アメリア会員インタビュー

生方 眞美さん

生方 眞美さん

カナダで実務翻訳14年

プロフィール

大学卒業後、レコード会社に就職。営業、販売推進、通信販売と一貫してマーケティングに関わる仕事を経て、結婚を機にカナダのバンクーバーへ移住。現地企業で働いているときに翻訳への興味が湧き、退職後に翻訳講座を受講。転職後、兼業でビジネス/マーケティング分野の英日翻訳の仕事を始める。その後バンクーバー島へ移住したのをきっかけに専業のフリーランス英日翻訳者となる。今の主な仕事は、プレスリリース、Eコマースサイト、ITマーケティング、Eラーニング関連の翻訳。趣味は野鳥観察、オンラインライブ鑑賞、読書、ウォーキングのほか、発酵食品、家庭菜園、薬用植物に興味がある。将来手がけたいことは、鳥に関する書籍の翻訳。

バンクーバー島はバンクーバーではない?

加賀山 :今日はカナダ、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバー島にお住まいの生方眞美(うぶかた まみ)さんにお話をうかがいます。このコーナーで海外にお住まいのかたのインタビューは初めてですので、楽しみです。バンクーバーは一度行ったことがあります。大都会なのに緑が多くて本当にすばらしいところですよね。

生方 :そうですね。でも、ここはバンクーバー島でして、バンクーバーとは違うんです。往き来にはフェリーで1時間半ぐらいかかります。

加賀山 :あ、そうでしたか。しかもそんなに離れている……。

お気に入りのトレイル。多雨林なので、苔むした針葉樹をたくさん見かけます。

生方 :バンクーバー島は九州とか台湾ぐらいの面積がある大きな島で、ブリティッシュ・コロンビア州の州都はバンクーバーではなくて、島内にあるビクトリアなんですよ。

加賀山 :どういう経緯でその島に住むことになったのですか?

生方 :東京で知り合ったカナダ人の夫が東側のケベック州出身だったので、ケベックと日本のあいだがいいだろうということで、まずバンクーバーに住みました。
 その後、バンクーバー島にいた夫のいとこを何度か訪ねて、いいところだねと話していたら、たまたまそのいとこの家が空くことになりまして、「きみたち住まない?」と言われました。ちょうど夫が完全にフリーランスになっていて、私もフリーランスを兼業で始めたところでしたので、いいきっかけだと思って引っ越しました。ふたりがフリーランスでなければできない移住でしたね。バンクーバー島に移ってもう12年になります。

加賀山 :ご主人のお仕事も翻訳関係ですか?

生方 :「インデクサー」ってご存じですか? 出版物の索引(インデックス)を作る仕事です。日本では、索引は編集者か著者が作りますが、英語圏では索引だけを作る専門家がいるのです。

加賀山 :へー、それは知りませんでした。

生方 :いろいろな国にインデクサーの協会もあって、確立した職業です。私も夫が「インデクサーになる」と言ったときには、「何それ?」と訊き返しましたが(笑)。

加賀山 :たしかに、ご夫婦がフリーランスなら、どこにでも住めていいですね。そちらの新型コロナウイルスの状況はどうですか?

生方 :冬からの第2波がまだおさまっていない状況です。こちらもふだんの生活は緊急事態宣言下の日本とほぼ同じで、家族以外との会食や州をまたいだ不要不急の旅行は避ける、密になるような商売は休業するか、レストランはテイクアウト専門にするといったさまざまな制限があります。
 ワクチン接種は、医療機関と介護施設のかたたちがほぼ終わり、今週(3月第2週)から一般の人々への接種が始まりました。80歳以上のかたから始まって、5歳ずつ下がっていきます。州民全員への接種は、夏までに終わるかどうかという感じですね。

加賀山 :日本も接種が始まったばかりですが……。ただ、明るい面を見れば、こうやって海外のかたのインタビューも当たりまえにできるようになって、オンラインの生活が充実しましたけどね。

生方 :そうですね。翻訳セミナーや会議、イベント、勉強会などもかなりオンラインに移行したおかげで、日本に帰省したときしか機会がなかった催しに、たくさん参加できるようになりました。コロナ禍ゆえの変化なので複雑な気持ちもしますが、海外在住者としてはありがたい限りです。

プレスリリースは「起承転結」がはっきりしている

加賀山 :そろそろ本題に入らないと(笑)。プロフィールを拝見しますと、企業のプレスリリース、商品販促パンフレット、Eコマース、ホテルなどのウェブサイトや、人事研修資料、Eラーニング、その他いろいろなものを訳しておられます。いまいちばん多いのは何でしょうか。

