鈴木 沙織さん
韓国語と英語で出版翻訳
プロフィール
日英韓翻訳者。大学卒業後、オーストラリアに留学し通訳翻訳コースを修了。その後、韓国の梨花女子大学通訳翻訳大学院翻訳科を修了。帰国後は、航空会社のマーケティング部でSNSの運用やコピーライティングを担当。コロナ禍をきっかけにアメリアのスペシャルコンテストに挑戦。自己啓発書『SIGNAL 10億分の1の自分の才能を見つけ出す方法』、絵本『いますぐ名探偵 犯人をさがせ!』、小説『夢を売る百貨店 本日も完売御礼でございます』などの韓国書籍の翻訳や英語の絵本の翻訳にたずさわる。現在は会社を退職し、駆け出しのフリーランス翻訳者として日々奮闘中。いろいろなことを学ぶのが好きなため、専門分野に迷いつつも、今後もコツコツと学習に取り組み、出版翻訳に限らず、できることを増やしていきたいと考えている。
スペシャルコンテストに連続して合格
加賀山 :今日は、東京都で出版翻訳をしておられる鈴木沙織(すずき さおり)さんにお話をうかがいます。さっそくですが、アメリアのプロフィールで『SIGNAL 10億分の1の自分の才能を見つけ出す方法』(チョン・ジュヨン著/文響社)という訳書を紹介しておられます。これはどういう本でしょう。
鈴木 :アメリアのスペシャルコンテストに合格して出版することになった自己啓発書です。本書のキーワードでもある「SIGNAL」というのは、私たちの日常にあふれる「信号(シグナル)」、たとえば、他人からの評価や自己評価、社会通念、固定観念、先入観などを指しています。高評価や期待といった良い「シグナル」もあれば、低評価や偏見といった悪い「シグナル」もあります。
著者は本書で、私たちが日頃からいかにこのようなシグナルに影響を受けているか、悪いシグナル(=ノイズ)を断ち切り、良いシグナルを信じることがどれほど大切なのかを、さまざまな研究結果を引用したり、偉人・有名人の成功例を紹介したりしながら伝えています。
初めての訳書。
『SIGNAL 10億分の1の自分の才能を見つけ出す方法』
(チョン・ジュヨン著/文響社)
スペシャルコンテスト1冊目
2021年9月刊行
加賀山 :マドンナとか、カラヤンとか、キュリー夫人はそうやって成功したということですね。著者は韓国人ですが、スペシャルコンテストには韓国語の課題もけっこうあるのですか?
鈴木 :英語に比べれば少ないと思います。私が韓国語のスペシャルコンテストを見かけたのは、このときが初めてでした。ただ、それまではスペシャルコンテストに挑戦するだけの時間をあまりつくれていなかったので、もしかすると見逃していたのかもしれませんが……。そろそろ会社を辞めて翻訳に本腰を入れたいなと考えていた時期にちょうど見かけたものでした。 書籍の内容もとても興味深かったですし、フェロー・アカデミーへの通学がきっかけで入会したアメリアだったので、(フェローには韓国語の講座がないため)韓国語のスペシャルコンテストは競合も少ないのではないかと内心期待もありました。未経験でしたが、ノンフィクション分野のクラウン会員資格を取得済みで応募条件を満たしていたので「これは挑戦するしかない!」と思って挑戦しました。
加賀山 :これは絵本でしょうか、『いますぐ名探偵 犯人をさがせ!』(桂林ブックス著/文響社)という本も訳されています。
『いますぐ名探偵 犯人をさがせ!』
(桂林ブックス著/文響社)
スペシャルコンテスト2冊目
2021年12月刊行
鈴木 :世界各地のランドマークで起こる事件を、読者が名探偵になって自ら推理をして解決する仕掛け絵本です。4つの怪盗団のメンバーが世界各国に出没して、物を盗んだり落書きをしたりと、16の事件を起こします。それぞれの事件には被害者や目撃者がいるので、その人たちの話を聞いて(読んで)、容疑者を絞りこんでいきます。
