徳川 真純さん
IT系の実務翻訳をしながら映像翻訳も手がける
プロフィール
大学卒業後、新卒で総合商社に総合職として就職。4年間勤めた後、自分の名前で仕事をしてみたいという思いで一念発起し、退職して翻訳学校の短期集中講座などを受講。IT系の実務翻訳のトライアル合格を受け、2018年にフリーランス翻訳者に。現在は、IT系の販促資料やWebコンテンツ(英日)、アウトドアメーカーのコラム記事(日英)、その他、一般的なビジネス/マーケティング文書などの翻訳を手がける。ドラマや映画を見るのが好きなことに加え、クレジットの最後に載る翻訳者名への強い憧れから、映像翻訳にも注力している。将来的に挑戦してみたいのは、C・ノーラン作品のような難解な映画やユーモアと翻訳の両方のセンスが問われるスタンダップコメディーの字幕。英語力と日本語力を磨くべく、日々研鑽を積んでいる。趣味は、ゴルフ、スポーツ観戦、映画・アニメ鑑賞、ダーツ、お菓子作りなど。
積極的に仕事を開拓
加賀山 :今日は千葉県でおもに実務と映像の翻訳をしておられる徳川真純(とくがわ ますみ)さんにお話をうかがいます。プロフィールを拝見すると、すでにいろいろな仕事をされていますが、いまは実務の仕事が多いんでしょうか?
徳川 :そうですね。新卒で商社に入って、ビッグデータとかオンライン決済など、IT関連の案件を担当していましたので、翻訳の依頼もいまはIT関連の実務が多くなっています。
加賀山 :大手IT企業のストレージやセキュリティソリューションの販促資料、仮想化ツール製品を紹介するウェブページなどを訳されています。
徳川 :製品紹介の資料などはよく訳しますし、それと関連したプレスリリースとか、大きなIT系のイベントなどがあったりすると、プレゼンテーションの資料や字幕を訳すというような依頼もあります。
加賀山 :英日の翻訳ですから、外資系企業なんですね。海外家具メーカーの販促資料というのも同じ感じでしょうか。これらはアメリア経由で入ってきた仕事ですか?
徳川 :はい。とにかくトライアルに合格しないと始まらないということで、IT系やマーケティング系のトライアルを連続で何社か受けました。幸い合格して、そこから継続的に依頼していただいています。一方、映像のほうでも合格しましたが、こちらはなかなか実際の仕事に結びつかず、つい先日、案件を依頼したいという連絡をいただいたばかりです。
加賀山 :翻訳者としてだいたい何社に登録していますか?
徳川 :契約しているのは8社ほどですが、定期的に仕事をいただいているのは3社ぐらいです。
加賀山 :直接企業から頼まれることもありますか?
徳川 :8社中、企業と直接契約しているのが4社です。私は人と会ってしゃべるのが大好きで、フットワークも軽いほうなので、翻訳業を始めたときにいろいろな人と話をしまして、それがきっかけとなって、社内で翻訳が必要になった時に声をかけていただき、その企業と直接契約することになりました。
加賀山 :それはあまり見ないパターンかもしれません。翻訳会社を介する場合が多いので。積極的ですね。
徳川 :営業活動というほどではありませんが、ひたすらアピールして(笑)。
加賀山 :アウトドアウェアメーカーの製品紹介やブログ記事の翻訳もされています。
徳川 :ぜんぜん職種が違いますよね(笑)。これは商社時代の友人が出版業界に転職したことからつながった仕事です。
TRANSITという旅行雑誌、ご存じですか? 年に4回出る季刊誌ですが、その雑誌を担当していた友人からの依頼で、記事を訳したことがありました。それが社内で評判になったらしく、別の部署のかたが「日英翻訳者も探しているから、もしできるならやってほしい」ということで、アウトドアウェアメーカーの日英翻訳の仕事を紹介してくれたんです。
訳した記事が掲載されたTRANSIT誌。
思い出の案件だ。
加賀山 :あ、これは日英でしたか。バイオベンチャーの採用ウェブサイト、インタビュー記事も日英ですね。
徳川 :病気の早期発見・治療を目指している企業です。もともとそこのプレスリリースの日英翻訳をしていたんですが、「キャラクター的にもっとコンシューマ向けのライトな文章が得意だろう」と言われまして(笑)、インタビュー記事とか、採用時に社内の文化を伝えるような案内文を英訳しました。もはやキャラクターで仕事を獲得していて、ふつうとはちょっと違うかもしれません(笑)。
加賀山 :これは日本の企業で、英語を使う人を採用したいからということでしょうか?
