アメリア会員インタビュー

西澤 志保さん

西澤 志保さん

地方都市で字幕翻訳をきわめる

プロフィール

高校の英語教師を務めた後、結婚、出産を経て字幕翻訳者の道を志す。2年間の学習の後、2019年に初めて翻訳会社のトライアルに合格する。現在は3社に登録し、映画、ドラマ、アニメ、ドキュメンタリー作品の翻訳を手掛けている。これまでの一視聴者から、作り手の1人として様々な作品に関われることが何よりも楽しく、やりがいを感じている。
主な担当作品は『スプートニク』『スパイ・ファミリー』『マシンガール DEAD OR ALIVE』 『マッド・レイジZ』
その他、Netflix,、Disney+、ディスカバリーチャンネル等での翻訳作品多数。

シンプルだからこそ難しい

加賀山 :今日は宮城県仙台市にお住まいの映像翻訳者、西澤志保(にしざわ しほ)さんにお話をうかがいます。ドラマや映画、ドキュメンタリーの翻訳をされていますが、どんな作品を手がけられましたか?

西澤 :まずロシア映画の『スプートニク』を紹介させてください。もとはロシア語ですが、英語になったスクリプトを訳しました。

加賀山 :(ネット検索をして)あ、ありました。劇場公開が2021年3月ですから、最近の作品ですね。

西澤 :はい。最近DVDになった、いわゆるエイリアンものです。エイリアンというと、地球に飛来して世界がパニックになるみたいなイメージがあると思いますが、これは少しちがっていて、エイリアンに寄生された宇宙飛行士を女性のお医者さんがなんとか助けてあげようとする人間ドラマに重きが置かれています。

加賀山 :エイリアンで人間ドラマ(笑)。

西澤 :旧ソ連時代、その宇宙飛行士が研究所のようなところに隔離されて、女性医師にエイリアンを分離してほしいという依頼が来る。一方、ソ連軍はそのエイリアンを兵器として利用しようと企み……というストーリーです。みんな秘密主義なんですが、段々と心のなかで思っていることが明らかになってきて、その過程がおもしろい作品です。

加賀山 :おもしろそうですね。公開されていたのに、ぜんぜん知りませんでした。西澤さんのプロフィールには、おもに翻訳会社3社と仕事をしていると書かれていますが、この映画の字幕翻訳はそちらからの依頼ですか?

西澤 :はい。そのなかの1社です。

加賀山 :ほかの言語の作品も訳されましたか?

西澤 :そうですね。中国、インドやタイなどの作品も訳しました。その場合にも、原語とは別に英語のスクリプトがついてきますので、私は英語のほうを訳します。

加賀山 :たしかに今はいろいろな国の作品が視聴できますよね。ほかに紹介できる作品はありますか?

西澤 :『スパイ・ファミリー』という作品の字幕も担当しました。こちらは英語の作品です。

加賀山 :ほう、スパイものですか。

西澤 :アメリカのアクション映画で、父と娘が活躍します。お父さんのほうは凄腕のスパイ、娘は大学の看護学部生ですが、お父さんは万一のことを考えて、娘にスパイの英才教育をほどこしているんですね。で、そのお父さんが拉致されて、娘がひとりで助けに行く。めちゃくちゃ強い女性なんです(笑)。

加賀山 :これも2020年の製作です。最近はDVD化が早いのかもしれません。ほかはいかがでしょう。

西澤 :『マシンガール DEAD OR ALIVE』という作品も訳しました。これは設定がぶっ飛んでまして(笑)、舞台は近未来で、ガールズバンドの4人組が突然拉致され、体を改造されて、コロシアムのようなところでほかの戦士も交えて殺し合いをします。

加賀山 :怖い!

西澤 :体の一部がチェーンソーとかの武器に改造されて、3回勝ち抜けば解放されるんですが、戦士がだんだん減っていき……という、いわゆるスプラッターものですね。新人翻訳者だとホラーやスプラッターが多くなるのかもしれません。

加賀山 :その感想はほかのかたからも聞いたことがあります。やはり実感としてそうですか?