表紙に仕掛けがあり、いくつもの窓がついていて、それを開け閉めできるようになっています。また、付属の怪盗団のカードを差しこめるようになっていて、カードを差しこむと、怪盗団のメンバーの顔が窓の中に現れるので、容疑者から外れたらその窓を閉めて犯人を絞りこんでいくんです。なぞ解き要素以外にも、絵さがしがあったり、ランドマークの簡単な紹介があったりして、とても楽しい絵本です。これもスペシャルコンテストでいただいた仕事で、同じ出版社さんでした。
加賀山 :続篇もあるそうですね。
鈴木 :2作目は「学校篇」です。いろいろな事件が起きて、その犯人を見つけるところは前作と同じです。運動会のリレーで先頭を走っていた子の頭に飛んできたかつらは誰のものでしょう? みたいな(笑)。事件というより、ちょっとしたいたずらとか、プレゼントを机に置いていったのは誰か、校長先生に暗号の手紙を送ったのは誰か、というようななぞ解きですね。
加賀山 :ほのぼのしている(笑)。
鈴木 :日本の学校になさそうな設定は、編集段階で原書から多少変えています。たとえば、韓国語版では恋占いの実験で火を使ってボヤ騒ぎになったりしたところを、日本語版では火を使わない設定に変えたり。
加賀山 :その第2弾ももうすぐ出るのですか?
鈴木 :この冬に刊行予定だとうかがっています。『いますぐ名探偵! 犯人をさがせ ワハハ小学校篇』といった感じのタイトルで。
加賀山 :おもしろそうです。これまでのお仕事で苦労されたこと、おもしろかったことをうかがえますか?
鈴木 :『SIGNAL 10億分の1の自分の才能を見つけ出す方法』は初めての出版翻訳で、出版・実務にかかわらず、こういった大きな翻訳の仕事を受けること自体がほぼ初めての経験だったので、いつかはと思っていた自分の訳書が本当に出るんだという感慨というか、期待のほうが大きかった思い出があります。
とはいえ、引用や参考文献を多く扱っている内容だったので、著者が書いていることをしっかりと理解するために引用元の文献の該当箇所を調べたり(それが何冊もある)、その文献の邦訳があればそれも調べたりと、調べものは時間がかかって大変でしたし、うまい言いまわしが思いつかなかったりしたときには、生みの苦しみを味わいました(笑)。当時は会社員だったので、休みの日や仕事を終えてから翻訳作業をしていたため、期限を死守すべく、一日のノルマを設けて必死で訳して、読み直して、手直しして……という毎日でした。
ただ、コンテストが開催されたのが、ちょうどコロナ禍が始まったころだったので、航空業界にいた私は一時帰休で休みの日が増え、副業がOKになったり、リモートワーク体制になったりと、うまい具合にコンテストに挑戦できる環境と時間ができて、去年の末に会社を辞めるまで、コンテストにも翻訳にも力を入れることができました。災い転じて……ということかもしれません。
加賀山 :そういう事情があったんですか。
鈴木 :出版翻訳に関しては、フェロー・アカデミーでもポピュラーサイエンスや出版総合演習の講座を受講しましたが、授業を受けたからといってもやはり翻訳は一筋縄ではいかないもので、どこまで原文の表現に近づけようか、そのまま訳すと単調になりそうだから少し変えようか、とか考えながら、読みやすさを大切にしつつも、著者の意図が損なわれないようにと頭を悩ませました。見直していて読み間違いに気づいたときには、恐ろしすぎて心臓が止まる思いでした(笑)。内容がごっそり削られたり、目次が変わったりするほど大きく編集が入ったので、こんなに変えることもあるんだと驚きました。
加賀山 :たくさんの人が出てきて章ごとに分かれていると、編集しやすいですよね。この人ははずそう、とか(笑)。
鈴木 :いろいろな偉人の話が取り上げられて内容が切り替わるので、翻訳のときにはそれが気分転換にもなりましたし、それぞれの偉人のエピソードは、私にとっても良い刺激になりました。自己啓発書といった本の性質もあり、心の持ちようについて語られているので、翻訳しながら励まされることもありました。
加賀山 :児童書のほうはどうでしたか?