徳川 :そうです。あと海外投資家向けに、こういう採用をやっていますというアピールのために使う場合もあります。
加賀山 :ご自身でけっこう顧客を開拓されたのですね。
徳川 :そのせいもあって、ジャンルがいろいろなので勉強がたいへんです。
加賀山 :ここ数年はコロナ禍ですが、実務系の仕事の内容は変わりましたか?
徳川 :変わりましたね。IT系のイベントの資料が減った代わりに、社内向けの研修の資料や動画が増えました。社内イントラなどに配信する動画に字幕をつける仕事とか。
加賀山 :コロナ禍で社員の人たちがオンラインで学ぶようになったんですね。
商社の総合職から翻訳者へ
加賀山 :映像の翻訳もときどきあるようですね。
徳川 :はい。大きく分けてふたつあります。ひとつは実務寄りで、企業のイベント登壇時のプレゼン動画に字幕をつける仕事です。大手IT企業のソリューションやツールの販促動画のほか、セキュリティ、APM、決済、IoT、AI分析などのオンライン研修用動画などもあります。
もうひとつは映像関係の翻訳会社さんからいただく仕事です。もともと翻訳者になりたかった理由が、映画やドラマの字幕をやりたいということだったんですが、こちらはフェロー・アカデミー時代にお世話になった先生の紹介で、ドキュメンタリーの下訳をいくつかやらせていただいたくらいで、まだこれからです。
加賀山 :実績には、ファッションイベントの配信用動画の字幕もあります。
徳川 :映像系のトライアルに2社うかっていまして、それはアメリア経由でうけた企業からの案件です。じつは英日で合格したのに、「日英できない?」と依頼された案件でした。英語の字幕はほとんど勉強したことがなかったのでちょっと不安でしたが、意外とちゃんとできていたみたいで、よかったです。
加賀山 :出版はさっきおっしゃったTRANSITという雑誌の記事の英日翻訳ですね。全体的にだいたいこのくらいでしょうか?
徳川 :そうですね。あとは本当に細かいもので、友だちからMBAに行きたいので推薦状を訳してくれとか(笑)、便利屋さんのような案件が少しあります。
加賀山 :割合はどんな感じでしょう。実務8割、映像2割とか?
徳川 :ちょうどそのくらいですね。実務のなかではIT関係が7割くらいです。そう言えば、まえに勤めていた会社からも仕事をもらっています。業者選定のコンペがあるんですが、価格と信頼度でお願いしたいと言われたことがあって。
商社のビジネスはちょっと訳しにくいところがあります。「営業部」といっても単純にSalesではないんです。事業会社の管理なども「営業」に入っていて、それはBusiness Operationだったり。そういう感覚がふつうの人にはないので、むずかしいのかもしれません。
加賀山 :大手商社の正社員だったわけですが、そもそもどうして翻訳をやろうと思ったのですか?
徳川 :学生時代から商社に行きたくて入社したんですが、けっこうしんどい生活でして、夜も遅いし、海外出張で東南アジアに深夜便で行って、現地で仕事をして、また深夜便で帰ってきてそのまま出社というようなこともあり、このままでは体がもたないなと感じました。
加賀山 :それはつらそう……。
徳川 :あと個人的には、夫も同じ会社の総合職でしたので、お互い駐在になったときにずっと会えない状態が続くかもしれない、どちらかがフレキシブルに動けたほうがいいだろうと。それで私が会社を辞めて自営で働くことになりました。
昔から映画で字幕翻訳者の名前が出るのがかっこいいなと思っていたんです。自分の名前で仕事をすることに憧れがありました。翻訳専門の学校にかよったこともなかったんですが、夫に「しばらく収入はまったくないかもしれないけど、がんばってくれない?」と頼んで、応援してもらえることになりました。
加賀山 :なるほど。でもここまでずっと仕事があって順調ですよね。
徳川 :どうでしょう。「3年で実績出します」なんて啖呵きって会社を辞めましたんで(笑)、もっと上をめざしたいです。現状はちょっと進捗が遅いかなという感じで……。
加賀山 :ご自身的には(笑)。たしかに短期決戦型というか、会社を辞めたあとで一気に学校にかよわれていますよね。
いままでのお仕事のなかでとくに印象に残っているものはありますか?
徳川 :いちばん印象に残ってるのは、TRANSITで訳した「令和時代における日本の君主制」です。見開き2ページの記事でしたけど、マジでしんどかった(笑)。
加賀山 :これは天皇の話題ですか?
