アメリア会員インタビュー

名取 祥子さん

第140回

「雰囲気」を伝えるファッションの翻訳名取 祥子さん

Shoko Natori

通訳をめざした時期も……

加賀山 本日は、おもにファッションブランド関係の翻訳で活躍しておられる、名取祥子(なとり しょうこ)さんにお話をうかがいます。現在は完全にフリーランスですか?

名取はい。アパレル会社で社内通訳・翻訳・PRを4年間担当していたのですが、昨年3月に退職しました。その後、アルバイトをしながら5月からフェロー・アカデミーのベーシック3コース(総合翻訳科)で学び、9月にはアルバイトも辞めて、完全にフリーランスになりました。

加賀山 学んだあとお仕事が続いているというのは、順調な出だしですね。いまはどのような内容が多いのでしょう。

名取海外ブランドのプレスリリースや通販用のウェブサイト、カタログなどの翻訳ですね。扱う商品は、服、時計、ジュエリー、化粧品、香水、インテリア雑貨など、さまざまです。
 社内用のリリースや人事異動情報、社員用のマニュアルなど、社外に出ない文書を訳す仕事もあります。あと最近多いのは、インスタグラムなどのSNSの翻訳です。

加賀山 それらは週1回とか、定期的に入ってくるのですか?

名取毎日いくらか入ってきます。ボリュームが多いものは、ある程度の期間をいただきますが。

加賀山 毎日ですか。仕事はトライアルを受けて開拓されました?

名取トライアルも受けますが、ファッションや消費財に関連する翻訳の場合、トライアルに合格しても、なかなかすぐに仕事に結びつかないということがあります。私もそうでした。現在は、昔勤めた会社から直接依頼される仕事と、翻訳会社経由でいただく仕事がだいたい半分ずつです。

加賀山 アパレル会社にお勤めでしたが、何がきっかけでフリーの翻訳者になろうと思ったのですか?

名取昔は通訳になりたかったんです。小学生時代のほとんどをコネティカット州ですごしましたし、その後フランス語も学びましたので。ただ、実際に通訳と翻訳の仕事をするうちに、翻訳のほうに魅力を感じたのですね。

加賀山 仕事でフランス語も訳されるのですか?

名取はい。いちばん多いのは英日で、だいたい6割。あとは日英と仏日が2割ずつですね。ファッション系なので、フランスの会社が多いのです。

加賀山 フランス語はどうやって学ばれたのですか?

名取まず大学が仏文科でした。あとは4年間、夫の仕事の関係でパリに住んでいました。そのときにはまだ通訳がやりたくて、仏日の同時通訳を専門とする現地の大学院に入ろうとしたのですが、かなりハードルが高く、あきらめかけたときに、たまたま日本人の店員を探していた店に雇ってもらえたのです。それがファッションとの出会いでした。

加賀山 それで帰国後もファッション関係の会社に就職された。

名取はい。自然な流れでした。そのフランスの店にいた上司から、翻訳書を出すので手伝ってくれない? と言われまして、下訳の仕事も経験しました。フランスのモデルによるパリのショップガイドのような本でしたが、それが初めての翻訳の仕事でした。

加賀山 ラッキーでしたね、いきなり本になる仕事ができたのは。

名取そうですね。すごくいい経験になりました。帰国後、会社で働くうちに翻訳に興味が湧いたので、コンクールや体験授業も受けてみて、本格的にやってみたいと思うようになったのです。
 ただ、高校生のころから翻訳書はよく読んでいたので、翻訳への興味は昔からありました。

加賀山 どんなものを読まれました?

名取高校の図書室に堀口大学さん訳の『月下の一群』があったんです。それに感動して、ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌの詩を読み、バルザックとかスタンダールの小説にも親しむようになりました。それがフランス文学との出会いでした。

加賀山 翻訳をやるときにも、最初からフリーランスをめざしていたのですか?

名取そうですね。アパレル関係はけっこう勤務時間が長いのです。土日もイベントとかが多いし、出張もよくあります。二足のわらじはむずかしいと最初から思っていたので、退職しました。

アメリアでのプロフィール公開で出版の仕事を獲得

加賀山 もうすぐ訳書が出版されるとうかがいました。

名取はい。アメリアにプロフィールを登録していたら、ある出版社さんから、イギリスのメンズファッションの本を出すので翻訳をお願いできますかというメールが突然来まして。

加賀山 トライアルもなく? それはすごい。

名取新手のドッキリかと思いました(笑)。ファッションを専門に訳しているということで声をかけていただいたのだと思います。ニッチと言えばニッチな分野ですから。そのあと試訳を1章分提出してOKが出まして、すべて訳すことになりました。
 ファッションだけでなく、音楽やライフスタイルなども含めた教養全般を扱う内容で、イギリスではシリーズ化されてすでに3冊ほど出ています。

加賀山 へえー(と原書を見ながら)、いろいろな有名人が出ているし、写真も豊富でおもしろそうです。出版はもうすぐですか?

名取9月末です(『MR PORTER PAPERBACK(日本語版)』。セレクトショップBEAMS監修のもと、トランスワールドジャパン株式会社より発売)。写真も訳書にそのまま使われています。これがまた次につながるといいんですけど。

加賀山 いきなり仕事が来ることもあるんですね。アメリア、役に立ってます(笑)。
 フェロー・アカデミーのベーシック3コースは実務、出版、映像を幅広く習うコースですが、最初から実務翻訳を考えていました?

