アメリア会員インタビュー

浦崎 直樹さん

浦崎 直樹さん

道を切り開いてフランスのミステリーを翻訳

プロフィール

1960年、東京生まれ。早稲田大学商学部卒。1984年、読売新聞社入社、地方部、経済部、シンガポール支局などで記者を務める。2020年に定年退職したのを機に翻訳を始める。フランス語の訳書に、フレデリック・ピエルッチ、マチュー・アロン著『The American Trap-アメリカが仕掛ける巧妙な経済戦争を暴く』(共訳、2020年、ビジネス教育出版社)、アメリー・アントワーヌ著『ずっとあなたを見ている』 (2021年、扶桑社) 。趣味は落語鑑賞、散歩。

「出版持込ステーション」に提出したレジュメから出版へ

加賀山 :今日は東京で出版翻訳をしておられる、浦崎直樹(うらさき なおき)さんにお話をうかがいます。昨年9月に出た『ずっとあなたを見ている』(アメリー・アントワーヌ著/扶桑社)は、アメリアの「出版持込ステーション」にレジュメを提出したことが翻訳のきっかけだったそうですね。フランスの作品ですが、フランス語がご専門ですか?

浦崎 :大学のときにアテネ・フランセにかよって習っていましたが、就職してからは時間がなく、2016年ごろ仕事に少し余裕ができたので、またかよいはじめました。2017年の秋から2021年の春までは、フランス語翻訳者の高野優先生の個人的な翻訳教室にも参加していました。

加賀山 :大手の翻訳学校にはかよわれなかったのですね。

浦崎 :ええ。ただ、そのまえの2014年の春ごろから朝日カルチャーセンターで越前敏弥先生の月1回の翻訳講座も受けています。授業は、生徒ひとりひとりの訳文について、文法や日本語の改善点を指摘していく形式です。「穴があったら入りたい」というような経験もたくさんしていますが、翻訳の常識や心構えのようなことについても勉強になっています。
 フランス語をまた習いはじめたのは、英語は訳すかたがたくさんいらっしゃるのでフランス語のほうが新たに参入しやすいかなと思ったからでもあります。

加賀山 :なるほど。だからレジュメの原書を選ぶときには、あえてフランスのAmazonを探したわけですか。

浦崎 :そうです。フランス版Amazonのミステリーのジャンルを定期的に見ていて、そこで評価の星が多くついているようなものを取り寄せて読んでいました。

加賀山 :「出版持込ステーション」というのは、アメリア会員であれば誰でも応募できるのですね?

浦崎 :はい。1年に2回やっていまして、その時期になると会員が原書のレジュメや一部の試訳などを提出して、出版社に見てもらいます。

加賀山 :そこで出版社がいいなと思えば、翻訳に結びつく可能性があるということですか。アメリアにはいつから入っておられるのですか?

浦崎 :2018年ぐらいからです。越前先生のクラスの人がアメリアに入っているという話をしていまして、ああ、そういうものもあるのかということで入会しました。

加賀山 :入会してとくによかったと思うことはありますか?

浦崎 :アメリアがなければ訳書は出ていませんから、もちろんそれがいちばんよかったことですね。あと、情報としては英語が多いのですが、毎月コンテストのようなものがあって解説が出るので、読んで勉強しています。知っている人が会報で紹介されたり、コンテストで上位に入ったりすると、こちらも刺激を受けますね。

加賀山 :アメリアは各種トライアルの窓口にもなっていますが、トライアルにも応募されますか?

浦崎 :一度フランス語の案件で応募したことがありますが、たしか20名ほど応募があって、合格しませんでした。私としては、トライアルよりレジュメを作って売りこむほうがいいのかなと思っています。

加賀山 :ヒット率が高そうなものに取り組むということですね。企画が通ったという連絡があったときには、どう思われましたか?

浦崎 :初めての挑戦だったのであまり期待はしていませんでした。それだけに、アメリアから連絡をいただいたときには本当にうれしかったです。喜びと同時に、「大変なことになった。一冊最後まで訳せるだろうか」という不安もいだきました。高野先生の教室の同期生に話すと、自分のことのように喜んでくれ、訳文についてもアドバイスをくれました。同じ目標を持って勉強している仲間がいるのは心強いですね。

加賀山 :企画はそう簡単には通らないでしょうね。

浦崎 :かもしれません。運がよかったのだと思います。編集のかたには、レジュメがよかったと言っていただきました。高野先生の教室では短篇を8回ぐらいかけて訳すんですが、1回目は1000字ぐらいでその短篇のレジュメを作ることが課題になるので、それがだいぶ訓練になったのかと思います。
 それと、越前先生の著書『文芸翻訳教室』(研究社)に、レジュメの書き方とか訳者あとがきの書き方などが説明してあって、とても参考になりました。

加賀山 :高野先生はフランスの短篇の翻訳コンテストみたいなことも主催しておられますよね。

浦崎 :ええ。私はそれも毎年出していましたが、入選したことがありません(笑)。

加賀山 :昔からミステリーがお好きでしたか?

