アメリア会員インタビュー

野口 晃輔さん

野口 晃輔さん

「ゲームをして、またがんばる」を支援したい

プロフィール

音楽講師からゲーム翻訳者に転身。未経験ながらも10年以上の独学を経て、2015年に初めて翻訳会社のトライアルに合格する。現在では主に3~4社から仕事を受注し、海外ゲーム作品のローカライズをメインに手掛けている。担当した作品は、メジャータイトルを多数含む70タイトル以上に及ぶ。開発者が意図した作品の世界観をできるだけ尊重し、プレイヤーが存分に作品を楽しめるような翻訳者を目指している。DTM、ピアノが趣味。

未経験OKの案件からゲーム翻訳の世界に

加賀山 :今日は大阪府寝屋川市でゲーム翻訳をしておられる野口晃輔(のぐち こうすけ)さんにお話をうかがいます。プロフィールには、2015年から45作品にたずさわったと書かれていますが、単純に割ると1年に7~8作品ということになりますね。

野口 :大型の案件は何カ月も続きますが、短いものはすぐに終わったりしますので、単純計算はできませんね。合計はもう数えていませんが、60作品は超えていると思います。

加賀山 :大型のもので時間はどのくらいかかるのですか?

野口 :3カ月ぐらいでしょうか。ただ、そのあとアップデートがあるたびに内容が追加されて、トータルでは作業が何年も続く作品もあります。

加賀山 :3カ月というと、小説を1冊訳すイメージですね。ひと口にゲームといっても、RPG、FPS (First Person Shooter)、TPS (Third Person Shooter)、アドベンチャーなど、いろいろ種類がありますが、どれをたくさん訳されましたか?

野口 :多いものはRPGでしょうか。RPGはキャラクター同士の会話や台詞が多いので、翻訳の必要性が高いのだと思います。FPSなどは基本的に戦闘場面が中心ですから、訳すのは台詞より、メニュー画面やアイテムの説明などのUI(ユーザインターフェイス)が多くなります。RPGとFPSやTPSが合わさっているようなものも多いですので、なんとも言えませんが。

加賀山 :RPGとオンラインRPGは、仕事上、大きなちがいがありますか?

野口 :それほどありません。ただ、オンラインRPGのほうが、普通のRPGよりアップデートや追加コンテンツも多く、規模が大きいものが多い気がします。

加賀山 :ゲームのタイトルは守秘義務があるので明かせないということですが、話せる範囲で、印象に残っているゲームはありますか?

野口 :やはり初めて訳させていただいたタイトルが一番思い入れは深いです。RPGでしたが、これはあとで自分でも買ってプレイしました。海外ゲームが大好きな兄がいるのですが、兄も大ファンのタイトルだったので、翻訳に携わったと伝えるとすごく喜んでくれました。
 それから、個人的に昔から好きだったゲーム会社の有名タイトルを任せていただいたときにもとてもうれしくて、やり甲斐を感じましたし、これももちろん自分でも買ってプレイしました。

加賀山 :翻訳を始めるまえからゲームは好きだったのですか?

野口 :はい。兄たちが遊んでいたゲームが家にあふれかえっていましたので、物心つく4〜5才のころからやっていたと思います。

加賀山 :翻訳をしようと思ったときに、ゲーム翻訳が自然に頭に浮かんだのでしょうか。

野口 :それはありませんでした。英語が好きでずっと翻訳の仕事に憧れてはいましたが、ゲーム翻訳というジャンルを把握していませんでしたので。
 自分には専門分野が何もないなと思っていたときに、ゲーム翻訳の案件を見つけました。未経験でもOKという指定だったので、「ゲームは昔からずっと好きだし、やれるかも」と思ったのが最初でした。

加賀山 :デビューのきっかけはトライアルですか?

野口 :はい。それまでゲーム以外のトライアルも受けて、けっこう落ちてしまったりしていたのですが、ゲーム翻訳の案件で合格をいただきました。結局その会社から仕事をいただけることはありませんでしたが、自信にはなりました。そして数カ月後に別のゲーム翻訳会社のトライアルを受けたら合格して、初めて仕事をいただいたのです。

加賀山 :それが先ほどおっしゃった最初のRPGですね。

想像力が必要

加賀山 :プロフィールに書かれている仕事内容についてうかがいます。「キャラクターの台詞(字幕/吹替)」というのはわかりますが、「ゲーム内読み物」というのは?