名取最初は出版でした。

加賀山 ああ、仏文専攻ですからね。

名取でも、やはり生活を考えると、実務から経験を積んでということになりました。
 映像の仕事はとくに考えていませんでしたが、字幕は勉強になりましたね。いまの仕事でも、ブランドのイメージビデオやユーチューブの映像がありますから、字幕のルールを学んだことがけっこう役立ちます。ほかにも、たとえばresourceというのは日本語になりにくい単語ですが、以前、映画の字幕で「手段」と訳されていて、なるほどと感心したり、いろいろな発見があります。

「時計」の翻訳はひと苦労?

加賀山 ふだんはどういう生活をされていますか?

名取8時すぎぐらいから夕方6時ぐらいまで、ずっと家で訳しています。仕事があればですけれど(笑)。

加賀山 仕事と関連して、ふだんから心がけていることはありますか? たとえば、情報収集の方法とか。

名取ブランドのイメージは、ショーとかを実際に見ないとつかめないことが多いので、実店舗に足を運んだり、雑誌やブランドのホームページを定期的に見たり、時計などについてはメンズファッションの雑誌も見ます。いろいろなところにアンテナを張っておく必要がありますね。

加賀山 ファッションは最新情報が重要ですよね。

名取あと、実務翻訳のなかでもファッションには独特なところがありまして、情報伝達だけではないのです。イメージとか雰囲気が大切で、ある意味で夢を売る仕事ですから、直訳的なそっけない文章を出すとNGになります。
 日本語として自然で、かつ読んだ人が、いいな、欲しいなと思わなければいけない。けっこうクリエーション的なところがありますね。

加賀山 ああ、たしかに。コピーライティングに近そうです。

名取はい。ですので、コピーライティングの本も読みますし、電車のなかでも広告をよく眺めています。
 雰囲気をどう表現するか、誇張の形容詞(たとえば、よく出てくるextravagant)をどう訳すかというのは、大きな課題です。「美しい」や「すばらしい」だけではもちろんだめですが、かといって大げさになりすぎてもいけない。そういう点で便利なのは英英辞典で、英語だけ読んで雰囲気をつかんでから、自分で日本語を考えるということをよくします。

加賀山 文芸翻訳でも英英辞典は重宝します。英和辞典の日本語に引きずられなくてすむし、ネイティブの頭に浮かぶイメージの優先順位がわかるので。

名取「盛り」具合はブランドによってもちがっていて、私の訳よりずいぶん派手に表現するブランドもありました。イメージ作りの一環で、短篇小説のようなものを訳すこともあります。仕事の内容が多彩になってきていますね。
 あと、消費財のデジタルコンテンツの場合、サイクルが短くて変わるスピードが速いので、自分の訳がどうだったのかというフィードバックがなかなか得られない、気づいたときにはもう消えているという問題があります。そこで、ホームページなどはできるだけ確認して、自分の訳がどう直されているのかを見るようにしています。そこを次から改善するのです。

加賀山 ファッション特有の課題がいろいろあるのですね。

名取とくにややこしいのは時計で、用語はもちろん、部品とか、構造とか、かなりくわしく知っておかなければ訳せません。ブランドによって、たとえば「ダイヤル」と「ダイアル」、「クラフトマンシップ」と「クラフツマンシップ」と「職人技」というふうに、表現がちがったりもします。「タイムゾーン」、「クロノメーター」など、まあこれはファッション全般に言えることでもありますが、非常にカタカナが多くなってしまうので、漢字やひらがなをどのくらい、どんなふうに混ぜるかというのが技術の見せどころです。
 これにかぎらず、ブランドごと、シーズンごとに用語も変わりますし、移り変わりが激しい分野なので、つねに注意が必要です。

文化を学ぶことの大切さ

加賀山 これから挑戦してみたい分野などありますか?

名取しばらくこのファッション、消費財の分野は追求したいですね。あと、文芸翻訳は永遠のテーマなので、いつか手がけてみたいです。

加賀山 出版翻訳の場合、英語よりフランス語でチャンスが広がるかもしれません。翻訳ミステリーでもこのところフランス語がブームです。フランスの古典の新訳なんかいかがですか?

名取もともと古典が好きで仏文に入ったのですが、古典はむずかしいですね。

加賀山 100年ぐらいまえの作品だと、やはりフランス語がぜんぜんちがいますか?

名取それほどちがいませんが、たいてい文章が長いのです。全員がプルーストほど長いわけではありませんけど。

加賀山 プルースト、たしかに。これからファッション分野の翻訳をめざしたいというかたに、何かアドバイスをいただけないでしょうか。

名取結局、ヨーロッパから来るものなので、日頃からヨーロッパ、あるいはもっと広く欧米の文化全般に親しんでおくほうがいいでしょうね。ハイブランドになると、フォーミュラ1とか、テニスのウィンブルドン、あと日本ではあまり知られていませんが、乗馬競技とか、いろいろなスポンサーをしています。そういうイベントもフォローしておくと参考になると思います。たとえば、乗馬競技が時計の広告に使われやすいとか。

加賀山 商品ばかりを研究していてもだめなんですね。

名取ファッション関連の翻訳では、文化的な要素が大きくかかわってきますから。実務のなかでもファッションは、文芸にちょっと近いのかもしれません。

■まったく私の知らない世界で、とても興味深いお話でした。そうですか、時計の翻訳がむずかしいのですね。つねにアンテナを張っておくことは大事ですが、ファッションではとりわけそれが当てはまりそうです。
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