アメリア会員インタビュー

天本 里実子さん

天本 里実子さん

実務・映像翻訳をしながら地方の魅力も発信

プロフィール

山形県大蔵村の温泉旅館に生まれる。大学卒業後、ザンビアでHIV/AIDS教育活動に携わる。その後、米国州立大学日本校での勤務、グアテマラでのスペイン語留学とボランティア、実家のある肘折温泉でのインバウンド業務などを経て、結婚、出産。2019年よりフリーランス翻訳者となる。多くの壁にぶつかりながらも実務・映像翻訳、通訳ガイド、そして子育てに奮闘する日々。山形市在住。

現在は実務翻訳を中心に

加賀山 :本日は、山形県山形市で実務翻訳と映像翻訳をしておられる、天本里実子(あまもと りみこ)さんにお話をうかがいます。ときどきは東京にも来られますか?

天本 :いいえ、ずっとこちらです。コロナ禍が始まってからは、ほぼ県外に出ていません。家でできる仕事で助かっています。

デュアルモニターは
私にとっては必須ツール

加賀山 :そこが翻訳は助かりますよね。プロフィールを拝見すると、どれからうかがおうかと思うほどいろいろな仕事をされています。実務では、観光、インバウンドなどに関連した資料、映画のプレスリリースやインタビューなどの英日、日英翻訳。映像では、字幕、吹替台本作成。また、それらのチェッカーの仕事なども。いまいちばん多いのはどういう仕事ですか?

天本 :いまは、翻訳会社2社からいただく実務の仕事で、企業のホームページなどの英日翻訳やチェッカーの仕事が中心です。

加賀山 :ポストエディット(機械翻訳の訳文を修正して人手による翻訳の品質に近づける仕事)も手がけておられるようですが。

天本 :はい。私が請け負うのは8割がたポストエディットです。

加賀山 :そんなに多く……意外でした。そうすると、英文のウェブサイトの機械翻訳を手直しする仕事がメインということですね。だいたい毎日働いておられますか?

天本 :そうですね。まだ下の子が幼稚園なので、1時半過ぎには家に戻ってきてしまいます(笑)……ですので、仕事が忙しいときは預かり保育を利用して、週4日くらい働いています。1案件の分量は数百ワードのときもあれば、2~3千ワードということもあります。

加賀山 :どういう納期の仕事が多いのでしょうか?

天本 :いまよく依頼してくださる翻訳会社は、当日納期の仕事が多いんです。長くて2、3日ですね。

加賀山 :当日! 朝起きてメールを見たら「あ、来てる」という感じですか?

天本 :朝9時過ぎに依頼があって、たとえばその日の夕方5時までに仕上げるとか。「今日はどんな内容だろう」とドキドキして待っています。もちろん、「来週のこの日からこの日までのあいだに」というような依頼もあって、そういうときにはわりと余裕を持って取り組むことができます。

加賀山 :とくにお子さんがいらっしゃると、当日はきつい場合がありそうですね。いま映像翻訳のほうはあまりしておられないのですか?

天本 :映像のほうは、いまお休みの状態です。夫が単身赴任でして、平日は家事も育児も1人でやっているので、納期の関係でなかなかむずかしいのです。映像の仕事に根詰めて体を壊しそうになったこともありました。もうちょっと余裕ができてから再開したいなと思っています。

加賀山 :ポストエディットが8割ということですが、自分が最初から翻訳するのと比べて、取り組み方や難易度がちがう感じでしょうか?

天本 :ポストエディットは割と好きです。辞書を引く回数が減るので、一から訳すのに比べるとかなり効率は上がると思います。ただ、機械翻訳に引っ張られて誤訳を見逃したりしないように、先に原文を読んで意味を理解してから機械翻訳に目を通すようにしています。

苦労の末、ようやく安定期に

加賀山 :実務翻訳がちょうどいまの生活のペースに合っているのですね。

天本 :合っています。じつは、ここに来るまで本当にたいへんだったんです。今日は苦労話をしたいなと思っていまして(笑)。多くのかたの参考になるのではないかと……。フリーランスで翻訳の仕事を始めてから3年たちましたけど、いまようやく、ある程度安定した収入を得ながら子育てとのバランスがとれるところまで来たのかなという感じです。

加賀山 :最初からじっくりうかがいましょう(笑)。翻訳の仕事はどんなふうに始められたのですか?

週末は山形の大自然で
子供たちと思いっきり遊びます

天本 :最初は映像翻訳がしたかったんです。下の子が幼稚園に入って少し時間ができたので、語学を活かして何をしようかと考えました。通訳もしたかったのですが、1日家をあけることも必要になるでしょうし、山形でいつも仕事があるわけではないので、それなら翻訳だろう、と。
 さっそくアメリアに入会しました。出版、実務、映像という分野があることも初めて知って、どれかに絞らなきゃいけないと思いました。山形では2年に1回、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」が開催されています。私はドキュメンタリー映画が大好きで、毎回この映画祭で通訳のボランティアをしていました。そこで、ドキュメンタリー映画の字幕をつけられたらいいなと思いまして、フェロー・アカデミーの映像翻訳の通信講座を受けました。

加賀山 :まず通信講座で映像の勉強を始められた。

天本 :はい。それが終わったころ、ちょうどアメリアで、吹替翻訳の「未経験OK」という求人があったので、応募したら受かったんです。

加賀山 :おお!