野口 :最近のゲームはすごく凝っていて、キャラクターがゲームの世界を歩きまわると、アイテムとして「読み物」が落ちていたりします。そこでボタンを押すと文章が表示されますが、その内容がさまざまでして、普通の本や手紙の場合もあれば、たとえば論文や古文書や詩集から、広告や契約書、病院のカルテまである。専門外なのに(笑)訳さなければなりません。

加賀山 :ひとつのゲームのなかで、いろいろ専門的なことも訳さなければいけないのですね。

野口 :FPSでは軍事用語も飛び交いますしね。あとはスポーツなども。このあいだはスノーボードのゲームを担当したのですが、自分で専門用語を調べて一から学びましたし。どうしてもわからないという場合は、ネイティブの友人に確認してもらうこともありますが。
 でも最近は慣れてきました。仕事のおかげもあって英語力も上がりましたし、日本語の語彙も増えていると思うので、調べればなんとかなるという感じです。

加賀山 :「システム関連等全般」というのは、マニュアルか何かですか?

野口 :マニュアルもそうですし、メニューやチュートリアルなど、おもにUIにかかわる部分です。

加賀山 :訳す原文はどういうフォーマットで送られてくるのですか?

野口 :だいたいエクセルのファイルに文章がずらっと並んでいます。訳すときには、これはどういう場面だろうと考えながら訳します。

加賀山 :どういう場面かわからないことも?

野口 :だいたいContextという欄がありますので、そこを見て場面を判断します。MenuやItemという項目で分類されていることもあるし、原文が送られてきた際に「今回はキャラクターの台詞です」とはっきり指定されることもあります。

加賀山 :実際のゲーム画面は見られないから、どうしても推測が入るのですね。

野口 :そうですね。会話もぶつ切りになっていたりしますし。ただ最近は、資料としてゲーム画面を送ってもらえることもあります。そういう画像があればより正確に訳せます。

加賀山 :「ニュースレター和訳」とは?

野口 :リリース情報や、アップデートのお知らせなどです。

加賀山 :「各種契約書和訳」とは?

野口 :利用規約のようなものです。たとえばゲーム内でネット機能を利用する場合などは、プレイする際に個人情報を扱う場合があるので。

加賀山 :なるほど、本当にいろいろですね。「PR動画字幕翻訳」というのは、映画のトレーラーのようなものですか。これは動画を見ながら訳すとか?

野口 :実際の動画があることも、ないこともあります。

加賀山 :ない場合には、そこでも想像力を使う。出版翻訳では、作品全体を把握したうえでキャラクターの口調などを決めることができますが、それがゲーム翻訳ではむずかしそうですね。
 一度、ゲーム翻訳をしている別のかたとお話ししたんですが、台詞が男か女かわからないこともあるとおっしゃっていて、ちょっと驚きました。

野口 :そういうこともあります。最近は、大まかなストーリーやキャラクターの説明が入った資料をもらえることも増えましたが。最終的に男女の区別がわからないときには、どちらでも使えるように訳します。「~だぜ」とか「~だわ」とか、性別がわかるような表現は使わずに、柔らかめの男性の口調というか、勝ち気な女性の口調に。翻訳会社さんのほうから「『~だわ』はNG」など、口調を指定されることもあります。

加賀山 :いま実際にわれわれが話すことばは中性的になっていますよね。女性もあまり「~だわ」とか言わないし。そういう意味では、現実の会話に近いのかもしれません。あと、「ホームページ和訳」とあるのは、ゲームの専用サイトの翻訳ですか?

野口 :そうですね。ゲーム自体やキャラクターの紹介ですとか、おもにマーケティング目的のものです。あとはプレイヤー参加型イベントの特設ページとか。
 それから別の話になりますが、マーケティング資料や仕様書や企画書などを訳すこともあります。ひとくくりにゲーム翻訳といっても、本当にさまざまだと思います。

音楽講師から翻訳の道へ

加賀山 :ゲーム翻訳は納期が厳しいという話を聞きますが……。

野口 :短いものになると、当日中とかもあります。それはお断りさせていただいたりもしますが、けっこう分量があるのに2日後ということも。最近は世界同時発売のタイトルも多いですし、アップデートやバグ修正などで急ぐのかもしれません。こちらの休日を考慮していただけるところもありますが、だいたいの仕事の納期はギリギリです。

加賀山 :仕事は翻訳会社を介して入ってくるのでしょうか。何社ぐらいおつき合いがありますか?