生方 :まず、プレスリリースですね。企業のプレスリリースだけを配信している会社がありまして、そこと契約をしているので、さまざまな企業のプレスリリースを訳すのが仕事のひとつの柱になっています。もう10年以上やっています。
 次にいま多いのは、Eコマース関連です。各種ブランドのオンラインストアのコンテンツを訳す仕事もありますが、スモールビジネスのオンラインストア運営を支援するサービスの仕事が増えていて、もうひとつの柱になっています。ウェブ広告の効率化を図るツールの情報や、効果の上がるコンテンツの作成方法、検索キーワードの分析から見たトレンド予測などを案内する、ビジネスオーナー向けのウェブ記事とかニュースレターなどを翻訳しています。
 去年は全体的にオンラインショッピングが増えましたので、それに応じてEコマース関連の翻訳の仕事も増えている印象を受けます。
 ITマーケティングも伸びている分野だと思います。クラウドサービス企業のウェブサイトの翻訳や、ソフトウェアの使い方を説明する動画の字幕翻訳など。動画は、Eラーニングに近いものですね。

加賀山 :すべて日英ではなく、英日の翻訳ですか?

生方 :はい。すべて英日です。

加賀山 :ご自身でお好きなのは、やはりプレスリリースのお仕事でしょうか?

生方 :そうですね。最新のニュースにふれられるのと、短くて起承転結がはっきりしていて訳しやすいということもあります。

加賀山 :たしかに。そもそも原文が社外にしっかり内容を伝えるものですからね。

生方 :プレスリリースの場合、専門のかたがちゃんとした文章を書いていることが多いようですし。ただ、人名・地名などの読み方、団体の名称など固有名詞の定訳があるかの調査、事実関係の裏取りなど短い割に調べ物が多いので、そこで好き嫌いがわかれる分野かもしれませんね。

近所の浜。夕陽を眺めるのにちょうど良いスポットです。

加賀山 :プレスリリースがわかりやすいというのは、英語の聞き取りでニュースなどがいちばんわかりやすいのと似ていますね。

生方 :ファッション系の仕事も、別の意味で好きです。強い動詞や形容詞が並ぶこってりした原文を解きほぐすようにして、エッセンスをうまく拾い上げて訳せると爽快な気分になります。コピーライティングの要素が入ったこういう種類の翻訳は、むずかしいけれど楽しいです。
 それからITマーケティングも、たいへんですが最先端の分野なので勉強になります。このまえ、機械学習(ML)のトレーニングについて説明する動画の字幕を訳したときも、オンラインの様々な教材で勉強しました。

加賀山 :やはり多岐にわたっていますね。お仕事はだいたい翻訳会社から入ってくるのですか?

生方 いまは100パーセント翻訳会社経由です。30社ぐらいに登録していますが、仕事の波があって、いろいろ入れ替わりながら毎月5社ぐらいとおつき合いしています。

加賀山 :最初はどうやって開拓されました?

生方 :フリーランスになったときに、まずアメリアさんにお世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます(笑)。アメリアの求人にも応募しましたし、掲載したプロフィールを見て連絡をくださった翻訳会社さんもありました。あとは、翻訳の求人広告が掲載されている他のサイトを利用したり、ATA(米国翻訳者協会)に加盟している翻訳会社をコツコツ当たったりもしました。
 最近では、仕事でお世話になった翻訳コーディネーターの方が独立後や転職後に声をかけてくださることや、他の翻訳者さんからご紹介いただくことが増えてきました。

加賀山 :フリーの翻訳者になったのはカナダに移ってからですか?

生方 :はい。兼業で翻訳の仕事を始めたのが2008年でしたから、今年で14年目になります。

加賀山 :翻訳の道に入ったきっかけは何だったのですか?

生方 :バンクーバーでしばらく働いて、次の仕事をどうしようと考えたときに、いくつか学校にかよいました。そのひとつが地元の大学の英日・日英翻訳の講座だったんです。週1回、夜間に2時間半でした。

加賀山 :バンクーバーにそういう講座があるんですか。

生方 :あるんです。ラッキーでしたね。そこで初めて翻訳の基礎を学びましたが、講座がもうすぐ終わるというときに、先生が「プロの翻訳者をめざすんですよね?」とおっしゃってくださって、「プロになれるでしょうか」と訊いたら、「なれると思います」と。
 翻訳の授業は楽しかったものの正直あまり自信はなかったのですが、それまで何百人も教えてこられた先生がそうおっしゃるなら、何かしら素質のようなものがあるのかなと思いまして。そこで、今度はフェロー・アカデミーで通信の講座を続けながら、いろいろな翻訳会社のトライアルを受けました。数カ月後に合格しはじめ、そこから徐々に取引先を増やしながら、OJTのような感じで実績を積んでいきました。