西澤 :私も最初の1年目は、そういう作品が多かったと思います。でも、駆け出しのころに特典映像(メイキングや監督、俳優のインタビューなど)をけっこう訳したおかげで、制作者側の作品に対する思い入れを知って愛着が湧いてきたんです。さらに、グロテスクな場面でも「あ、これは作り物だ」というふうにわかって、だいぶ怖くなくなりました(笑)。

加賀山 :ホラー映画は、悲鳴や叫び声が多くてセリフは少なめだから、新人にまわりやすいのではないか、という話も聞きましたが、いかがでしょう。

西澤 :そうかもしれません。ただ、セリフが単純なので、かえってごまかしが利かないという面もあります。同じことばが何度もくり返されるときに、同じ訳語をあてるとワンパターンになってしまうんですね。
 たとえば、『マッド・レイジZ』というアルゼンチン映画に字幕をあてたのですが、これもスプラッター系のゾンビもので、セリフは少ないんです。でも、主人公の記憶喪失の男が周りからずっと「犬」と呼ばれていて、これが呼びかけでくり返し出てくる。日本語としては、「犬」のほかに「おまえ」、「おい」ぐらいしかなくて、ワンパターンを避けるために苦労したのを憶えています。

加賀山 :ごまかしが利かないというのはそういうことですね。

西澤 :罵りことばなんかも、それだけがくり返されると難しい。文のなかに入っていれば、ほかのセリフとつなげるとか、いろいろ工夫できるんですが、1語だけが何度も出てくると。

加賀山 :シンプルすぎて、かえってたいへんになるわけだ。結局、アルゼンチン映画の「犬」は、呼び方を変えて訳したのですか?

西澤 :「犬野郎」とか(笑)。チェッカーさんと相談して多少変えました。何を訳しても楽ということはありませんね。どんな作品を訳しても悩みます。

ジョークを強化したい

加賀山 :最近訳した作品のなかで印象に残っているものはありますか?

西澤 :公開前なのでタイトルは出せませんが、ブラックジョークが満載の作品を訳しました。ジョーク自体はおもしろいんですけど、ストーリーの中にスパイス的に挿入されますし、ジョークの内容もエグかったんです。ニュアンスをとらえるのが難しくて。チェッカーさんとけっこうやりとりをしながら直したり、手がかかりました。

加賀山 :ジョークは出版翻訳でも難問ですが、字幕だと字数制限があるのでさらにたいへんですよね。

パソコンは初めてのトライアル合格時に奮発して購入。
酷使していますが大事な相棒です。

西澤 :そうですね。意訳しすぎるとニュアンスが伝えられないし、どこまで訳すか、いつも悩みます。最近はコメディ作品も担当させていただくことが増えてきたので、ジョークは強化していきたい分野です。

加賀山 :最近はどういうものを訳されることが多いのでしょうか?

西澤 :配信系の仕事が多くて、ドラマ、アニメが中心ですね。

加賀山 :配信系のものだと、だいたいどのくらいの納期で訳されますか?

西澤 :納期はわりとゆるくしてもらっています。小学生の子どももいますし、夏休みもありましたので。基本的なペースは、30分前後のものを週に1本ぐらいです。

加賀山 :今は途切れなく仕事が入ってきますか?

西澤 :メインは2社で、継続的にお仕事をいただいていますが、スケジュールが重なると両方受けるのが難しいときもあります。

加賀山 :「今はちょっと」と依頼を断ることもありますか?

西澤 :ときどきありますね。去年の初めくらいまではけっこう複数の仕事を並行して進めていたんですけど、無理をすると体調が心配だし、平日も休日もなくなってしまいますので。今はあまりハイペースにならないように受注させてもらっています。

加賀山 :そうですよね。翻訳という仕事は短距離走ではなくマラソンですから。

「なれますよ」のことばに背中を押されて

加賀山 :フェロー・アカデミーで学ばれたということですが、東京にお住まいだったのですか?