鈴木 :児童書はもう楽しくてしかたがなかったです。もちろん、ところどころで表現に悩んだりはしましたが、なぞ解きや絵さがしが大好きなので、絵本自体を私自身も童心に返って楽しみました。個人的にも昔から『ウォーリーをさがせ!』(フレーベル館)などが大好きですので。児童書っていいなあ、絵本っていいなあ、と心がときめきました。
それに私たち翻訳者が日本語に訳すことで、日本の子どもたちが、知らない外国の本をその国の子と同じように楽しんで、大人になったときには楽しい思い出として懐かしんでくれるのではないかと想像すると、ワクワクしますし、児童書の翻訳を通じて、少しでも子どもたちの豊かな心の成長に役立てたらうれしいです。
加賀山 :出だしの仕事に恵まれましたよね。すべて同じ出版社だったのですか?
鈴木 :はい。「うんこドリル」シリーズで有名な文響社さんです。文響社さんは、英語の書籍も含め、よくアメリアでスペシャルコンテストを開催してくださっているようです。挑戦しなかったものもありますが、ここ最近開催されたスペシャルコンテストでも文響社さんの名前を何度かお見かけしました。
自己啓発書のあとに行われた絵本のときも、そのあとの小説のときも、文響社さんにはお伝えせずにしれっと(もちろん、絶対に選ばれたいという熱い思いを込めて)応募したのですが、うれしいことに両方とも採用していただけました。合格の連絡をいただいたときに、担当の編集者さんが教えてくださったのですが、コンテストではいつも応募者の情報を見ずに訳文だけで合格者を判断するそうで、社内でも、訳文を選んで蓋を開けてみたら「あれ、また鈴木さん?」「あれ、これも!」という感じで驚いたそうです(笑)。
加賀山 :お得意様になっていたわけではなく、たまたま毎回選ばれたと。
鈴木 :波長が合っていたんでしょうかね。3冊とも担当は別のかたでした。お得意様になれるのであれば、それはそれで、私としてはぜひに……という感じですが、訳文だけで判断していただけたことはとても光栄でしたし、学ぶばかりではなく、そろそろプロの翻訳者として駆けだしはじめるのに必要な実力は養えているに違いない、という「良いシグナル」を受け取りました(笑)。
憧れの出版社のスペシャルコンテストにも応募
『The Bad Seed』『The Good Egg』『The Cool Bean』の原書
(ジョリ・ジョン文/ピート・オズワルド絵)
スペシャルコンテスト4~6冊目
翻訳書は2022年冬に化学同人より刊行予定
加賀山 :ほかの刊行予定として、『The Bad Seed』シリーズ3冊(ジョリ・ジョン文/ピート・オズワルド絵/化学同人)があります。
鈴木 :これも絵本で、スペシャルコンテストを通じて得た仕事です。まえから好きな出版社さんの案件でしたので、絶対にやりたいと思って気合いを入れて訳文を提出しました。
2013年ぐらいから技術翻訳の勉強を始めたのですが、それがきっかけで化学に興味が湧いて、『元素生活』(寄藤文平著/化学同人)という本に出合い、元素にハマったんです。それで、元素周期表を扱った図鑑や単行本を読み漁っていて、よく見かける出版社さんが化学同人さんでした。
最近、その化学同人さんのインスタグラムで絵本の話題が多いなと思っていたら、スペシャルコンテストに出てきたので、これはもう何が何でもこのチャンスを逃すまいと思い、訳文を提出するときには、タイトルの訳だけでなくサブタイトルも提案し、課題の絵本とも訳文とも全然関係ないですが、『元素生活』のいちファンとしての熱い思いも添えました。
加賀山 :積極的に売りこんだわけですね。
鈴木 :原書は英語ですが、韓国語ができることもここぞとばかりに強みとして挙げて「韓国語もできますので、今後のためにも私と関係を作っておいて絶対に損はありません!」と猛アピールしました(笑)。
加賀山 :このシリーズはどんな話ですか?