野口 :いまはすべて翻訳会社さん経由で、定期的に入ってくるのはおもに3社です。これ以上増えると仕事を受けきれなくなるかもしれません。

加賀山 :訳文を提出したあと、翻訳会社からフィードバックはありますか?

野口 :うまくできたときには基本的にはないんですが、ここはちょっとまずいというときに、何度かありました。たとえば、あるトレーラーを訳したときに、映像なしで字幕だけが送られてきました。どういう場面かよくわからず、できるだけ原文に忠実に訳したところフィードバックがあり、翻訳的すぎると言われてしまいました。そのあとこちらから依頼してゲーム制作会社から映像を送ってもらって確認すると、たしかに少しおかしなことになっていたので、直しました。請け負った時点で、映像も送ってもらうようしっかり頼むべきでした。

加賀山 :翻訳の学習歴についてうかがいます。フェロー・アカデミーの実務翻訳〈ベータ〉と、ベータ応用講座「IT・テクニカル」を修了されています。このころはIT分野の翻訳を考えていたのですか?

野口 :はい。当時、ゲーム翻訳の講座はなくて、ほかに精通している分野もなかったので、消去法的な選択でしたが……。それ以前には自分で本を買ったりして独学で翻訳を勉強していて、2012年からアメリアのトライアルを受けていました。

加賀山 :2012年よりまえは会社勤めですか?

野口 :専門学校などで音楽を教えていました。翻訳とはぜんぜん関係ありません(笑)。なかなか生活がむずかしかったので、憧れていた翻訳を勉強したら、ラッキーなことに拾っていただいたという感じです。

加賀山 :音楽とは異色の経歴ですね。英語は何か特別に勉強されましたか?

野口 :特別に何かをしたというわけではありませんが、大学入学以降は基本的に毎日欠かさず勉強していました。受験勉強で基礎はできていましたので、毎日ラジオ講座を聞いたり英会話スクールにかよったり。あとは洋書を読んだり英語字幕で洋画を見たり、外国人の友人たちと交流したり、それこそ英語でゲームをプレイしたり。もともと英語が好きだったので、無意識でいろいろとやっていました。大学の専攻は国際経営で、英語で経営を学んでいました。

加賀山 :その間に音楽も学んだわけですか。

野口 :そうです。大学卒業後の進路に悩むなかで、気晴らしとしてゴスペルを歌ったり、ボーカルスクールにかよったりしていました。翻訳はちゃんとひとりの先生について学んだことがないので、「なんで仕事いただけてるんやろ?」と思うこともあります(笑)。

加賀山 :自力で次々と道を切り開いてきたのですね。ゲーム翻訳の仕事は自分に向いているという感触はありますか?

野口 :そうですね。もともとひとりの作業が好きですし、英語もゲームも、文章を書くのも好きなので。無理なくできるところがいいですね。最近やっと収入面でも落ち着いてきました。

日本語の自然さと世界観

加賀山 :ちょうどこのまえ出た『Amelia』2021年10月号がゲーム翻訳の特集でして、それをもとにいくつかうかがいます。大作ゲームではなく、小さな会社や個人が開発する「インディーゲーム」という分野があるようです。そういう仕事の納期はやはり短いのでしょうか。

野口 :インディーゲームも訳すことがありますが、場合にもよりますけれど納期はそれほど変わらないと思います。大作は何人かの翻訳者が分担するので、ひとりあたりの分量は同じくらいかなと。ただ、インディーゲームの場合、ひとりで全部訳すケースが多いですから、世界観が把握しやすいというメリットはあります。

加賀山 :「中日翻訳」の案件が増加傾向だそうです。いま小説もスウェーデン語などから一度英語に訳されたものを日本語に「重訳」することが増えていますが、ゲームでもそういうことはあるのですか?

野口 :あります。たとえば、もとがロシア語で英語に訳されたゲームを日本語にしたことがあります。このときには、ロシア語から英訳した翻訳者さんが不明点を申し送りされていて、それを読みながら訳しましたから、ひと手間増えた感じでした。

加賀山 :ふだんゲーム翻訳で心がけていることはありますか?

野口 :いつも考えているのは、正確な翻訳を前提としてですが、日本語の自然さとゲームの世界観です。開発者の意図したとおり、プレイヤーができるかぎり言語の壁を意識せずプレイできるように、ということをいつも心がけています。なかなか難しいですが。

加賀山 :やはりふだんからゲームをしているほうがいいんでしょうね?

