アメリア会員インタビュー

人生で蓄積したものに無駄はない

加賀山 :翻訳のどこが楽しいと思われますか?

田村 :仕事をいただくと、それがきっかけで勉強して自分の世界が広がるということはありますね。読んでくださった人の世界も広がるといいなと思っています。読んでいるあいだ、少しだけ現実を忘れる時間を作ることができて、読んだものが心のどこかを占めてくれたら、うれしいです。

加賀山 :ファンタジーやホラーだけでなく、ミステリーや純文学、ノンフィクションも訳しておられますが、今後挑戦してみたい分野はありますか?

田村 :アイルランドは音楽が好きということから入ったので、いつか、アイルランド語の訳詞など手がけてみたいですね。現代でもアイルランド語で歌っている歌手はたくさんいます。アイルランド語の本は、メジャーなものはだいたい英訳されていますけど、アイルランド語オリジナルの本も訳せればいいなと、いつもチェックしています。とにかく、海外文学をひとりでも多くのかたに手に取っていただくきっかけを作れればと思っています。
 それから児童書は、少しばかり経験を積んだいまこそやってみたい分野です。最初の仕事として絵本を訳したのは20年以上前ですが、昔の自分に、ここはこうするんだよと教えたい。いまになってあらためて見ると、なんともぎごちない。とはいえ、当時のありったけの力を精一杯注いだ結果なので、それはそれでいい思い出なんですけれどもね。
 子供向けの本というと、一見簡単そうに思えるかもしれないけれど、じつは大人の本よりも言葉選びがむずかしい。YA(ヤングアダルト)にも言えることですが、大人も読んで楽しめることば遣いがどのあたりかというバランスが、すごくむずかしいのです。大人向きだけど子供も読める、逆に子供向きだけど大人も読めるという、読者のことばの許容範囲をつねに考えています。

加賀山 :児童書は私もむずかしいと思います。翻訳に関して苦労されることはありますか?

田村 :ファンタジーではとくに、小説内の「世界」が決まるまでに時間がかかります。作品に自分が乗るまで、波長が合うまで、と言い換えてもかまいませんが、大切なのは、自分がどう感じるかより、誰が読むかですね。ターゲットはきっとこの人たちだけど、ほかの人たちにも読んでもらえるようにできるかな、というところを探りながら訳していきます。原著者が想定しているターゲットは読めばわかりますが、日本ではそれがそのまま当てはまらないことがけっこうあるので。
 翻訳者には理論派と感覚派がいるような気がするのですが、私はたぶん感覚派のほうで、「文章」よりも「空気感」を訳したい。とくにファンタジーはそうですね。翻訳者に原作の「世界」を紹介する責任があって、その責任は重大ですから。

加賀山 :これから翻訳家をめざす人たちに何かアドバイスがありますか?

田村 :私は小学生のときに海外文学に接し、中学のころから英語が好きだったこともあって、自然な流れでこの道に入りました。ミステリーもロマンスもノンフィクションも、読んだり訳したりしてきましたが、この仕事をすることで好きなものに戻ってきたという感覚があります。
 何をしても無駄にはなりません。勉強をするからといって好きなものをやめないでほしいです。いろいろなことが、いずれどこかでつながるものです。走ることが好きだったら、いつかマラソンの翻訳の仕事がまわってくるかもしれない。趣味もいっぱい持てばいい。私もアイルランドの音楽が好きで、アイルランド語を学びましたが、それがいま仕事に役立っています。子育てで苦労した仲間は、子供が出てくる作品の翻訳がすごくうまくて。大げさなことを言えば、人生で蓄積してきたものはかならず役に立ちます。
 いろいろなことをいっぱい楽しんでください。

■「感覚派」と言いながら、アイルランド語やウェールズ語を積極的に学んで取り入れる「理論派」でもある田村さん。訳書を読ませていただいて、ミステリーとはまったくちがう世界、ちがうことば遣いに新鮮さを感じました。アイルランドは私も大好きなので、今後のお仕事に期待しています。

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