西澤 :いいえ。ずっと仙台です。

加賀山 :すると、仙台から学校にかよわれた?

西澤 :はい。初・中級は通信講座で、ゼミと特別ゼミは東京にかよいました。ゼミは隔週の授業で、特別ゼミは月に1回でしたので、まあ、できなくはありませんでした。

加賀山 :翻訳をやろうと思ったきっかけは何でしょう。

西澤 :大学の英文科を卒業したあと、高校で英語の教員をやっていたのですが、結婚を機に非常勤にしてもらって時間ができたので、翻訳をしてみたいなと思いました。
 最初は出版翻訳を考えていました。実務翻訳をやるには専門知識が足りなかったし、映像翻訳の会社はほとんど東京で、地方在住者にはチャンスがないという気がしましたので。当初、私にとって映像翻訳は遠い世界でした。

加賀山 :それは意外ですね。

西澤 :そこで、出版翻訳の通信講座を別の翻訳学校で1年ほど受けまして、まずまずの評価だったのですが、仕事につながらず、宙ぶらりんになってしまいました。
 そのあと子どもが生まれて主婦業をしていましたが、子どもが幼稚園に入るころ、このままでいいのだろうかと思い、改めて翻訳への意欲が湧いてきました。そのとき考えたのが、出版翻訳は英語力と日本語力だけの勝負ですが、実務だったら専門知識、映像だったら字幕のルールや字幕制作ソフトの使い方といったプラスアルファの要素がある、英語と日本語に加えてそれができる人は比較的少ないから仕事のチャンスは増えるのではないか、ということでした。

ネコだけに“マウス”がお気に入り?仕事の癒やし担当です。

加賀山 :なるほど。筋が通っています。

西澤 :そして、実務と映像のどちらがいいかと考えたときに、もともと物語が好きでしたので、映像翻訳に取り組むことにしたのです。

加賀山 :映像翻訳を学んでいるうちに、どこかで「これはいける」という感触がありましたか?

西澤 :初級は調子がよかったのです。コースの最後に、テキストを作った先生のミニテストを受けましたが、提出したドキュメンタリーの字幕に「商品レベルに近い」というコメントをいただいて、すごく自信がつきました。
 ところが、中級に進むと、添削の先生も替わって、ものすごく厳しい評価を受けたんですね。最初の3カ月はほとんど最低評価になってしまい、ショックでもうやめようかと思いましたが、なぜか4カ月目から評価が上がってきて、コースが終わるころに田中武人先生の映像翻訳ゼミの試験を受けて合格することができました。
 そのあとは東京に出てきて勉強したのですが、とくに字幕制作ソフトの使い方がわかっていなかったので、ほかの皆さんに追いつくのがたいへんでした。「カット変わりですので、ここは丸めて」と先生に説明されても、「丸める」って何? とか(笑)。恥を忍んで先生に聞きにいったり、周りのゼミ生の皆さんにも教えてもらいました。

加賀山 :きっと中級時代の厳しさを乗り越えたから、今があるのですね。

西澤 :とにかく中級は最後までやりきろうとがんばったのがよかったかもしれません。上級講座に入って、その年の冬に翻訳会社さんが直接おこなっていたトライアルに受かりました。

加賀山 :ゼミに入ると、皆さんそういうトライアルを受けはじめるのですか?

西澤 :人によりけりだと思います。どんどん受けるかたも、もう少し力をつけてからというかたもいました。
 映像翻訳をやろうかどうか迷っていた時期に、いちばん背中を押してもらったのは、瀧ノ島ルナ先生の体験講座でした。地方にいて映像翻訳者になれるのかというのが自分のなかでいちばんの疑問だったんですが、東京まで出かけて講座を受けて、終わったあと、その点について先生に訊いてみたところ、あっさり「なれますよ」と言われたんです。「どこに住んでいようが、会社のトライアルに受かればいいんです。人によって受かるまでの期間がちがうだけで、あきらめなければなれます」と。それで、映像翻訳を学んでトライアルを受けようという心が決まりました。

加賀山 :それはフェローの田中先生のゼミに入るまえですか?