鈴木 :原書は『The Bad Seed』『The Good Egg』『The Cool Bean』というタイトルで、それぞれ悪いタネと、おりこうなタマゴと、クールなマメが出てきます。1作目は、意地悪なヒマワリのタネが主人公で、昔は家族と楽しく暮らしていたのですが、人間に収穫されて食べられかけ、難を逃れたものの心も体もキズだらけになってしまいます。一人で投げやりな毎日を過ごしているうちに、悪ぶっているだけではだめだと悟ってやさしい心を取り戻していきます。
2作目は、生まれつきおりこうなタマゴがいて、一つの紙パックの家で他のタマゴたちと暮らしているのですが、自分以外はみんな好き勝手なことばかりしているので、自分みたいにおりこうにさせようと頑張っていたら、ある日、殻にひびが入ってしまうんですね。それで、家を出て一人旅をして、今度は自分がやりたいことをやってみるんです。するとひびも癒えて、一人で外の世界にいるのが寂しくなってきます。それで家に帰り、みんなの温かさにふれて、誰も完璧じゃないし、自分だって必ずしもそうある必要はないんだと悟ります。
加賀山 :どちらも一度、一人になって何かを学んでいく。
元素にハマるきっかけとなった『元素生活』(寄藤文平著/化学同人)の文庫本とニホニウムなどが加わった完全版の単行本
鈴木 :そうですね。3作目は、クールなマメではなく、クールではないマメが主人公です。学校にクールなマメのトリオがいて、主人公のマメはトリオの真似をしてみるのですがうまくいかず、失敗ばかりしてしまいます。そんなときにクールなトリオに助けられて「クールってなんだろう」と改めて考え、見た目とかではなくて、困っている人を見かけたときにさりげなく手を差し伸べたりできることがクールなんだと気づいていきます。
加賀山 :お話を聞いていると、もう翻訳は全部すんでいるようですが……。
鈴木 :はい。このシリーズのスペシャルコンテストは今年の初めに行われたものだったので、2月には訳稿を提出していました。いまは編集・校正のやりとりをしている段階です。(※2022年8月時点)
加賀山 :ほかにも進行中の案件がありますか?
鈴木 :化学同人の編集のかたとつながりができたので、おもしろそうな絵本をいろいろ探して提案しています。先日、企画がひとつ通り、その翻訳を担当することになりました。
あとは、ジョリ・ジョンさんの別の絵本で、パンツをはいたクマさんが主人公のものがありまして、タネシリーズで提案したサブタイトルがおもしろくて良かったからと、このクマさんの話も訳してみないかと打診をいただけて、いま翻訳しています。
加賀山 :順調ですね。アメリアのスペシャルコンテストがチャンスを広げるのに役立ったようです。いまのところ、お仕事は出版翻訳のみですか?
鈴木 :そうですね。いまのところ出版翻訳だけですが、実務のほうも1、2カ月まえに2社トライアルを受けて合格したので、今後仕事を受けようと考えています。このトライアルはマーケティング、ビジネス分野の英日翻訳とレビューの求人でした。
オーストラリアと韓国で翻訳を学ぶ
加賀山 :翻訳との出会いといいますか、最初に興味を持ったのはいつごろでした?