加賀山 :フェロー・アカデミーの通信講座は国際郵便でも受講できたのですか。プロフィールに「経済・金融マスターコース修了」と書いておられる部分ですね。

生方 :そうです。結局、金融を専門にすることはありませんでしたが、後にビジネス分野の翻訳をする基礎固めに役立ちました。
 そもそも翻訳に興味を持ったのは、バンクーバーで地元の日系コミュニティ向けの日本語フリーペーパーの仕事をしたのがきっかけでした。フリーペーパーの広告営業をしていて、バンクーバーにたくさんある語学学校の英語の学校紹介文を日本語に訳すことがあったんですね。そのとき今までにない深い充足感を覚えて、将来こういう仕事をしてみたいと思いました。

加賀山 :大学では何年ぐらい翻訳を習われたのですか?

生方 :翻訳の講座は3カ月でした。そのあとのフェロー・アカデミーの通信講座は半年です。

加賀山 :合わせても1年以内なんですね。順調な出だしです。最初のころといまでは、仕事の中身が変わりましたか?

生方 :分野がビジネスとマーケティングという点ではずっと変わっていません。最初のころは、観光・旅行・ホテル関連の仕事が多かったのですが、新型コロナ流行のまえから受注が減ってきました。あとはあまり変わらず、プレスリリースと、Eコマースを含めて大きなくくりでいうウェブサイトの翻訳が中心です。そこに前述の商品販促パンフレットなど印刷物と、人事系の研修資料や、Eラーニング用の教材などが入る感じでしょうか。最近はマーケティング関連の動画字幕の翻訳が徐々に増えています。

加賀山 :カナダに移られるまえは会社勤務をされていた?

生方 :レコード会社で計12年ほど働きました。入社当時は特約店契約のあるCDショップを訪問して新譜の情報を伝えたり、店頭での販促施策を企画したりする営業職でした。そのあと映像作品だけを担当する販売推進部に移り、そこからCD/DVD専門で通信販売をするグループ会社に異動しました。

加賀山 :そして結婚されて、カナダでの生活が始まったのですね。日本でそういう仕事をされていたのなら、プロフィールの実績のところにある「映画DVD特設サイトの翻訳」というのは楽しかったのでは?

生方 :楽しかったです。これこそ本領を発揮できる案件だ、と張り切って訳しました(笑)。そのひとつはアクション系の映画で、映画の再現場面のなかをRPGみたいに歩いていくと、画面がポップアップして、映画の別のシーンにつながるような凝った作りのサイトでした。今後も機会があれば是非やってみたいですね。

「何かを売り込む」文章とのつき合い

加賀山 :ふだんはどんなふうに翻訳の勉強をされていますか。

生方 :以前は仕事に関係するウェブサイトやニュースを読んだり、文法の本や参考書を読んだり、好きな翻訳書の原文と訳文を比べながら書き写したり、という感じだったのですが、昨年はオンラインでさまざまな翻訳セミナーや講座を受けられるようになったので、参加できるものはなるべく受けてみました。やはり、幅広くいろいろな知識を得られるので、今年もできるだけセミナー聴講を続けたいと思っています。もしオンラインで見かけたら気軽にお声がけください(笑)。
 あと現在は、文芸翻訳の勉強会と時事問題の勉強会に参加しています。文芸翻訳の勉強は、日本語表現の幅を広げることが目的です。「海千山千と渡り合う」とか出てきたんですけど、こういうふだんの仕事で使うのとは違う種類の表現を考えるのがおもしろくて続けています。

加賀山 :日々の仕事で心がけておられることなどありますか?

生方 :マーケティング分野の翻訳はどんな仕事も、最終的には物やサービスを売ることになります。ですので、マーケティングの文章を翻訳するときには売る側の視点に立って、一番伝えたいメッセージは何か、どうすれば顧客に訴求できるかということを常に考えています。そのためには読み手をはっきり想定することと、想定した読み手に伝わる言い回しを工夫する必要がありますので、その点も意識しています。

加賀山 :ああ、それは大事ですよね。字面だけを訳すのではないところが。

生方 :先ほど会社勤めの話をしましたけど、営業、商品企画、通信販売などの仕事を通じて、一貫してマーケティングにたずさわってきました。特に通販会社で働いていた頃は、プロのコピーライターさんの仕事を見たり、自分で企画した商品については推薦文を書いたりもしていました。「何かを売り込む」文章とのつき合いが長かったんですね。あと当時はネットではなくカタログ販売の世界ですから、CDが1,000タイトルぐらい並ぶ総合カタログの校正なども、赤ペンで版下に書き込んで校正していました。おかげで表記統一や誤字・脱字には敏感になりましたね。この2つの要素は、いまの翻訳の仕事とつながっています。

加賀山 :翻訳の仕事が絶えない秘訣はそのへんにあるのかもしれませんね。過去の仕事の経験が活かされている。

生方 :あとから振り返って思ったことですけどね。よく「どんな経験も無駄にならない」と言いますが、いまそれを実感しています。

加賀山 :お仕事は時間をきちんと決めて働くタイプですか? それとも仕事が来たときに柔軟に対応するタイプ?