西澤 :初級の通信講座を受けるまえです。まだ東京の学校までかよえないことはわかっていたので、そもそもなれるのかどうかを確かめたくて体験講座に参加したのです。そのとき先生に「どうでしょうねえ」とか言われていたら、この道には進まなかったかもしれません。

加賀山 :それは瀧ノ島先生、いい仕事をされましたね(笑)。最初に来たのはどんなお仕事でしたか?

西澤 :ほんの1、2分の特典映像でした。最初はNG集とか、俳優さんのメッセージとか、そういうものが多くて、何本かやったあと、いきなりドラマが1本来ました。

加賀山 :短いものをやったあいだに評価されていたんですね。

西澤 :そしてホラー、ドキュメンタリー、英語以外の作品、英語の作品という感じで進んでいきました。

加賀山 :吹替はなさらないんですか?

西澤 :やっていません。今のところ字幕1つに絞っています。

基本は原文に正確に訳すこと

加賀山 :ふだん字幕を訳す際に心がけていることはありますか?

西澤 :基本ですが、いちばんは原文に正確に訳すことですね。基本だけどいちばん難しいところです。ニュアンスが崩れてしまったり、勘ちがいしてしまうことは、注意していても発生しやすいので。
 あと、どれほど原文に正確でも、日本語の流れが悪いといけないので、そこは意訳するのですが、やりすぎると今度は原文のニュアンスから離れてしまうので、そのへんの塩梅が難しいですね。

加賀山 :それは出版翻訳にもありますね。訳文の流れはよくても、原文と突き合わせてみると、ちょっとちがうだろうというような。
 今後取り組んでみたい分野はありますか? 字幕以外とか、別のジャンルとか?

西澤 :あまり間口を広げるのが得意なほうではないので、しばらく字幕一本でいきたいなと思っています。訳すジャンルも、選べる立場ではないので、なんでも訳せるように、苦手なものがないようにがんばります。ジョークが苦手とか言ってる場合じゃありません(笑)。
 ただ、観るのに好きなジャンルは、SFとかファンタジーです。設定が凝っているから訳すのはたいへんでしょうが、いつか訳してみたいなとも思います。

青葉城址からの眺め。休日は気分転換に緑の多い場所へ出かけます。
仙台は街のすぐ側に自然が豊富にあるのが魅力です。

加賀山 :仕事とは別にNetflixとか観られますか?

西澤 :観ます。最近は子どもといっしょにアニメということが多いんですが(笑)。いろいろ勉強になりますよ。
 勉強という意味では、『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』など、少年漫画の英語版もよく読みます。日本語のセリフが頭に入っているので、英語でそれをどう言うかがわかります。日本語のこれと英語のこれが同じニュアンスなのか、というふうに。

加賀山 :これから字幕翻訳をやりたいかたにアドバイスはありますでしょうか。

西澤 :映像翻訳者のなかには、海外留学の経験があったり、海外で働いていたり、旦那さんがネイティブだったりするかたも多いのですが、私はどれにも当てはまりません。地方で育って、英語は学校で習って自分で学んだことだけで、それでも映像翻訳者になれました。夢をかなえられるかどうかの分かれ目は、挫折しそうなときに踏ん張れるかどうかだと聞いていますし、実際に私もそうでした。ですので、これから映像翻訳を学びたいというかたは、あきらめずに続けてみてほしいと思います。

加賀山 :本とか漫画は子どものころからお好きだったんですか?

西澤 :大好きでした。今もそうですが、幅広く読むタイプではなくて、気に入ったものを何度も何度も読むような読書です。そういうことも大事なのかなと思います。翻訳では深く調べることも大切ですよね。性格的に向いていたのかもしれません。

■自分の適性をしっかり考え、コツコツと努力して着実に今の仕事につなげてこられたという印象を持ちました。杜の都での翻訳生活が今後もますます充実しますように。

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