが授業のためだけの勉強だとしても、それを完璧にやられていたんじゃないかな。先生の取り上げる課題は、いつもその当時の最先端のものばかりでしたよね。

鈴木:いやあ、そうです。常にそうでしたね。

 
前へ トップへ 次へ