徳川 :そうです。愛子さまが天皇になるべきかというような、けっこうセンシティブで、日本語でも英語でもあまり読まないような内容でした。
加賀山 :旅行雑誌でよくそんな話題に触れましたね(笑)。
徳川 :ほんとですよね。「攻めすぎじゃない?」とちょっと思ったんですけど、ただこのときには、イギリスの王家や、日本の天皇についてかなり勉強しましたし、関連する本も図書館で5、6冊借りて読んだりして、がんばりました。初めて翻訳者として自分の名前が出た仕事なので、そのことでも印象に残っています。
趣味のゴルフで息抜き。ベストは87!
いつかゴルフを題材にした作品を訳したい。
加賀山 :「古代文明の崩壊から現代人が学べること」という記事も訳されていますが。
徳川 :それは内容がおもしろかったし、訳しやすかったです。問題を先延ばしにした結果、マヤ文明が滅びました、というような。
あとは、フェロー・アカデミーの先生の下訳の仕事がおもしろかったですね。飛行機事故の原因を解明するドキュメンタリーでした。これもかなり調べ物が多かったんですが、友だちがちょうど航空会社に勤めていたので、すごくたくさん質問をしたのを憶えています。たとえば、滑走路に関する会話での“One-Five”という台詞は、日本語でも「ワン・ファイブ」と言うのか「イチのゴ」と言うのか。字幕なら「15」と書けばいいんですが、吹替の場合には発音しなければいけません。そういうのは吹替が少し面倒なところですね。
トライアルを活用して仕事を獲得
加賀山 :翻訳学校はどうやって探されたんですか?
徳川 :私は幼少期にアメリカで6年暮らしていて、基礎的な英文法を日本語で勉強してこなかったので、「現在完了形」と言われても「ん?」という感じでした。そういう文法的なことと、英語から日本語、日本語から英語にすることの基礎を学びたいなと思いました。まずは週1ではなく週3回でみっちり学べるような授業を探して、フェロー・アカデミーのベーシック3コースを受講しました。
そのとき、出版はあまり向いていないことに気づきました(笑)。本を読むのは好きなのですが、訳すとなると字幕や吹替のほうがやっていて楽しいと気づきました。あとは仕事で文書に接することが多かった実務関係をもっと勉強しようと思ったんです。
加賀山 :それで次はベータ応用講座「IT・テクニカル」と、吹替・字幕のコースをとられたんですね。それとは別にドキュメンタリーのコースも修了されています。
徳川 :そこも戦略的なんですけど、映像のトライアルはドキュメンタリー関連が多いと聞きまして、この際勉強しようと思ったんですね。吹替と字幕の両方を学びました。
加賀山 :ドキュメンタリーはその後ゼミにも進まれたんですね。ワイズ・インフィニティの映像翻訳講座も修了されています。
徳川 :アメリアに登録して映像系のトライアルに申しこもうとすると、そのころは「映像系で2年以上の実績が必要」とか、けっこう条件が厳しかったのです。一方、ワイズのほうは、講座を修了すると、実績がなくても同社のトライアルを3回無料で受けられるというメリットがありました。だったらちょっとでもかよってトライアルのチャンスを得るほうが、突破が早いかなと思って、ワイズも受講しました。結果としてトライアルには合格しました。
加賀山 :戦略成功でしたね。アメリアに入ったのはいつごろでした?
徳川 :アメリアには2018年にフェロー・アカデミーで習いはじめたときに同時に入りました。どんな会社の求人が出ているのか見たかったということもありますし、募集している単価がいくらかというのもなんとなく知りたかったので。もちろん単価を書いていない会社もありますが。
加賀山 :市場調査ですね(笑)。アメリアに入ってよかったと思うことをうかがえますか?
徳川 :映像はいま言ったような条件でむずかしいこともありますが、実務のトライアルはかなりチャンスが多いので、もう少し仕事が欲しいなと思ったらアメリアのトライアルを受けると道が開けます。また、プロフィールをしっかり書いておけば、そこから声をかけていただくこともありますし、そういう点でとても便利です。
加賀山 :翻訳学校やアメリアをうまく活用して仕事を開拓されていますよね。
徳川 :最近ひとつ思うことがありまして、私は英語の聞き取りはできるので、映画は字幕で見て、翻訳でも字幕をやりたいと思っていたんですが、じつは吹替のほうが向いているかもしれないなと。おしゃべりな性格ですし、大学ではスピーチもして、どうやって気持ちをことばにのせるのかというようなことを考えていましたから。それに、吹替のほうが情報量も多くのせられるので、こっちのほうが自分には合っているかもしれないと、いま揺れています。
大学時代に英国のヨーク大学へ1年間留学。
以来、常に複数種類ストックするほど
紅茶に目がない。
加賀山 :吹替と字幕の違いはどういうところにあると思いますか?