生方 :ふだんは納期が短い仕事が多いので、あまり「1日のノルマ」という考え方にはなりません。プレスリリースだと早く発表したいものが多いので、原文受領後5時間以内に納品するなどということもあります。もちろん、そのときの原文は400ワードぐらいまでですが。
 他は、ほとんどの案件が数百~数千ワードなので、たいてい複数の案件が同時進行しているのを納期順にひたすら訳して毎日のように納品するという具合です。
 時折入る、数万ワードを何週間かかけて訳すような案件では、「1日何ワード」とノルマを設定して訳しています。

加賀山 :そうですか。だとすると、仕事の流れが途切れる時期もありませんか?

生方 :ありますね。最近では今年(2021年)の初め、2週間ほど途切れました。そうなると以前はすごく不安になりましたが、いまではそういう時期もあることがわかってきましたので、あまり気にせず他のことができるようになりました。

加賀山 :現在、プレスリリースやマーケティングのお仕事が中心ということですが、今後広げていきたい分野とか、挑戦してみたい分野はありますか?

庭に来たコマツグミの幼鳥。

生方 :ここ数年、野鳥観察に凝っていて、いまはコーネル大学の生涯教育コースのオンライン講座で鳥類学の勉強をしています。これは野望に近いのですが、いつか鳥に関する本を訳してみたいですね。

加賀山 :そちらは自然が豊かだから、いろんな鳥がいそうですね。

生方 :はい、たくさんいます。ですが東京も、ちょっと見まわすといろんな種類の野鳥がいるんですよ。

加賀山 :たしかにそうかも。プロフィールには、有機農法、発酵食品、園芸、薬用植物などにも興味があると書かれています。

生方 :ぬか漬けや納豆はずっと作りつづけています。野菜や果物やハーブも育てています。養蜂は、クマが出るのであきらめました(笑)。かなり厳重な設備が必要になるんですよね。バンクーバー市内に住んでいた頃は養蜂のボランティアに参加したこともあったんですが、バンクーバー島は自然が身近すぎて(笑)。

加賀山 :趣味が広くて、翻訳以外の仕事もできそうですね。

生方 :周りには、このくらいは趣味でやっている人がけっこういます。生活を楽しむことに力を入れている人が多いんでしょうかね。

「広く浅く」が役に立つ

加賀山 :ビジネス関係の翻訳をめざしているかたに、何かアドバイスがありますか?

生方 :アドバイスかどうかはわかりませんが、いま私が訳しているビジネス/マーケティング関連の案件には、硬軟取り混ぜたさまざまな文体の文章があるんですよね。ですから、この分野の翻訳をしたいかたは、いろいろなことに幅広く興味を持っていると役に立つかもしれません。
 私自身、あまりひとつのことにのめりこむタイプではなくて、多くのことに広く浅く興味を持つタイプなんです。ひとつの分野を極めるわけではないのでコンプレックスでもあったのですが、じつは、それがいまの仕事に向いているということがわかってきました。

加賀山 :すごくおもしろいご意見です。何かに熱中して得意分野を作っておくといいですよ、という話はよくうかがいますが、マーケティングではその逆がいいと。

生方 :誰かにとって「これでいいんだ」という勇気づけになるといいのですが……。ビジネス/マーケティングという看板を出していると、本当にいろいろな種類の仕事が入ってきますよ。開業以来の仕事を振り返ってみましたが、これまであげたもののほかに、歌詞、レストランのメニュー、学校案内、CEOの訓示、医療機器の販促パンフレット、社内規程、国際組織の活動報告、新製品レビュー、俳優さんのインタビュー、オートバイの販促パンフレット、人事評価アンケート、商品展示会の案内、市場調査レポート……など、多種多様な翻訳を手がけてきました。

加賀山 :社会がガラッと変わったようなときにも、仕事が減らずにやっていけそうですね。

■翻訳はどこにいてもできる仕事だとよく言われますが、まさにそれを実践しておられてうらやましい。多趣味で(バンクーバー島では当たりまえ?)、ふだんの生活も充実していて、お話を聞いているうちに私も東京から脱出したくなりました。

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