天本 :さっそく受かったので、「よっしゃ、これいけるんじゃない?」と思ったわけです(笑)。でも、登録はしていただいたものの、待てど暮らせど、お仕事の依頼がなく……どうしようと思いまして、またアメリアで、字幕の「未経験OK」の求人に次々と申しこみましたが、すべて不合格で……そこからは負のスパイラルというか、自信も失うし、収入もないしで、困っていろいろ調べました。クラウドソーシングで翻訳をする会社のトライアルを受けたりもしました。
 ところが、いざクラウドソーシングの仕事をしてみると、実務も映像も翻訳料がもう本当に安くて、心を病んでしまうほどでした(笑)。これはダメだと思い、クラウドソーシングでもライティングの仕事は少しお給料がよかったので、そういう仕事を細々としていました。

加賀山 :労働に見合う仕事がなかなか見つからなかった。

天本 :ほかにオンラインの英語の添削の仕事や、オンライン・アシスタントという企業のバーチャル秘書のような仕事もしましたが、どれもうまくいかず、もがいていました。一度にひとつのことしかできない性格なので……。

加賀山 :それがどのくらい続いたのですか?

天本 :フリーになって1年半くらいですね。そのころネットの求人で、映像翻訳や映像作品のスクリプトを扱っている会社の仕事を得ることができました。そこから少しずつ、字幕や吹替を作ったり、チェッカーの仕事をしたり、映画のプレスリリースを訳したりするようになったんです。とても面白かったのですが、金運はあまり降りてきませんでした(笑)。

加賀山 :みんなそうです(笑)。

天本 :転機になったのは、アメリアの翻訳トライアスロンでした。毎回受けていたのですが、なぜか映像翻訳より実務翻訳の点数がよくて、自分は実務もできるのかなと思いはじめました。得意な専門分野がないのであきらめていましたが、試しにアメリアで見つけた実務翻訳の求人に2件応募してみたら、2件とも登録していただけたんですね。そのあたりからちょっとずつ光が見えてきました。

小1の息子が「ほんやくかになりたい」と作文に書いてくれました。
「お菓子食べながら家で仕事できるから」だそうです(笑)

加賀山 :よかった〜(笑)。トライアルの情報はほとんどアメリアのサイトで知ったのですか?

天本 :ほとんどアメリアですが、翻訳者ディレクトリというサイトにも求人情報がありますので、活用しました。

加賀山 :ほかにアメリアに入ってよかったと思うことはありますか?

天本 :トライアルを受けられるのはもちろんですが、いちばんよかったのは、山形で翻訳者の仲間ができたことです。フリーになったころ、まわりに翻訳をする人は誰もいなかったし、勉強も通信講座でしたから、翻訳仲間はひとりもいませんでした。それで、思いきってアメリアの「コミュニティ」に登録している山形のかた全員にメールしてみたんです。すると3人のかたからお返事をいただいて、実際に会いまして、知り合いになれたのがすごく心強かったです。

注)現在、「コミュニティ」に個別にメールを送る機能はありません。

加賀山 :それは初めて聞いた、いい話です。

天本 :都会に住んでいれば、学校に実際にかよったりして翻訳仲間ができますけど、地方だとそういう機会がありませんから。
 あとよかったのは、やはりトライアスロンです。落ちこんでいたときに入賞できて、「まだあきらめずにやってみよう」と思えたので。

人間を扱ったドキュメンタリーを訳したい

加賀山 :これまでにした仕事でとくに印象に残っているものはありますか?

天本 :悪い意味で印象に残っているものなら……(笑)

加賀山 :ほう、どんなことでしょう?

天本 :SSTという字幕制作ソフトは使い方がむずかしいところがありまして、これも地方に住んでいるデメリットですが、自分ひとりで上達するのはなかなかたいへんなのです。じつはフリーになってまもないころに、SSTを使う仕事を受注したんですが、うまく使いこなせなかったことがありました。クオリティが低くてやり直しになりまして、徹夜で修正したのですが、とても落ち込みました。忘れられない思い出です。

加賀山 :ああ、それはつらいですね。

天本 :いまは実務翻訳のみですが、映像翻訳を再開するまえにSSTをもう一度きちんと勉強しておきたいと思っています。ただ、東京とか大阪が近ければ習いにも行けるんですが……仙台にもそういう講座はなさそうです。

加賀山 :こういう時期ですから、オンラインのSST講座も増えているかもしれませんね。オンラインだとむずかしいのかな?
 3年前からフリーランスになられたということですが、そのまえは何をしておられたのですか?