鈴木 :中学3年生ぐらいから英語が好きになり、単純に「英語を使う仕事=通訳・翻訳」というようなイメージがあったので、自然と通訳や翻訳に興味を持つようになりました。高校生になってからはラジオでAFN(American Forces Network)を聴いたり、洋楽を聴いたり、英語の学習書を読み漁ったりしていました。ちょうどハリー・ポッターのシリーズが刊行されたころで、新刊が出るたびに本の厚さがが分厚くなっていくのにもワクワクして、夢中になって読みましたね。
大学では英米文学科に進み、通訳の授業を履修したりしました。サークルでも英語を使いたかったので、アイセック(AIESEC)という国際インターンシップを運営するNPOに所属しました。海外の学生を日本企業にインターンとして迎え入れてもらったり、日本の学生を海外の企業に送り出したりする活動をしていて、外国の人たちとの交流もあり、大学2年のときに参加したAIESECの国際会議がきっかけで、大学3年から韓国語を学ぶようにもなりました。
加賀山 :そもそもなぜ韓国語を?
鈴木 :国際会議には、世界各国の大学にあるAIESECのメンバーが参加していたんですが、日本人と韓国人だけちょっと英語が苦手だったんですよ(笑)。それで意気投合して仲良くなりました。ちょうど日韓ワールドカップがあったり、ドラマの韓流ブームもあったりしたころだったので、近くて遠い国といわれているなんてなんだかもったいない、遠いと思ってしまうのは、相手について知らないせいだから、もっと知ろう!と思ったんです。それに、記号のようにしか見えない文字を一から学ぶのもおもしろそうだなと。いずれ通訳・翻訳の仕事につきたいと思っていましたから、3カ国語ができれば強みになるとも考えました。
加賀山 :そのへんが出発点だったのですね。
鈴木 :大学卒業後はオーストラリアに留学して、日英の通訳・翻訳を学べる学校に通いました。そこには韓英のコースもあり、受講者が少なかったので、私も(韓国語の)単位はもらわないという条件で時間割を調整したりしてほとんどすべての授業を聴講させてもらえました。他にも、オーストラリアへの移住を考えていた韓国人の家族と出会って、ホームステイをさせてもらったり、オーストラリア人学生用の韓国語クラスにも通ったりして、英語と韓国語を学ぶ機会に恵まれました。
加賀山 :トライリンガルの通訳・翻訳の道が開けたのですね。
鈴木 :帰国後は、英語と韓国語を学べる通訳スクールに通いながら、英文事務の派遣社員として働いていましたが、韓国語は中級から上級への壁を突破できないというもどかしさがありましたし、やはり現地に行って学びたいという思いもあったので、オーストラリアの韓国語の先生から聞いていた韓国の通訳翻訳大学院への進学を考えるようになりました。
韓国の通訳翻訳大学院は、プロの通訳者・翻訳者を目指すうえでの登竜門みたいなもので、その大学院の入試に特化した塾があったので、私もそこに通うことにしました。金銭面のことも考えると、ワーキングホリデーのビザを取得して現地でアルバイトができたほうがいいなと思っていたので、30歳になるまえに行かなければと思い(30歳をすぎるとワーホリのビザを取得できないと聞いていたので)、派遣社員で働いてある程度お金が貯まったところで渡韓し、日本語講師のアルバイトをしたりしながら塾で受験勉強をして、予定していた1年で無事に大学院に合格しました。
加賀山 :通訳と翻訳の両方を学んだのですか?