浦崎 :中学生ぐらいから本格ミステリーを読んでいました。就職してからはしばらく時間がなかったのですが、50代ぐらいから読書を再開しています。

加賀山 :やはり翻訳の勉強だけではなくて、読書好きという素養があったのだと思います。

浦崎 :越前先生も高野先生もミステリーを数多く訳されていますので、それもミステリーを訳そうという気になった理由のひとつです。

ミステリーを訳す苦労

加賀山 :翻訳された『ずっとあなたを見ている』についてうかがいます。数ある本のなかから、この作品を選んだ理由は何でしょうか?

浦崎 :Amazonのレビューで、まんなかあたりにひねりがあっておもしろかったという評が多かったので、取り寄せてみたのです。私でも比較的楽に読めたので、始めるにはこれがいいかなと思いました。アメリアに「出版持込ステーション」というものがあることは知っていて、定年後は時間ができるのでチャレンジしてみるつもりでした。

iMacにもう1枚モニターをつなげ、
2画面フルに使って翻訳を行う

加賀山 :何冊ぐらい読んで、この作品に出会いましたか?

浦崎 :2、3冊です。

加賀山 :意外に早かったんですね。訳すのにはどのくらい時間がかかりました?

浦崎 :原書で300ページちょっとですが、退職後でしたからフルタイムで取り組んで、3カ月ぐらいでした。4月末に訳すことが決まり、編集のかたから7月末までにお願いしたいと言われて。

加賀山 :それは厳しい(笑)。

浦崎 :相場感がわからなかったので(笑)。

加賀山 :あ、でも共著ですでに1冊、仕事はされていたのですね。フレデリック・ピエルッチ他『The American Trap-アメリカが仕掛ける巧妙な経済戦争を暴く』(ビジネス教育出版社)という本が出ています。

浦崎 :それはノンフィクションですが、高野先生に習っている人たちとの共訳でした。エネルギー関連の大企業の取締役だった著者が、アメリカに出張した際に逮捕されて、理由はフランスの企業を妨害するためだったという告発本です。

加賀山 :出版は2020年2月です。

浦崎 :そのころはまだ会社に勤めていました。私の担当は60ページぐらいだったので、夜とか休日を使って訳すことができました。

加賀山 :そういう経験があるから今回の本も3カ月で訳せたのかもしれませんね。訳したときに苦労されたことはありましたか?

浦崎 :歌手とか製品とか、固有名詞がかなり多かったので、調べるのがたいへんでしたかね。長い作品を訳すと、ここはこういう意味かなと思っていたものが、数十ページ先でちがっていたことがわかったり、まったく理解できなかったことが、あとでこういうことだったのかとわかったりしました。

加賀山 :それはよくありますよね。

浦崎 :表記の揺れも、注意していたつもりだったんですが、実際に1冊訳してみると、ゲラが返ってきたときに統一されていないものがたくさんありました。

加賀山 :まあ、それぞれのページの見た目の印象などもありますから、表記は完璧にそろっていなくてもいいとは思いますが……。
ずっとあなたを見ている』という作品の魅力は、ズバリどういうところでしょう。

浦崎 :ネタバレになるのでくわしくは話せませんが、最初から読んでいることと、まんなか以降のことが、ガラッと意味が変わりますので、そこがいちばんの魅力だと思います。奥さんが水難事故で亡くなった夫に、奥さんの亡霊かと思われるようなものが現れるとか、いろいろ不思議な出来事が起きます。後半になって、それらすべての辻褄が合うのです。
 そういう筋なので、伏線がいろいろあるわけですが、そこをわざとらしくなく、でもちゃんと書かなければならないというところがむずかしかったと思います。

加賀山 :たしかに。わざとらしい訳だとバレてしまいます。

浦崎 :あと、主要な登場人物が3人いて、各章がそれぞれの一人称視点で語られるので、キャラクターに合わせて人称代名詞や口調も変えるようにしました。「〜だわ」とか「〜かしら」といったいかにも女性的なことばを避けるのが最近の風潮ですが、そのように訳したら、逆にこれは男っぽすぎるだろうと指摘されて直したところもありました(笑)。あれはいい勉強になりました。

フランスのコージーミステリーを訳したい

加賀山 :定年まで大手新聞社にお勤めだったということですが、どういうお仕事が多かったのでしょうか?

浦崎 :新聞記者として入社しました。最初は地方に行って岩手県で5年、東京の経済部で経済取材をしたあと、シンガポール支局で3年ぐらい働き、戻ってきて50代の10年間は地方部というところで、ニュースではなく各地の話題を取り上げるフィーチャーのデスクをしていました。

加賀山 :ほぼ全キャリアでものを書く仕事をなさっていたのですね。そこはバックグラウンドとして強力だと思います。翻訳の次の仕事は入っておられますか?