天本 :これも話せば長いのですが(笑)、大学から始めますと、東京都内の大学の国際関係学部に入りました。国際協力活動にすごく興味があって、大学時代にいろんな国にボランティアに行きました。卒業後も、基本的に人とちがうことがしたいほうなので、就活はせず、国際協力ができる道を探っていたところ、デンマークのNGOが人材をトレーニングしてアフリカに派遣するプロジェクト「開発インストラクター・プログラム」というのをやっていて、これだ!と思いました。

加賀山 :そこに飛びこむところがすごい。

天本 :そしてアメリカでの研修後にザンビアに派遣されて、HIV/AIDS教育を半年やったあと、デンマークの本部とドイツに3か月滞在し、帰国しました。それからアメリカの州立大学の日本校に就職し、社会人向けの生涯学習部門で3年ぐらい働いたのですが、「やはり私は日本じゃない。国際協力がやりたかったのにこのままじゃダメだ」と思いまして、スペイン語を学ぶためにグアテマラに行きました。

加賀山 :グアテマラ! スペインじゃなかったんですね。

グアテマラのコーヒー生産共同体の
メンバーと

天本 :国際協力が念頭にあったのと、スペインだとやはり物価が高いので。グアテマラは、月700ドルぐらいでマンツーマンレッスン1日4時間と3食つきのホームステイがついていたんです。それで半年行ってみたら、すっかりグアテマラにハマってしまいました。

加賀山 :なんと。どのへんがよかったんでしょう。

天本 :グアテマラの人は底抜けに明るくて、でも謙虚で思いやりがある。本当に人が大好きです。人口の6割くらいが先住民のマヤ族で、伝統を守って生活しているところも好きです。コーヒー生産共同体でボランティアをしましたが、そこの人たちの生き方に深く感銘を受けてしまって、一度日本に帰ったあと、またグアテマラに戻って、2年近く行ったり来たりしていました。あちらの人たちとはいまも連絡をとり合っています。

加賀山 :そうなんですね。そのあとフリーランスで翻訳を始められた?

天本 :まだです(笑)。実家が山形の温泉地で旅館をやっているので、旅館を手伝いながら、インバウンド関連の仕事をしました。そして結婚し、しばらく子育てに専念していましたが、下の子が幼稚園に入ったので……というのが3年前です。

加賀山 :ああ、そこから翻訳生活ですね。思うんですが、型破りというか、ちょっと冒険的に海外に出ていく人って、東京より田舎に多い気がします。

天本 :それはあるかもしれませんね。すごい田舎に育ったので、中学生のころからもう出たい出たいと思っていました(笑)。一度実家を出たら、タガが外れてどんどん遠くに行きたくなったのかもしれません。

加賀山 :ものすごくバラエティに富んだ経歴ですね。これから取り組んでみたい分野とか仕事はありますか?

天本 :じつは今年から、山寺(山形市内の宝珠山立石寺)の観光協会で英語ガイドのトレーニングをしています。

加賀山 :通訳ですか?

立石寺の「山門」前にて。
英語ガイドを通じた出会いが
活力をくれます

天本 :通訳ガイドです。いま10人ぐらいの仲間と働きはじめています。先日、山寺で大きなイベントがありまして、初ガイドをしました。かなり緊張しましたけど、すごく楽しかったです。勉強にもなりますし、翻訳にも役立ちそうです。
 翻訳のほうでは、最近少し安定したお仕事をいただけるようになって思うのですが、私はこれまでキャリアみたいなものを積んでいないので、ひとつのことをやりつづけて上達していくという経験があまりなかったんですね。それが楽しいし、これからも続けていきたいと思います。具体的には、最初にやりたいと思っていたドキュメンタリー作品の翻訳は、いますぐではなくても、いつかしてみたいですね。

加賀山 :どんなドキュメンタリーがお好きなんですか?

天本 :動物や自然などより、人間を扱ったドキュメンタリーが好きです。社会問題とか、難民の話とか。弱い立場にいる人たちをとらえたような作品に興味があります。

加賀山 :あと、韓国語の翻訳の仕事もされているようですが。

天本 :高校で2年間勉強しただけなんですが、履歴書に書いたからお仕事をいただけたのかなと思います。すでに日本語の字幕がついているドラマを台本に落とす仕事だったので、一から訳すというわけではなかったのですが……。わからないところは音を聞き取って、ネットで調べたりしながら完成させました。

加賀山 :すでに字幕がある作品を台本にするわけですか。そういう仕事もあるんですね。

天本 :字幕があって吹替がない作品ですね。同じような仕事は、イタリア語でもやりました。

■これからはインバウンドの仕事も増えてくるのではないでしょうか。お話には出てきませんでしたが、フェアトレードコーヒー・ワークショップの講師や、温泉ソムリエもしておられて、本当にうらやましいくらいのバイタリティです。月山に登ったときには、ご実家の温泉宿に立ち寄らせていただきますね。

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