鈴木 :翻訳科に進んだので翻訳の授業がメインではありましたが、逐次通訳の授業もありました。通訳科だと同時通訳の授業もありますが、翻訳科にはありません。ただ、大学院の受験勉強をしていたときに、自分には通訳よりも翻訳のほうが性に合っていることに気づいて、本格的に翻訳者を目指すようになりました。大学院を修了して帰国したものの、これといった専門分野があるわけでもなく、プロとして働けるか自信がなかったので、派遣で安定した収入を得ながら自分に合った専門分野を探しつつ、もう少し勉強したいなと思っていました。
そこで縁あってオーストラリアの航空会社のマーケティング部に派遣で入ったのですが、正社員にならないかという話をいただき、自分にはあまり社会経験がなかったこともあり、会社とはなんぞや、ビジネスとはなんぞやということを学んでおいたほうが翻訳のためにもなるだろうと考え、そのまま正社員になりました。マーケティングのマの字も知らないところからのスタートでしたが、自分なりにもマーケティングについて学びながら、会員向けメールやSNSの投稿記事の作成、コピーライティングなどを担当していました。そんなこんなであっという間に7年経って、年齢も重ねてきたので、そろそろステップアップして翻訳者の仲間入りができるのではないだろうかと考えていたんです。
加賀山 :そしてコロナ禍が来て、本格的に翻訳に取り組みはじめたのですね。でも、翻訳をしたいという気持ちは昔からあった。
鈴木 :そうですね。会社に入った当初から、ゆくゆくは翻訳者になろうと思っていて、いまは学び続けるうえでも安定した収入が必要なので働きますと上司にははっきりと伝えていました。会社員として働きながら、技術翻訳のクラスを受講したり、日本語力を鍛えるため校正も学びたいと考えていたので、夜間に受講できる校正のスクールにも通ったりしていました。
職場でフェロー・アカデミーに通っている同僚がいて、翻訳に特化しているスクールだということを知り、運良く職場からも通いやすい場所にあったので、私も通うことにしました。昼間は仕事で通えないので、土曜のクラスや夜間のクラスを受講しました。同じ時期に複数の講座を取ったりもしたので、課題と仕事に追われる毎日でしたね。いろんなことを早く学びたいという気持ちや焦りもありましたし、私の場合、強制的に翻訳を練習する環境を作らないと、仕事の忙しさにかまけてどうしても語学力を磨くだけの勉強に偏ってしまいがちだったので……。
加賀山 :フェロー・アカデミーではどんなコースをとったのですか?
鈴木 :自分に合った専門分野がよく分からなかったので、興味あるものは手当たり次第という感じで、いろいろ受講しました。出版翻訳では、ポピュラーサイエンス、出版総合演習、実務翻訳では、IT・テクニカル(中級とゼミ)、ビジネス英訳、ビジネス法務(中級とゼミ)です。ビジネス英訳や法務のクラスに通うまえには、授業についていけるか自信がなかったので通信講座でベータ応用講座の「経済」や「契約書」を受講しました。
出版翻訳の上級コースも本当は受講してみたかったのですが、どの先生に師事すればいいのか、決めきれずにいて、受講しないまま現在に至ります。ただ、出版翻訳に携わるうえでは学んでおいたほうがいいだろうと考えていたリーディング講座は、今年の初めに修了して、受講後に偶然アメリアの求人に上がっていた韓国語書籍のリーディング案件に応募してみたところ、採用していただけました。
他にも、別のスクールで一度字幕について学んだことがあるのですが、吹替は未知の世界だったので、今年の春から夏にかけてフェローの通信で「はじめての映像翻訳」を受講しました。
加賀山 :本当にいろいろですね。アメリアでは、ビジネスとノンフィクションと日英ビジネスでクラウン会員資格を取得しておられます。全部で何年ぐらい習いました?
