【アメリア】対談の部屋7-3集結!技術英語の雄、水上龍郎の弟子が語る
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<第7回>  全4ページ
第7回集結! 技術英語の雄、水上龍郎氏の弟子が語る

人間味溢れる師匠を偲ぶ

●驚くべき記憶力とセンスの持ち主

:先生って、すごく頭のいい人だなと思った出来事があるんですが、授業で誰かが書いた訳文をちゃんと覚えていて、二次会に行ったときに「あの英文はね……」って言うんですよね。ふつう、自分が書いたのものは覚えていても、人が書いたものまで覚えてないよね。

鈴木:そうそう、二次会でも「あれはこうなんですよ」ってよく解説してくれましたものね。

:あまりに恥ずかしい間違いなんかは、大勢が聞いている授業では言わないで、二次会で直接ばさっと言われることがありましたよね。大体、私は二次会は真面目に行ってましたので、今日の私の話も、ほとんど二次会での話なんですよ。

(全員爆笑)

鈴木:二次会もね、研究会にとっては非常に重要な位置を占めていましたよね。

:そう、先生の本音が入っている。楽しかったですね。

鈴木
:三次会、四次会もありましたからね。

:そうそう、そこまでいくと勉強の話はちょっと……、でしたけどね(笑)。

仲吉
:記憶力もそうですが、私が感心するのは先生のセンスの良さです。自分にないものだから感心するんですが、技術の流れを読んで、これからの時代を先取りするセンスというんでしょうか。「多分、この言葉はあぶくみたいに消えるのではなくて、何かひとつのトレンドを代表しているから、皆さんこれを覚えておくと、今はまだ耳慣れないかもしれないけども、そのうちドンドン聞くようになりますから」って先生がおっしゃると、果たしてそのとおりになるわけです。どうしてそういうセンスが身に付くのか、先生にお聞きしたかったですね。

岡本:"スチールカラー(steel color)"なんて良い例じゃないですか。ロボットのことだと、あの頃は誰も知らない言葉でしたが、今では当たり前のように使っている。

鈴木:研究会の2回目ぐらいの教材が、自動焦点カメラだったんです。その頃、コニカから発売されたばかりで、初めての技術でした。それをぱっと教材に取り入れてくれました。世の中の最先端、これからひとつの傾向を作っていくよというものに常に注目して、それを我々の教材に使ってくれましたね。先生はとにかく、さまざまなものを読んでいたわけですよね。読んでなかったら、あんなふうには絶対にできませんよね。ただ読んでいるだけじゃなくて、何が大事かを嗅ぎ分けることができるんですよね。

:それから先生は幅のある方だった。前回の対談でもこんなことをおっしゃっていました。「翻訳の勉強なんて、本当はあちこち寄り道をするのがいいんですよ」。それから「とにかく歴史は学ばなければダメです」とも。お酒の席でもしょっちゅういろんな形で、「本を読みなさい!」っておっしゃっていましたよね。「日本語をきちっと読みなさい。そこから良い翻訳が出来上がっていくんだ」ってね。

仲吉:"健全な常識"という言葉もよく聞かされました。これも『工業技術英語の現場談義』に出ているのですが、ある英文を日本人の翻訳者とネイティブに示して、この中でおかしいところがあったらチェックしてください、言ったそうなんです。結果は、英語としての文法的な要素とか、構文的なものは、ネイティブのチェックにはかなわないんだけど、"健全な常識"っていうのは日本人の翻訳者の方があると、そういうことをおっしゃっている。

鈴木:具体的にはどういうことですか。

仲吉
:例えばこういうことです。英文には「地球温暖化によって最高気温が4度から5度、将来は上がるだろうと言われている」という意味のことが書いてある。これは実際には"最高気温"ではなく"平均気温"なんですよね。つまり、maximum temperatureのmaximumがおかしいとチェックしなければならない。日本人の翻訳家はほとんどがチェックをしたけれども、英文が流ちょうであればあるほど、ネイティブはmaximumという単語を読み過ごしてしまって、そこには全く引っかからない。よくネイティブじゃないとダメだという人がいますが、そうじゃないんだよと。先生には、それだけ自信があったんだと思うんです。後進の者に伝えるためにこういうエピソードを書いたんじゃないかなって想像しています。今回の対談のために、この本を全部読みました。ますます、先生のすごさっていうのがわかった。

●社長、水上龍郎という一面

鈴木:長島さんから見て、社長としての水上龍郎というのはどういう人でしたか。もちろん、教室と全く違うというわけではないでしょうが。

長島:結構違いましたね。ほとんどの時間は黙々と仕事をされていましたが、翻訳上の単純なミスなどには、声を荒げて怒ることもありました。研究会では優しいでしょう。間違いを怒ったりしないじゃないですか。でも、会社では仕事ですから、厳しい姿勢で臨まれていました。

仲吉:どういう風に怒るんですか?

長島:IT関係の翻訳ではカタカナ用語が多いでしょう。アプリケーションとか、レポートとか、ホストとか。でも、すべてがその意味で使われているとは限らないから、文脈によっては"application"が「用途」や「申請」を表していたり、"report to …" が「…に直属する」だったり、"a host of"といったら「多数の」という意味だったりするわけです。その辺を不注意で間違えてしまうと、ときには社内のチェッカーや翻訳者を集めて、「君はこんな間違い、しないだろうね!」って。単純に「恐い」と思いました。その後は「飲みに行くぞ!」となって、お酒の席でも「では"application satellite"を何と訳す!」と始まるわけです。

鈴木:研究会だったら仮に間違っても誰に迷惑かけるわけじゃないけどね。

仲吉:そんな、単純なミスをなくすためにはどうすればいいかはおっしゃらなかった?

長島:特にはおっしゃいませんでしたけど、私が翻訳を始めて間もない頃から先生の厳しい面は目にしていたので、訳しながら間違いがないか確認するとか、訳し終わったものを見直すよう心掛けるようになりました。訳が合っているかどうかだけではなく、全体的な日本語の流れも含めて見直すようにしています。

岡本:社員にそれを教えるために、わざと過激に怒って見せたのかもしれないね。

:実は私、先生に叱られたことがありましてね。私は会社では技術屋だったので、翻訳会社に翻訳を頼むことがあったんですよ。で、先生に、「実はこの翻訳は翻訳屋さんに翻訳してもらったんですけど」っていったら、ものすごく怒られて。「翻訳屋、屋?」って感じで。「二度と"屋"なんて言うな」って怒られましたよ。"屋"っていうのが嫌いなんですね。プライドがあったんですよね。でも、あの剣幕にはビックリしましたよ。

長島:"翻訳家"と自分を言うのもダメと言われましたね。おこがましいというか。"家"なんていうのは、何十年も経験を積んで、著書でも出して初めて人に呼ばれる言葉であって、自分で自分を"翻訳家"などと称するのはむしろ恥ずかしいって。

鈴木
:それも、先生らしいですよね。

長島
:だから"翻訳者"ですよね。いつも「翻訳者というのは……」ってお話されていました。

鈴木:ある程度の地位にいくと、自分がひとつの権威だというふうに錯覚をしてしまう場合がありますよね。先生はそれをものすごく嫌われていました。人間そうなったらそこでストップしてしまうって、よくおっしゃいました。

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