浦崎 :いや、まだ入っていないので、また書籍をいっぱい買ってレジュメを作っているところです。次もミステリーのようなものを訳したいんですが、フランスにもコージーミステリーがけっこうありまして、そういうものに注目しています。

次はフランスのコージー・ミステリーを訳したい。原書を選んでいると愛猫アーサーも寄ってくる

加賀山 :ああ、それは狙い目かもしれません。フランスのコージーミステリーはあまり見かけないので。英語のコージーの翻訳はおそらく増えていますけど。

浦崎 :でも、いろいろ読んでみると、たしかにコージーなんだけど、ミステリー的にはあまりおもしろくないものもあったりして(笑)。

加賀山 :そのへんのバランスがむずかしいところですね。

浦崎 :Facebookでフランス人がミステリー関係のグループを開いていて、そこに参加していますが、コージーミステリーも話題になるので、参考になります。

加賀山 :情報収集ですね。

浦崎 :情報収集といえば、YouTubeもあります。日本でも「読書ユーチューバー」がいますけど、フランスにもいて、彼らの番組をときどき見ています。フランスのユーチューバーは横溝正史とかスティーヴン・キングも紹介しますが、もちろんフランスの作品も推薦しますので、参考にしています。それとAmazonとか、フランス語の読書サイト、日本でいうと読書メーターみたいなものがあって、そこなんかも読んでいます。

加賀山 :すごい……英語の本についてもそういう情報収集をすべきなんですが、なかなか手がまわりません。ほかに今後取り組んでみたい分野などありますか?

浦崎 :フランスにもシャーロック・ホームズのパスティーシュ(模倣作品)がいろいろあります。そういう作品も手がけてみたいですね。

加賀山 :もともと本格ものを読んでおられたから。

浦崎 :ミステリーに興味を持ったきっかけはホームズでしたから。それと、フランスにもミステリーの賞があって、その受賞作でも訳されていないものがけっこうあるので、そういうものも紹介したい。名の知れた作家が書くものの翻訳は有名な先生のところに行きますので、何か自分で発掘するしかないなと思っています。

加賀山 :高野先生の翻訳を手伝われたりもするのですか?

浦崎 :高野先生のところでは、いわゆる下訳のようなものはなくて、生徒に共訳のチャンスを与えて監訳者がつくことが多いんですね。本に全員の名前が出ます。『The American Trap』では、私のほかに3人共訳者がいて、経験豊富な監訳者がつくというかたちでした。

ドラマや映画で勉強する

加賀山 :ふだん、カルチャーセンターや情報収集などとは別に、何か翻訳の勉強をされていますか?

浦崎 :いまですと、Netflixのフランスもののドラマとか映画をよく観ます。生活のあれこれがよくわかりますし、裁判制度や警官の装備なんかも、ドラマとはいえそれなりにわかるので、気をつけて観るようにしています。

加賀山 :私たちは文字だけの仕事ですけど、映像を見れば一目瞭然ということがよくありますよね。観て楽しいし、勉強にもなる。

浦崎 :警察制度なども、フランス語の資料があまりなくて、くわしくわからないことが多いのです。地方の警察は憲兵(ジャンダルム)なんですが、そういった組織のことも勉強しなければならないので、ドラマや映画は貴重な情報源です。

翻訳に疲れたら近くにある新宿御苑を散歩する。いい気分転換になる

加賀山 :警察や裁判はミステリーには必須ですからね。ほかに日常的に心がけているようなことはありますか?

浦崎 :コロナ禍ですが、できるだけ散歩をするようにしています(笑)。新宿御苑が近いので。落語も趣味です。これもいまはあまり行かないほうがいいんでしょうが、ひと月に1回ぐらい、末廣亭や紀伊國屋ホールに出かけています。気晴らしにいいんです。

加賀山 :翻訳でよく悪人のしゃべり方をべらんめえにしますが、落語のような口調にできるとかっこいいのになといつも思います。散歩にしろ落語にしろ、気晴らしを入れながら仕事しないと効率も上がりませんよね。私も会社員時代のように、睡眠を削って翻訳というようなことはできなくなりました。

浦崎 :効率ということで言うと、仕事の環境は便利になってきています。私はMacを使っていますが、「物書堂」というソフトウェア会社があって、そこのアプリが非常によくて、PDFで来た原書をコピペすると、フランス語でも英語でも、すぐ串刺し検索でいろいろな辞書が引けるんです。いちいち単語を打ちこむ手間が省けます。

加賀山 :はあ、そんな便利なものがあるんですか。探してみます。環境はたしかによくなっていますよね。

浦崎 :Googleの画像検索も便利ですね。これお菓子だろうかなんだろうかというような場合でも、画像検索するとチューインガムだとわかったりして。

加賀山 :辞書に載っていないようなものも、画像検索でわかることがありますね。
 最後に、これから出版翻訳をしたいというかたに何かアドバイスがあればお願いします。

浦崎 :何はともあれ、自分で紹介したいという本を見つけることですかね。待ってても来ないわけですから、自分がこれを訳して日本の読者に紹介したいと思う本を探すのが早道だと思います。

■目標に向かって戦略を立て、着々と進んでこられたという印象を受けました。定年を迎えたので、あるいは副業に、ということで翻訳を考えるかたが増えているように思いますが、その際にとても参考になるご意見でした。またあっと驚く展開の小説を発掘してください。

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