鈴木 :どの時点を起点にすればいいのか分からないのですが、翻訳に力を入れはじめたのは、韓国の大学院に通った2010年ごろからです。フェローとアメリアに入ったのは2016年の秋です。そのあいだには工業英検(現・技術英検)に挑戦したり(無事に1級に合格しました)、校正を学んだりしていました。
ノンフィクションのクラウン会員を取得したのは、ちょうど出版総合演習を受講していた時期だったので2018年ごろですね。1回目と3回目に受けたノンフィクションの定例トライアルでAの成績をいただき、1年以内だったのでクラウン会員資格を取得できました。会誌を見た布施先生が私の名前に気づいて、授業でおめでとうと言って喜んでくださったのを覚えています。
日英ビジネスは、2019年のビジネス英訳の講座終了後に、講師からクラウン会員にご推薦いただきました。ビジネスは、昨年末に初めてビジネス分野の定例トライアルに挑戦してAの成績をいただけたので、今年中にもう一度Aを!と思って受けた2回目の定例トライアルでAAが取れて、獲得することができました。
加賀山 :短期間で次々と成果をあげたのですね。
鈴木 :とはいえ、私の場合、語学の勉強自体は、英語に興味を持って通訳・翻訳に携わりたいなと思ったころから、趣味みたいなもので、嫌だと思ったことがなく、むしろ勉強しないほうがつまらないといいますか……やめたことがないので、通訳・翻訳の勉強という大枠でいったらもう四半世紀くらい続けています。英語力を上げるための勉強、通訳技術を身につけるための勉強、韓国語力を上げるための勉強、日本語力や翻訳技術を上げるための勉強、専門知識を増やすための勉強……と、そのときどきで力を入れていたことは違いますが、専門分野も定まらず、いくら学んでも自分の無知を痛感するばかりで、実際の仕事としてやっていける自信がなかなかつかなかったので、実務に踏み出せず勉強ばかりしてきた感じです。
おそらく完璧だと思えることは一生ないでしょうし、翻訳者は一生学べる職業なので、文章を扱うことが好きでいつも何かしら学びたい私にとってはぴったりだと思っています。今後もIT・テクニカルやフィクション、映像の分野でもクラウン会員になれるよう、引き続き挑戦していくつもりです。今年フェローの通信で受講した映像翻訳も、時間とお金と相談しつつ中級に進みたいと思っています。
加賀山 :その映像の講座は英日の翻訳ですよね。韓日の翻訳にも役立ちますか?
鈴木 :はい。原語は違いますが、アウトプットは日本語で基本ルールは同じなので。ただ、英語から訳すときと韓国語から訳すときでは、だいぶ感覚が違います。韓国語のほうが日本語に似ていますから、理解はしやすいですね。英語の場合、特に口語だと、意味がとりづらいことがよくありますし、英語のほうがガラッと頭を切り替えないと日本語になりにくい。もちろん、韓国語もそのまま訳すと不自然になることは多々あるので、いったん頭の中で映像にして、それを日本語でどう表現するかを考えるのですが、理解の部分では私にとっては英語のほうが難しい気がします。
いまは絵本の仕事が楽しい
加賀山 :昔から本を読むのが好きだったとか?
鈴木 :書店や本自体は大好きでしたが、「本の虫」といえるほど日本の小説をたくさん読んでいたかというと、そうでもありません。中学高校あたりは英語を学びたいという気持ちのほうが強かったので、手にするのは日本の小説よりも語学の参考書や英英辞典などの辞書類、洋書が多く、ハリー・ポッターも原書で読む以外には考えられませんでした。買って満足して結構「積ん読」してしまうタイプです。翻訳に専念しようと思いはじめたころから、母国語である日本語を強みにしなければと考えて、日本語のエッセイ・小説などを積極的に読むようになりました。
大学院は、もともと定員も多くはありませんが、留学生枠は通訳科・翻訳科にそれぞれひとつだったので、当時、翻訳科に在籍していた日本人は私だけでした。当然、私は日本語に関する質問を受けることが多くなるのですが、うまく説明できないことも多々あり、もっと本をたくさん読んで日本語力を上げなければと思うと同時に、やはり外国語への翻訳は、(翻訳の訓練を受けた)ネイティブには敵わないなと思ったんですね。なので、外国語ばかりに目を向けず、もっとしっかりと日本語と向き合おうと考えて、帰国後に校正を学ぶことにしたんです。
加賀山 :アメリアのプロフィールに「校正技能検定上級」とあるのはその成果ですね。ふだん翻訳に関連して実践している勉強法などありますか?
