アメリア会員インタビュー


田村 美佐子さん

第127回

もっとファンタジーの世界を知りたい!田村 美佐子さん

Misako Tamura
ウェールズ神話は摩訶不思議

加賀山 :今日は、おもにファンタジー小説、ホラー小説の翻訳でご活躍の田村美佐子(たむら みさこ)さんにお話を伺います。
 最新刊の『マビノギオン物語4 強き者の島』(東京創元社)は、ウェールズ神話にもとづく4作シリーズの完結篇ですが、書かれたのはいちばん最初なのですね。

田村 :はい。作者のエヴァンジェリン・ウォルトンはアメリカ人で、子供のころ体が弱くて、家にこもりがちだったそうです。ファンタジーの本をたくさん読んで、その中でもとくにウェールズ神話の『マビノギオン』に魅せられ、それを大人になってノベライズのようなかたちで初めて書いたのが、この『強き者の島』でした。だから4作通して見ると、処女作らしくちょっと硬い部分も見られます。

加賀山 :ウェールズ神話というのはどういうものなのですか?

田村 :もともと、『ヘルゲストの赤い本』と『レゼルッフの白い本』という、中世にまとめられたウェールズ語の神話の写本がありまして、19世紀にシャーロット・ゲストがその英訳版を出版したのですが、ウォルトンはその英訳版を読んでいたようです。日本語でもこれまでに、ウェールズ語から訳した『マビノギオン──中世ウェールズ幻想物語集』(中野節子訳/JULA出版社)やゲスト版の訳本がありますが、ギリシャ神話やその他の神話・伝説のたぐいにくらべて、ストーリー仕立てのものはあまりなかったように思います。
 原典は断片的な話を収集してまとめたものです。ウォルトンはそれらをうまくつなげて、キャラクターに人間的な肉づけをし、物語として楽しめる小説に仕立てています。ウェールズ神話をエンターテインメントとして楽しめるのが、このシリーズのいいところだと思います。

加賀山 :海外のシリーズ物というのは、売れないと翻訳が中断したりします。最終刊まで出たということは、固定ファンがいるということですね。

田村 :発行部数はけっして多くありませんが、好きだと言ってくださるかたがいるのはうれしいです。これまでに翻訳が中断したシリーズもありますけど、私としては今回初めてシリーズを完訳することができたので、とてもほっとしています。

加賀山 :『強き者の島』では、「この大公の墓は現在のウェールズのどこそこにある」と書いてあったりして、現実と空想が入り混じっているような印象を受けますが、どこまで史実にもとづいているのですか?

田村 :神話なので、事実にもとづいていない部分もあります。『マビノギオン』を訳された中野節子先生にお話を聞く機会があって、ゆかりのある土地や史跡の写真を見せていただいたのですが、ほんとうのところは謎な部分もけっこうあるようです。
 それから、これも悩みどころだったのですが、登場人物の兄弟姉妹の歳の上下がはっきりと記されていないのです。「妹」か「娘」か、はっきりしないこともあります。作者のウォルトンさんは亡くなっていて、お手紙やメールで伺うこともできませんので、訳す際には、まず原典にあたってから、ウォルトン版で描かれているそれぞれの性格や、お互いに対する態度などからイメージを作りました。

加賀山 :あと驚いたのが、王家の兄弟が悪いことをして王から魔法で罰せられたときに、鹿や猪のつがいに変えられて、子供までもうけるところ。人間では男同士だったのに……。兄と妹のあいだにできる子供もいますし、男女や兄妹に関係なく子孫ができるんですよね。

田村 :あそこがこの本でいちばん不可思議なところですね。もともと原典がそういうお話なんです。神話ならではといいますか、倫理的に微妙なところがあるので、よくキリスト教につぶされずに生き残ったなあ、と。

加賀山 :たしかに。

田村 :「悪い見本」として残されたのかもしれませんね。あるいは、異端すぎて、かえって放っておかれたのかも。アイルランドやスコットランドは独立しようとして弾圧されたけれども、ウェールズは早いうちにイングランドに併合されたので、逆に文化は守られているところがあります。

加賀山 :言語も独特ですね。ウェールズ語やアイルランド語(ゲール語)を習っておられるそうですが、どんな方法で学んでいるのですか?

田村 :アイルランド語は10年くらい、ウェールズ語は5年くらい、語学学校やカルチャーセンターなどで学んでいます。英語や日本語に存在しない発音もあって、たとえばウェールズ語のLLは、ややこしく言うと「無声歯茎側面摩擦音」といって、カタカナでは表記がとてもむずかしいので、私の翻訳では基本的に「スァ」「スィ」「スェ」などを使っています。ウェールズ語が英語話者にまちがった発音で伝わり、そのまま日本語でもまちがって表記されていることもあるそうです。このシリーズでは、名前や地名などもできるだけウェールズ語そのものに近い表記を心がけました。

加賀山 :ウェールズ神話にもとづくファンタジーということで、まさにご興味のどまんなかですよね。どういう経緯で翻訳することになったのですか?

田村 :出版社側からこのシリーズをご紹介いただきました。以前からおもにファンタジー作品でお世話になっていて、私の関心分野をよくご存じの編集者さんに、こんな作品があるが訳してみないか、と言われて。
 この神話シリーズの仕事をいただいたときには、どちらかというとアイルランドのほうに興味が向いていて、ウェールズのことはあまり知らなかったので、そこからウェールズについてあらためて学び直しました。ウェールズ語を学びはじめたのもこのシリーズがきっかけです。

加賀山 :最初のファンタジーの仕事も同じつながりで依頼されたのですか?

田村 :はい。当時、中田耕治先生のクラスで翻訳を勉強していたのですが、そこのクラスメートから東京創元社のリーディングの仕事を紹介していただいて、編集のかたとつながりができました。その後、短篇や長篇の翻訳を依頼していただくようになったのです。

加賀山 :デビュー作『シシー・ラベンダー』(徳間書店)は別の会社からですね。

田村 :それはさらにさかのぼるのですが、おもに児童書を訳しておられた坂崎麻子先生に徳間書店の編集者さんを紹介していただいて、しばらくリーディングをしていたのがきっかけでした。デビュー作では、右も左もわからないところを、その編集のかたにずいぶん助けていただきました。いまでもとても感謝しています。

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