瀬尾 友子さん | 【Amelia】在宅でできる英語などの翻訳の求人・仕事探しはアメリア

アメリア会員インタビュー


瀬尾友子さん

第66回
あきらめずに続けた地道な努力 ゆっくりと着実に映像翻訳者の道へとつながっていきました
  瀬尾友子さん
Yuko Seo


きっかけは、CS放送開始でドキュメンタリー映像翻訳の需要増の広告

坂田:今回のゲストは、映画や海外ドラマの字幕・吹替翻訳でご活躍の映像翻訳者、瀬尾友子さんです。大学時代の専攻は美術で、翻訳者になるとは夢にも思っていなかったという瀬尾さん。どのような経緯で翻訳者の道を目指すようになったのでしょうか。お話を伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

瀬尾:よろしくお願いします。

坂田:美術を専攻なさっていたということですが、子どもの頃から絵が好きだったのですか?

瀬尾:そうですね物心ついたころから、ずっと絵を描いていました。小学生のときは漫画家になりたいとか、小説家になりたいとか、思っていましたね。大学の受験勉強も、美大を目指していたので、平日で3時間、休日になると6時間くらいは絵を描いていました。

坂田:英語はどうでしたか?

瀬尾:小中高と一貫校でしたが、小学校の時にフランス語の授業があり、中学の英語は授業数が多く、英会話の授業もあって、外国語教育にとても力を入れている学校だったんです。帰国子女など英語が得意なクラスメートも多かったので、私自身は成績は中くらいでした。ですから、英語の授業は楽しくて好きでしたが、将来は英語を使って仕事をしようとか、そういうふうには思いませんでしたね。ただ、そんな環境でしたので、帰国子女の友だちからもらった英語版のディズニーのレコードを聞いて歌詞を暗記したり、ラジオのFEN放送(現AFN、駐留米軍向け放送局)のミステリーシアターという番組を教えてもらって聞いたりして、英語には親しんでいました。

坂田: そうですか。それで、大学は美術を専攻して、就職はどうしましたか?

瀬尾: 大学を卒業する頃まで、ずっと漫画家になる夢は見続けていて、新人賞に応募したりしていました。でも、ぜんぜん入賞しなくて……。自己流だったので、中途半端だったんでしょうね。仕方なくあきらめて一般企業に就職しました。普通の事務の仕事です。

坂田:その後、会社を辞めて留学をしていますね。これはどのようなきっかけで?

瀬尾:留学は学生時代からしたいと思っていたのですが、実現しなくて。社会人になって4年間働いて、お金も少し貯まったので、全財産をつぎ込んで半年間留学しました。ただ、半年の留学と言うと、まわりの人から「そんな短い期間じゃ英語はものにならない」などと言われたりして……。それが悔しくて、ぜったいにそれなりにして帰ってくるぞ、ってね。ホームステイをして語学学校に通いました。日本人生徒も多かったのですが、原則日本語禁止だったので、一切日本語は使わずに英語漬けの日々。とにかく勉強は一生懸命しました。学校で毎月TOEICを受けるのですが、最初は600点代だったのが3カ月後には800点を越えました。

坂田:ご自身でも、英語力が伸びたなと感じられましたか?

瀬尾:だんだん聞き取れるようになって、自分の思っていることも少しずつ話せるようになったので、そういうところでは多少は手応えを感じましたね。同じホームステイ先にカナダ人の19歳の男子学生がいたのですが、彼がものすごく早口だったので、鍛えられました(笑)。それからホームステイ先のお母さんがショッピングに連れ出してくれたり、家事の手伝いをさせてくれたりしたので、本当に生活している感じで自然にたくさん話をしていましたね。

坂田: 充実した半年間でしたね。日本に帰国してからはいかがでしたか?

瀬尾: 帰国したら、バブルがはじけていました。できれば英語力を生かして仕事をしたかったのですが、そこそこ英語ができるくらいでは仕事がなくて……。就職先が決まらないまま、そうこうしているうちに、前に勤めていた会社の人が「困っているなら戻ってきたら」と声を掛けてくれて、再入社させていただくことにしました。

坂田: 念願の留学もできて、英語も多少は上達したけれども、まだまだ翻訳という道は出てきませんね。翻訳に目が向いたのは、どのようなきっかけでしたか?

瀬尾: 再入社したのが1995年なのですが、当時はやっていた習いごと雑誌を見ていたら、ある翻訳学校の記事にあった「これからはCS放送の時代だ。映像翻訳の需要がある」というキャッチコピーが目に飛び込んできたんです。うまいこと書いてあるな、って思いましたが、それに乗せられて、「じゃあ試しに学校に行ってみよう」と思ったのがきっかけです。それまでは、自分の人生の中に“翻訳者”なんていう選択肢はまったくありませんでした。

坂田: 映画はどうでしょう。昔から好きでしたか?

瀬尾: そうですね。大学生の頃は、よく渋谷の単館映画館に通っていました。イギリスの鬼才と呼ばれたピーター・グリーナウェイ監督が好きで、『コックと泥棒、その妻と愛人』『建築家の腹』『プロスペローの本』などを観ていました。映画だけではなく、昔から海外のドキュメンタリー番組を観るのも好きで、深夜に放送されていた米国のCBSが制作した『CBSドキュメント』(現『CBS60ミニッツ』)の日本語放送をよく観ていました。