鈴木 :「勉強法」というほど、自分の中で確立した勉強法はなく、むしろ、いつもいい勉強法はないか探していて、タイトルに「勉強法」とつく本を見つけると気になって読んでしまうので、そういう意味でいうと、何かしら「読んで学ぶ」というのが一番多いかもしれません。
翻訳に必要なスキルは何かというのは常に意識していて、語学力向上のための勉強、知識を増やすための勉強、表現力を豊かにするための勉強、翻訳の勘所を養うための勉強(=翻訳練習の数をこなす)など、なるべく偏らずにやるよう心がけてはいます(うまくこなせているかは別として……)。語学力の面では、例えば、英語の本、韓国語の本を読んだり(積んでおかれている時間のほうが長いですが……)、辞書や学習書、用字用語集なども読んだりします。ドラマとか本でも意外と辞書で見かけた表現が出てきたりして、見つけたときにはうれしくなります。知識については、時事関連ならYouTubeで海外のニュース番組を見たり、新聞社のウェブサイトの記事や社説を読んだりします。
他にも英語・韓国語・日本語それぞれの言語で書かれた聖書を読んだり、著名な翻訳者の先生方が出している翻訳関連の本で翻訳練習をしたり、アメリアの定例トライアルに挑戦したり……。ただ、あれもやりたい、これもやりたいと、やりたいことでいっぱいいっぱいになって、収拾がつかなくなるのがもっぱらの悩みです。何もやる気が起きなくて、日本語の本ばかり読んでしまう日々が続いたりすることもありますし、すべてを毎日のようにまんべんなくこなしているわけではありません。やりたいと思いつつもできていなかったり、やってはみたものの中断してしまったりしていることもあるので、勉強法については試行錯誤の毎日です。自分なりの勉強法を確立されているかたは憧れです。
加賀山 :これから進出したい分野はありますか?
『夢を売る百貨店 本日も完売御礼でございます』
(イ・ミイェ著/文響社)
スペシャルコンテスト3冊目
2022年7月刊行
鈴木 :字幕の仕事もいつかしてみたいと思っていますが、いまいちばんやりたいのは、絵本の翻訳ですね。これまでもとても楽しかったので、どんどんレジュメを書いて売りこんでいきたいです。
実務翻訳は、やはりまだ背景知識や専門知識が不足していて、理解の時点でつまずくことが多いのですが、絵本の場合は、理解よりも表現で悩むので、言葉を探す楽しさや思いついた言葉を工夫する楽しさがあります。かわいらしい絵にも癒されますし……。どうすれば子どもたちが喜んでくれるか考えたり、オノマトペを工夫したり、悩むといっても楽しい悩みというか、言葉を探す冒険に出ているような感じがするんです。なので、自分の強みである日本語力を生かして仕事につなげられればいいなと思っています。
他にも出版翻訳では、韓国語のヤングアダルトの分野も開拓していきたいですね。スペシャルコンテストで採用されて訳すことになった『夢を売る百貨店 本日も完売御礼でございます』(イ・ミイェ著/文響社)が7月に刊行されたのですが、原書は韓国でもベストセラーで、ファンタジー要素の入った素敵な小説だったので、そういった本を自分でも見つけたいです。
加賀山 :韓国語の本はどうやって仕入れるんですか?
鈴木 :少しまえまでは韓国の書店のウェブサイトで買って海外発送してもらっていましたが、やはりそれだとどうしても割高になってしまうので、最近はkindleのようにアプリで読めるものがあるので、電子書籍で買っています。私が使っているのはRIDIBOOKSというネット書店のアプリです。書店によっては電子書籍専用の端末もあるようですが、あまり調べてないので購入方法などがよく分からず……。RIDIBOOKSは購入方法も特に難しくなく、アプリをスマートフォンやiPadにダウンロードして、購入した電子書籍を読んでいます。
加賀山 :韓国の本の値段は高いんですか?
鈴木 :単純に10分の1で為替を計算して日本円にすると、たいていは1500円しないのではないかなと思います。あちらには日本の文庫本のようなものがなくて、単行本だけですが、日本の単行本よりは安い気がします。また、日本と同様、単行本よりも電子書籍のほうが少し安くなっている印象です。
■ じつは私も韓国が大好きなので、個人的にとても興味深いお話でした。国際会議で日本人と韓国人が仲よくなるというのは、私自身も昔経験したことがあります。それにしても、興味が湧くとどんどん勉強していくのですね。本当にすばらしい学習意欲です。