徳川 :やはり情報量の違いをいちばん感じます。字幕で映画を見ていると、全体の流れと関係のないところは省かれがちで、せっかくキャラクターの特徴が出てるのにというようなところもスルーされてしまうこともあるので、のせられないのがもどかしいときがあります。学校の授業でも、「うまくぎゅっとまとめているけど、物語の本質がぶれるから、ここは文の後半だけに集中したほうがいい」というような指摘を受けることが何度かありました。そういうところは、吹替だと少し緩和されるのかなと思います。
加賀山 :字幕はどうしても字数の制限がありますからね。
徳川 :その制限のなかでいかにシンプルに、きれいに、キャラクターを殺さずに伝えるかということを突きつめていくのが字幕なんですが、やはりジレンマはありますね。
英語の勉強は手書きで
加賀山 :翻訳に関して、日頃何か特別に勉強をしていますか?
徳川 :英検1級を持っていて、英語はできると言われるんですが、受験英語をしっかり学んだことがありませんから、じつは勉強がつらいんです。そこで何をやっているかというと、朝はまずABCなんかの英語のニュースを見て、聞き取ったうえで、「この単語なんだっけ」というようなところを確認しています。それも、エクセルとかに打ちこむのではぜんぜん頭に入ってこないので、ノートに書き留めるという古典的なやり方です。あと日本語のほうは、本や新聞を読むのと、アニメをよく見ます。
加賀山 :アニメというのはなぜ?
徳川 :小説だと読みたいジャンルが偏ってしまうんですが、アニメだとけっこう特殊なジャンルを扱っていたり、キャラクターの一人称や語尾が個性的なことが多かったりするので、それを参考にしています。ドラマや映画と違って、30分以内にサクッと1話見られるのもいいですね。「こういう台詞を言わせてみたいなあ」というようなものは、エクセルにまとめています。
加賀山 :それはエクセルですか。
徳川 :そうなんです(笑)。英語は書かないと憶えられないんですが、日本語はエクセルです。このへんが帰国子女で、ネイティブではないなと思うところです。
加賀山 :おもしろいですね。いまは実務の仕事が多いけれど、ゆくゆくは映像翻訳を増やしていきたいということでしょうか?
徳川 :そうですね。ちょうどいまチャンスがあるので、映像の仕事を増やし、実務を減らしていきたいです。ただ、これまで実務でお世話になってきた取引先との付き合いも大事にしたいので、100パーセント映像にするのはどうかなと悩むところもあります。先生からも、「実務でいま充分仕事があるなら、しばらく二足のわらじでやったほうがいいのでは」と言われています。
加賀山 :またどこかの会社に戻ろうと思うことはありませんか?
徳川 :ありません……いや(笑)、なくはないです。翻訳の仕事は、とくに駆け出しのころは黙々と仕事をするだけで、孤独です。業界の友だちができにくいというのもあって、会社に戻るという選択肢が頭をよぎることもありますね。かなり勇んで出てきちゃったので、もう後戻りできない状況ですが(笑)。
加賀山 :会社員に戻るなら4〜5年のうちに考えたほうがいいですよね。私も昔、お金に困って就職活動したことがありますけど、もう遅いと言われました(笑)。
あ、プロフィールにも、将来的にはテレビ番組や映画作品などの字幕・吹替翻訳に携わりたいと書かれています。
映画のロケ地に衣装の展示…
LAのスタジオツアーは映画好きにはたまらない!
徳川 :じつはむちゃくちゃむずかしい分野をやりたいと思ってまして、それはスタンダップコメディです。
加賀山 :むずかしい!
徳川 :そうなんです。でも、好きですし、そういうのができたら「言語の達人」感がありますよね。だから目標は高く設定して。1時間訳すのもそうとうしんどいだろうなと思いますけど。なんかビッグマウスになってますか(笑)。
加賀山 :英語の字幕の実績もありますが、それはあまりやろうとは思わない?
徳川 :英語の字幕はあまり……。実際にやってみると、やはりネイティブじゃないなと感じることが日本語よりも多いと感じます。そういうレベルに達するまでの勉強量もたいへんですし、抽斗が足りないと。
「そんなにアニメが好きだったら、アニメを英語にしたらどう?」とよく言われるんですが、好きなものは思い入れが強すぎて、割り切って考えられないので、いつまでも自分が納得のいく訳にならなそうですね。
加賀山 :英語ができるかたにはできるかたの悩みがあるんですね(笑)。たぶんそういう違いが私たちよりわかるんだと思います。
■ いろいろな戦略的アプローチはなるほどと思いましたし、英語生活が長かったかたならではの翻訳の仕事のとらえ方も新鮮でした。そして、すばらしいコミュニケーション能力。チャンスを確実につかんで映像作品にお名前が出る日も遠くないという気がします。