野口 :そうですね。独特の用語もありますし。「マップ」を「地図」と訳したら大体はそこで終わりなので(笑)。ふだんからゲームをやっていればそういうことがわかります。

加賀山 :あと『Amelia』には、ちょっと抽象的ですが、ゲーム翻訳では映像の字幕翻訳よりもっと自由度の高い「遊び」が求められる、とあります。具体的にはどういうことでしょう。

野口 :おもにキャラクターの口調じゃないでしょうか。このあいだの仕事では、魚のキャラクターが出てきて、「文末は『ギョ』にしてください」という指定がありました(笑)。たしかに映画では厳密な字数制限もありますし、その手の指定はなさそうですね。

加賀山 :指定がなくても大胆に訳したりしますか?

野口 :いえ。特に大人数で作業するような場合は、こちらから勝手にすることはありません。あとでチェッカーの方が直しにくくなると思うので。自分もチェッカーを任せていただくこともあるのですが、結局統一させないといけないので、できるだけニュートラルに訳してもらったほうがやりやすいです。ですので翻訳の際は自分もできるだけそうして、やるとしても年齢を意識したり、いくらか男っぽい、女っぽい口調にする程度です。

加賀山 :なるほど。複数の翻訳者がかかわるときには「翻訳支援ツール」を使うそうですが、野口さんも使われますか?

野口 :はい。最近は支援ツールを使って訳すことがほとんどです。memoQとかMemsourceとか。オンラインでほかの翻訳者さんの訳語が見られたり用語を登録できたりして、チェッカーさんが読むまえに訳語の統一がしやすいといったメリットがあります。

加賀山 :それは翻訳の仕事で初めて使ったのですか?

野口 :そうです。特に講座に通ったりはせず、これも独学で習得しました。

加賀山 :なんでも独学(笑)。

野口 :ほかのツールですと、Smartcatというプラットフォームですとか、このあいだはConversation Previewerという、ゲーム内の会話の枝分かれをずっとたどっていけるツールを初めて使いました。全体の状況がつかみやすくなって便利でした。

世界観にこだわりたい

加賀山 :ゲーム翻訳にかぎらず、これから進みたい分野や、訳したいものなどありますか?

野口 :映像翻訳には昔から興味があります。ゲーム翻訳については、インディーゲームで、納期がもっと長くて、ゲーム画面も確認でき、翻訳のクオリティを上げられるものがあれば訳したいです。クオリティ優先でやってみたいという気持ちがありまして。

加賀山 :ああ。完全に1本担当して、全体を把握できるような仕事ですね。

野口 :実力を最大限発揮できる環境でやってみたいというのは、正直あります。ゲーム翻訳は納期も厳しいし、このジャンルに特有の「推測」のせいで、実力を充分発揮できない場合も多いと思うんです。妥協せざるをえないこともありますから、全部自分で納得できるまでやれたら楽しそうです。

加賀山 :その気持ちはよくわかります。出版翻訳でも、訳したところからどんどん提出して、と言われるより、最後まで訳してきちんと見直してから全部提出したいと思いますからね。

野口 :そういう意味で、出版翻訳にも憧れます。世界観にこだわれる点で。とはいえ、いまは目のまえにあるゲーム翻訳を必死でやっていくつもりです。それが将来どこにつながるかはわかりませんが、とにかくエンターテイメントに関わっていられれば幸せだなと思っています。

加賀山 :今後、ゲーム翻訳をしたいというかたにアドバイスはありますか?

野口 :ゲームを英語と日本語の両方でプレイして、見比べると勉強になると思います。用語も含めて、こういうふうに訳すんだということがわかりますから。自分も勉強と趣味を兼ねて、アメリカのゲームを英語のままでも、日本語設定でもプレイしたりしています。
 ゲーム翻訳が好きな理由がもうひとつあります。一度高校を辞めて、何もせずに時間だけがすぎていくような感じになったことがあるんですね。そのとき、小学生のころに好きだったゲームが部屋にあって、「これ、最後までちゃんとやってなかったな」と思ってプレイしてみたら、久々に時間が戻ってきたというか、すごく救われた。だから、自分の仕事がもしもそういう人の役に立てていたとしたら、すごくうれしいです。
 ゲームというのは現実逃避なんですけど、そこで休んでまたがんばれる、みたいなことが自分にはあったので。じつはそれがいちばんこの仕事を続けていられる理由です。

■じんと来ました。「なんでも独学で」と軽くおっしゃっていましたが、裏でしっかり努力されているのだと思います。これからも楽しいゲームを作ってください。いつか出版翻訳にもどうぞ。

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ゲーム地方で翻訳実務翻訳未経験